第30話 きっとその涙が彼女の栄養になるさ



 ガランガラン、と昭和の喫茶店のようなベルの音を響かせて扉を開く。


「あら? また来てくれたの? そんなにあたちのこと気に入ってくれちゃった?」


 冗談めかして睫毛の長い目を細めて艶然とした笑みで迎えるのはマンドレイクのベラ。自分の美しさを理解して人からの好意を向けられることに慣れている自信に満ちた態度と姿勢。嫌いじゃない。

 俺は一つ知りたいことがあり、またこの店を訪ねた。


「実はそうなんだ。ええと、ベラさんだっけ。あなたに用があって」

「この前聞いてたことかちら」

「ああ。ちょっと行き詰まっててね。話が聞けないかと思ってきたんだ」

「いいよ。まだお客さん入ってないからね。二人っきりでお話しましょ」


 そう言ってベラはカウンター越しに手足のように動く蔓で俺の顎を撫でる。


 一般にはマンドレイクってモンスター系の娘に該当すると思うのだが、俺は正直あまり好まなかった。やっぱりちょっと怖いからだ。人型をしているとはいえ植物のような緑がかった肌や蔓が絡まり合ったような脚は忌避感を覚えてしまう。


 だがベラを見て俺はその印象が変わった。


 いや、いいわ。アリだな。うん。


 俺はモンスター娘萌えも理解できる気がしてきた。白シャツパツパツ巨乳サスペンダーはどんな種族でも正義だと思う。


「あのおえらい魔術師さんも商会の人を探してたんだってね。もっとはやく教えてあげればよかったね。あのひと、一体なにをちたの?」


 シャオールはベラに一連のことは説明していないのか。まあ、彼女は場所を貸しているだけの部外者だからあまり情報も明かせないのだろうが。


「つまんない商売に手を出して怖いお兄さんたちに追われてるってとこだ」

「そうだったのね。それでアナタも探ちてるの?」


 俺は首を振る。


「いや、実際今俺が探してるのは別の人間だ」

「別のひと?」

「ああ。だがその男と全く無関係ってわけじゃない。そいつがこの店で何をしていたかの方が俺にとって重要でな。それで来させてもらった」

「どーゆーことかちら? うちで何か悪いことしてたってこと?」

「いや、その男がこの店でどんな風に過ごしていたかを知りたい。ベラさんは朧気でも覚えているだろうか?」

「うん。まあ、よく見る顔だったしね。いつもあたち特製のジュースと軽食を食べて、あとはお酒を飲んでばっかりだったよ。ひとりのときもふたりのときもね。一緒にいるひとは毎回違ったような気がするけど、さすがに全員は覚えてないね」

「それだけ覚えてれば十分だ」


 思わず俺は口の端に笑みを浮かべていた。


「ベラさん。俺が今から言うものがあるかどうか確認してもらえないだろうか?」

「いいよ。なに?」


 俺がそれを伝えると、ベラは驚きで目を丸くする。


「本気? 確かにあるにはあるけど、全部?」

「全部だ。それを調べるために、ベラさんに少し手伝ってもらいたいのと、あの部屋を俺に貸してほしい。多分、しばらく籠もることになる。もちろん使用料や賃金は払わせてもらうよ」

「それをしないと何かが大変なのね?」

「かなりな。うまくいけば一組のカップルが互いに地獄に落ちるのを防げる」

「まいったなあ。そういうお話あたちも興味あるって言ったでしょ? わかった。協力するよ。お金はいいから、終わったらでいいからあたちにも詳しく教えてね」











 そうして俺はその日一日中深夜まで入り浸った。

 ベラは俺を手伝ってくれるためだけに、その日は臨時休業してまでしてくれた。


 妙齢のスタイル抜群なモン娘と二人きりで作業となれば、すわ怪しげなロマンスが始まるかと思いきや、ベラにはすでにパートナーがいてふたりで暮らしているのだそうだ。俺はあまりの悔しさにちょっと泣きそうになった。


 だからといって愚図ってる場合でもない。

 自分の部屋で紙の上に相関図を書いていたとき、ふと俺は一見無関係に見えるもの同士を線で繋いでみた。


 そのときまで、俺は勇者という共通点はあれど、浮気問題と違法魔法具問題は別個のものだと考えていた。そこでそれぞれ別々に関与する人物同士を、あえて線で繋いでみたのだ。

 そうしたら勇者を囲むその相関図の中に、ある一つの線が浮かび上がった。


「いや、なくはない、か……?」


 その繫がりを見つけたとき、俺も半分懐疑的だった。


 だが確かめる価値はあると踏んだ。そのためにはベラの協力が必要だったが、幸いにも彼女は快く承諾してくれた。


 そして今の俺の前には、ベラに用意してもらった大量の紙の束が積まれている。それを散らばらないように慎重に仕分けていく。


 俺が漁っていたのは、ベラの店で行っているアンケートの過去数ヶ月分だ。

 ベラの話によれば、手紙の男は必ずアンケートを書いていたそうだ。内容は適当に書き殴られたもので、ファリの手紙にあったような情熱的な文章ではない。無料のドリンク目当てに書かれたことは明白だ。


 シャオールもアンケートがあること自体はすでに承知しているだろうが、内容がベラの店のメニューに関するものしかないから気に留めなかったのだろう。

 だが、俺の本当の狙いはそこではない。束の中にある、手紙の男が書いたものの前後にある別のアンケートだ。


 ベラはその日受け取ったアンケートを順番通り丁寧に保管している。手紙の男のアンケートがどれなのかさえわかれば、探すのは容易だった。


 抜き出した数枚のアンケートをベラに読んで貰い、さらに候補を絞り込んでいく。 

 それから、俺は得た情報を元に、数日間、一人で王都を走り回った。

 そしてその成果を目の当たりにしている。俺の目には、ひとりの人間の女が遠目に映っている。


」 


 狙い通りの収穫が得られて、俺は思わず歯を剥きだして笑みを浮かべた。


 いろいろと仕込んで、俺は報告がてらベラの酒場に戻った。もうすっかり夜中だ。彼女は帰ってきた俺の表情を見て上手くいったのを察したのだろう。柔和な笑みで返してくれる。


「おかえり。探してたものは見つかった?」

「ああ。おかげさまでね」


 ようやく多少落ち着いて食事ができそうだ。ベラに頼んで軽食を用意してもらう。


「さて。あとはいかにシャオールと勇者の館に入るかだな」


 シャオールからの続報は全くないままだった。どうやら大分例の件に苦戦しているらしい。

 待てるのも残り数日程度だ。あまり悠長にはしていられない。


 だが進展はなく、そのまま勇者の帰還を残り二日後に迎えた。








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