第29話 衂は「けつじん」と読むんだ。いいね?



 勇者がまだ王都にいない以上、浮気が行われるのはやつが帰還してからだ。

 それまで俺が暇かと言えばそういうこともなくて、やれることはないわけじゃない。


 そう、勇者の浮気相手は誰なのか、そこに繋がる情報がどこかにないか、これまでの全てをたぐり寄せて探さなければならない。

 まだ直接顔を見たわけでもないし、名前なんかの情報すらない。そんな相手を王都中の人間の女の中から探し出すのは至難の業だ。


 正直、見つかったらラッキーくらいの心持ちだが、勇者が帰ってくるまでバカンスを取ってぐだぐだしているのは俺の性に合わないからな。どんなに小さなことでもやっておけることがあるならやっておきたい。


 ここまでの情報と状況を整理してみよう。


 勇者は自分の館に浮気相手を連れ込んで逢瀬を重ねている可能性が高い。それはセーナが何度か人間の女と館に入っていく勇者の姿を目撃していることから確定的と言える。浮気現場を捉えるならそこが最有力候補だ。


 セーナはそのとき、ふたりが仲睦まじそうに館に入っていく光景にショックを受けて女の顔も覚えていないそうだから、似たような背格好の女を当たっていくのも無理だろう。


 となると張るべきはやはり勇者だ。

 俺の《代償の衂》能力によって異世界の魔法具がカメラへと変貌を遂げた。


 それを勇者の館に仕掛け証拠を撮りたいが、館は誰もおらず代わりに警備用魔法具によって守られている。うかつに入り込めば痛い目を見るのはこっちだろう。


 ゆえに唯一勇者以外に館の鍵を持つシャオールに入らせ、俺も同行する必要がある。

 タイムリミットは勇者帰還予定の五日後。それ以降になるとどれだけチャンスがあるかわからない。勇者はかなり出不精らしいからだ。


「勇者も二十五歳にして早期リタイア状態。あとは自分の館に籠もってたまに雑魚を狩りつつ接待三昧か。そりゃくさって浮気のひとつもしたくなるもんなのかね」


 俺は苦笑しながら呟き背もたれに体重を預ける。部屋の中はしばらく空き家だったせいかまだ埃臭さは残っているが、初めて入ったときと比べたら大分この部屋にも生気が宿ってきたように思える。


 家は人が住まなくなると途端にぼろぼろになっていくという。俺が住み始めたことで、この部屋も生き返ってきたんだろう。


 部屋というのは住んでいるやつの色に染まっていくものらしい。異世界にいるはずなのに、ここにいる間は都内にあった事務所を思い出せる。より思考もクリアになるというものだ。


 今度は勇者のプロファイリングをしてみよう。


 徴税官と衝突することが多く、自分の館を留守中に警備用魔法具で守るほど警戒心が高く、出不精であまり貴族連中との馴れ合いは好まない。


 魔法具蒐集に目がなく、それが違法物であろうと構わない。そしてエルフのお姫様の婚約者がいながら、人間の女相手に浮気をしている。


 だがファンクラブがある程度には人望もある。英雄として偶像的な人気か、何か庶民を惹き付ける魅力でもあるのか。そして反勇者派の王侯貴族に睨まれ謀略の的にされている。


 魔王を退治したという実績を抜かせば、かなり不誠実な人間だという印象が拭えない。セーナをさしおいて浮気をしていることにも、罪悪感なんて感じていないかもしれない。


 相手は貴族か平民か。それすらもわからない。魔王を退治した勇者の浮気相手ともなれば、やはりそれなりの地位を持っている人間だろうか? それとも社交界への影響を避けて、あえて平民の女に手を出したのだろうか? はたまた、半勇者派の仕向けた美人局か。


 なんにしろろくでもねえけどな。

 小一時間ほど考えてみても糸口はさっぱり見えない。

 やっぱり勇者が帰ってきてからじゃないとやることは少ないか。


「シャオールの手伝いでもしてみるか? あっちも大変そうだしな。でもなあ、王族とかそんなんに関わりたくねえんだよなあ……」


 愚痴を独り言ちながら頭をぼりぼりと掻く。

 本音を言えば、異世界での探偵の仕事はこれっきりにしたい。


 現代知識と技術を活用して活躍できるのは異世界ファンタジー転移者冥利に尽きるが、わざわざ異世界に来てまた男女のどろどろした関係とか権力争いとか諜報とか暗躍とかそういうのに関わるのは御免こうむりたい。


 どうせやるならやっぱり冒険だ。それこそ異世界の醍醐味だろう。


 だがこの異世界では魔王はとっくに退治され、魔物の数は大部分減っている。勇者はその残党狩りに外国行脚に赴くことがあるものの、それは平穏をもたらすためというよりは諸外国との外交のためという意味合いが強いようだ。


 魔物もいない。戦争もない。要するに平和なのだ。


 あるのは勇者を陥れようとする派閥の謀略や王位継承権を奪い合う政治的闘争。それに利用される外国や他種族たちの思惑や犯罪組織。


 つまりは、人間の敵は人間になった、というやつだ。


 だから俺が王都から旅に出て魔物を退治し何かを成し遂げるなんて、そのための動機が全くないのだ。


「どーすっかなぁ……」


 ペン尻を咥えて後ろ頭に手を組み机の上に脚を放りだす。俺が行き詰まったときの姿勢だ。

 まさか四十を過ぎて異世界で将来の展望を考えるはめになるとは思わなかった。

 文字も読めない俺ではできる職業も限られてくるだろう。魔法のいろはもない俺では魔術師にもなれない。


 経歴もスキルもない状態で就職活動か。探偵になる前の自分に戻ったようで嫌になってくる。

 一発逆転起死回生の打開策を狙うなら、そこはやはり人脈に頼るしかない。

 ここはなんとしても、セーナからの依頼を完璧にこなしてコネを繋げておきたいところだ。


 俺は自分の将来のために勇者の浮気を証明するよ!


 とゲスい思考はおいといて、実際問題、今の時点で勇者自身から何かヒントは得るのは無理そうだ。


 俺は机の上に拡がるとりとめのない散乱したメモを手で払って場所を空け、そこに新たな紙を一枚敷く。


 そこにアトランダムにこれまで見知った単語を書き加え、それを丸で囲ってそれぞれを線で繋ぐ。マインドマップというやつだ。俺は思考に行き詰まるといつもこれをするようにしている。全体像を見ることに有効なのだ。


 勇者――セーナ――エルフ――英雄――浮気――違法魔法具――宮廷魔術師――密輸――手紙の男――赤い屋根の酒場――出会い系詐欺――反勇者派――ドワーフの魔石……


 そこで俺は筆を止める。


「あ」


 俺はふとそのことを思いついた。







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