第31話 と、いうことにする。




 その日の夜、俺はまた一人でマンドレイク酒場に足を運んだ。

 だが今回は別の目的がある。


 マスターのベラが、小さく笑みを浮かべ指のように自由に動く蔦で店の奥を指し示す。

 俺は頷いて足を進めた。そこではシャオールが頭を抱えてグラスを握っていた。俺がこの前貰った魔簡交でここに来るように頼んでおいたのだ。


「随分手こずってるみたいだな」

「コースケどの……。えぇ、魔法具を持ち去った男は、完全に商会からも繫がりを断ち単独で行動していてまるで足跡が掴めません。弟子たちも追っていますが、何分信頼できる者にしか頼れない内容ですから……」

「芳しくないわけか。そんだけ焦ってるってことは、時間的な制約でもあるのか?」


 シャオールは重く息を吐いてから続けた。


「勇者どのが例の魔法具を手にしたことが確認されれば、すぐに反勇者派の調査会が立ち入る予定になっています。勇者どのは逮捕され、裁判にかけられるでしょう。勇者どのの手に渡る前に阻止しなければならない。時間との勝負です」


 シャオールはバッと立ち上がる。


「コースケどの! コースケどのは人を調査するのが本職と聞きました。どうか僕に協力していただけないでしょうか? もちろん報酬は弾みます。予算内で足りなければ、僕が身銭を切ってでも……」


 なりふり構っていられないのだろう。シャオールは俺に縋るような目を向けてくる。

 俺は首を振った。


「さすがに俺でも痕跡の全くない相手をすぐに見つけるのは無理だ。せめて数週間の時間がいる。公算もないのにそんな重要な仕事を気軽にほいほい受けるわけにはいかねえよ」

「そうですか……。残念です」


 シャオールはがくっと肩を落とした。


「僕の力ではどうにでもできない……。このままでは……ああ、どうすれば……」


 シャオールの立場には同情するし、俺には到底理解が及ばないほどの重責がのし掛かっていることは理解している。

 しかし、俺にとって勇者の立場なんてどうでもいいことだ。シャオールからの依頼を断ったのは、単純に俺が関与するべき事柄ではないからだ。


「シャオール。あんたに一つ提案がある」

「提案……? なんでしょう?」

「まずは俺がセーナさんに依頼された仕事の内容を聞いてほしい」


 俺はシャオールに、俺がこの世界に来るまで何をしていたのか、そしてそれを知ったセーナが俺に何を頼んだのかを赤裸々に話した。


「勇者どのが不貞を……? にわかには信じられませんが」


 まだハリシュにも明かしていなかったことを、シャオールにだけ明かした。これからの行動計画に、彼の理解が不可欠だったからだ。


「セーナさんにはかなりの確信があるようだ。俺は勇者が遠征から帰ってくる明後日以降、本格的な身辺調査に入る」

「セーナどのがコースケどのに依頼した仕事の内容とはそのことだったのですね……。それで、僕に提案とは?」

「おそらく、。件の男は出会い系の詐欺で数人の女と魔簡交のやり取りをしていた。そのうちの一人が勇者の浮気相手だった」

「な…………」


 俺には俺の成すべきことがある。

 そのためには、利用できるものは何でも利用するのが俺の流儀だ。



 さらに一日が経った勇者帰還予定の日の前日、俺はファリを代筆してもらった魔簡交で呼び出した。場所は俺のアパートだ。シャオールにも先に来てもらっている。


「悪いな急に。ちょっと頼みたいことがあってな」

「コースケには恩返ししたいしそれはいいんだけどさ。で、何をするの?」

「その前にこれをちょっと嗅いでみてくれないか?」


 俺はコートの内ポケットから一枚の紙を取り出した。


「いいけど、なにこれ?」


 言いながらファリはくんくんと嗅ぐ。


「これ、あの人の魔簡交? 魔力の匂いがするよ。アタシが書いたやつじゃないよね?」

「いや、ちょっと確認がしたかっただけだ」


 紙をまたポケットにしまう。これで心置きなくいけそうだ。 


「これから勇者の館に忍び込む。ファリには館の中で侵入者を排除する魔法具を嗅ぎ分けてもらい、作動しないように俺を導いて進んでほしい」


 ファリはぎょっとした顔をする。


「えっ、ええ!? いいの? そんなことして……?」

「別に犯罪を犯そうってわけじゃない。シャオールが勇者の館で魔法具の検査をする仕事があり、俺たちはその手伝いで随行する。シャオールは作業中につい集中してしまって俺たちから目を離してしまい、俺たちは広い勇者の館内で迷子になってうろうろしてしまうが、ファリの魔力嗅覚で魔法具の罠を掻い潜り無事何事もなく館を脱出できた、ということにする」

「それ、アリなの?」

「ま、かなり黒よりのグレーだな」


 日本だったらどう考えても真っ黒だがな。だが館の鍵を持っているのはシャオールだけなのだから仕方が無い。

 倫理的には問題だが、俺は仕事を完遂するためならその程度のことには目を瞑る。


「そもそもなんでそんなことするの?」

「この前、例の男が違法魔法具を盗んでそれが勇者に渡るってとこまでは聞いてたろ」

「うん」

「要は手紙の男が勇者に魔法具を売ろうとしているから、それを止めようってなってるわけだ」

「なるほど?」

「男の行方がわからない以上、もう現場を押さえるしかない。勇者に感づかれないように網を張って待ち構える。ファリもそれなら男のことがわかるかもしれないだろ?」

「そっか、それなら確実だね!」


 単純なファリはすぐに納得してくれた。


「参りましたね。ですが今回ばかりは事情が事情ですので特別にお手伝いを率いて動作チェックに赴くとしましょう。今回の勇者どのの遠征は比較的短期間なので、本当は必要ないんですけどね」


 はは、と短く笑うシャオール。


「助かる。シャオールは特別に何かする必要はないんだ。俺の能力で変化させた魔法具を仕掛ける場所を探すだけの時間を稼いでくれればいい」

「改めて聞くにどこかの禁術指定に触れそうな魔法具ですが……」

「使えるもんなら使ってみろが魔術師の矜恃だろ?」


 魔眼ダインスレイフにどんな枢要式や拡張式が使われているのか、俺にはまだわからない。シャオールにとっては詳しく調べたいほどに垂涎の一品に違いないだろうが、残念ながらこいつは俺の頭から離れてくれない。頭洗うのめちゃくちゃ大変なんだぞ。


「というわけだ。頼めるか? ファリ」

「やるよ。あの人が来るかもしれないんだよね? なら、やる。どんなに悪い人でも、こんな終わり方嫌だもん」


 鼻息荒くやる気を見せるファリ。その横でシャオールはまだ不安げだが。


「しかし、これで本当になんとかなるのでしょうか……」

「ああ。大丈夫だ。俺の想定通りならな」


 シャオールの訴えるような目線から、俺は顔を逸らして頷いた。

 俺の仕事はあくまでセーナから依頼された浮気調査だ。

 だが勇者が逮捕されれば立証が難しくなる。だから俺は勇者が違法魔法具所持でとっ捕まる前に、必要な証拠を揃えておかなければならない。












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