第27話 チャカポコチャカポコ長い台詞はスカラカチャカポコ。耐えろ。(後)


 ドアの向こうからファリの足音が消えたころ、息を整え、シャオールは再び口を開く。


「ひとまずこれで、僕がなぜプレトリア総合商会を追っていたかはわかっていただけたと思います」


シャオールの行動の理由はわかった。だが俺にはもう一つピンとこないものがあった。


「そこまでの影響がある魔法具ってどんなものなんだ? ただ違法だからってだけじゃ勇者の身分は言うほど失墜させられんだろ」

「僕が当初得た情報では、数百年前に絶滅した魔獣の皮革と、採掘場所が精霊保護区にしかない稀少な金属とを組み合わせて造られたもので、いずれもその希少性から各国で禁輸指定されているものだそうです。

 実用面では魔法具としてはあまり有用とは言えず、アンティークのようなコレクション性の高い一品ですね。捌きづらいので欲しがる者は資産家の中でも稀ですし、この辺りでは勇者どのくらいしか売る相手は居ないでしょう」


 なるほど。価値が数億円もする絵画や密漁された象牙の彫刻、例えばそんなものを政治家が正規のルートを通さずに購入したとなれば、責任を問われるスキャンダルになるのはわからなくもない。

 が、やはり世界を救った英雄を蹴落とすにはまだ足りない気がする。


「そんなちゃちいもんでも勇者に渡れば政治問題になるわけか。勇者の立場ってのも難儀なもんだな」


 そう冗談めかして茶化してみたが、シャオールはすぐに首を振った。


「しかしどうやら、その情報が誤っていた可能性がありまして。これは二日ほど前に判明したのですが、実際に持ち込まれたのはただ希少性が高いだけの魔法具ではなかったようです。そしてそれこそが、正規の調査員が表立って捜査できない理由でもあります」


 その顔に笑みは一欠片も浮かばず、シャオールは机の上で手を組み直し、俺に聞いた。


「次元の稀人であるコースケどのは、『秘匿枢要式』という言葉はご存じでしょうか?」

「禁術指定の魔法の核みたいなもんだろ?」

「そうです。そして実際に密輸された違法魔法具とは、その秘匿枢要式を擬似的に再現するものらしいです」

「秘匿枢要式を再現? そんなことができるのか?」


 シャオールは神妙に頷いた。


「今ほど厳しくはありませんでしたが、魔王が存在し各国が戦争状態にあった頃、いくつかの枢要式が禁術に指定され、運用は厳重に管理されました。そして、一部の種族が戦時下であることを理由に他種族の枢要式公開を要請するも拒否されることも毎日のように起きていました。そこで、一部の種族の首長たちはこう考えました。条約で秘匿枢要式が魔法として禁止されているなら、魔法具として使用するには問題ない、と。そう解釈されるに至ったのです」

「条約の抜け穴ってわけか」


 使えるもんなら使ってみろ、の魔術師たちの抵抗が生んだ禁術条約のスタンスに挑戦したやつらが昔は大量にいたんだ。


「ですが禁術再現の魔法具などそうそうできるものでもありません。そこで利用されたのが北の大地に住む少数民族、水晶人の心臓でした」


 水晶人というのは肉体が鉱石に類似した細胞で構成された人類の一種で、その成り立ちからあらゆる種族の中でも魔法に適した性質を持っているのだという。

 当然、特別な肉体は素材にもなる。あの美人マンドレイクの爪や髪や皮膚片が薬の調合素材になるのと同じように。


「水晶人の心臓を使うことで枢要式が魔法具で再現できる。この事実が広まったことにより大規模な水晶人狩りが発生しました。各国が自分たちだけは条約に縛られず枢要式を使って出し抜こうとこぞって押し寄せました。しかし、そのほとんどは失敗に終わったとされています」

「なんでだ?」

「たとえ素材が優れていても、魔法具として組成できる才能ある魔術師が足りなかったのです。結果、疑似秘匿枢要式の氾濫は免れたものの、水晶人の絶滅危惧という状態を招きました。現在、水晶人は特級保護対象として世界中でも極わずかの者しか知らない場所に保護されています」


 なんとも救えない話だ。犠牲の割に成果はほとんどないとは。


「でも王都に密輸されたってことは、再現に成功した物もあったんだろ?」

「はい。その極少ない成功例の中に、地底に住むドワーフの製作した魔石があります。彼らは特に魔法具製作に秀でた技能を持っていて、種族の持つ技術の粋を集めてそれを造り上げたといいます。ですが戦争中に盗まれて以降、長らく行方不明のままでした」


 ドワーフ。エルフに並びファンタジーでは定番の製作技巧に優れた種族だな。


「いかにも伝説の装備って感じのエピソードだな。どんな特殊効果があるんだ?」

「あらゆる物質の再構成を可能にする秘匿枢要式の再現をした、『全てを黄金にする』とまで謂われた魔法具です。それを使えば、ただの石ころが黄金にも爆薬にも化けたといいます」

「まるで賢者の石だな。ドワーフが追い求めたのも納得だ」


 そんなもんが小さい商会の密輸商品の中に紛れ込んでるわけか。


「もし勇者どのが違法魔法具を、それもとびきり違法性があるものをです。所有しているだけでどうなるでしょうか。世界裁判にかけられかけないほどの不祥事です。いくら世界平和に貢献した勇者どのだからと、一人だけ各国が締結した条約から外すわけにはいきません」

「つまりそれがそのまま、勇者失脚の口実になるわけだな」

「その通りです。事態を悪化させているのは、人間の反勇者派と、エルフ保守派の利害が一致してしまっていること。そして、それを王位継承争いに利用されていること。周辺国と種族、英雄と王室の思惑が交差した複雑な構造になっています」


 傭兵は戦争が終わればただの乱暴者とは言うが、勇者も邪魔になれば政局に利用される駒になるわけか。人類ってのはどの世界でも性根は変わらんらしい。

 そんな中で、当の勇者は呑気に浮気しているわけだが。


「魔王を倒し多くの種族たちの諍いを解消し、今の他種族国家を造り上げた勇者どのが、その象徴たる王都の中で、水晶人という過去に同じ人類に蹂躙、濫獲された種族を使った魔法具を所有する可能性があること自体が、とんでもなく重い行為です。世界を裏切ったと言われても反論できません」

「その後に、王室は勇者の世界反逆行為を盾にその疑似秘匿枢要式の魔法具を合法的に没収できるな。一挙両得だ」


 シャオールの面持ちは沈痛に極まっていた。


「そこまで事が大きいのに指揮を執れるのは本当にあんたしかいないのか?」

「すでに複数の妨害が確認されています。専門の調査機関は初期に設置されましたが、機能不全に陥ってしまっていて、この件は宮廷内で口に出すことすら憚れる状態です。宮廷魔術師の中でも比較的若く、あまり目をつけられていない僕だから単独でここまで動けた。ありがたいことに僕を慕ってくれている外部の弟子も数人協力してくれています」


 俺たちは店に戻ってくる前に、シャオールがぶっ倒した連中をどこかに連れていった男たちがいたが、そいつらのことを言っているのだろう。


「明日、僕はプレトリア総合商会の本部を叩きます。惜しくも今日は逃しましたが、男の部屋にあった手紙で密輸行為の言質は採れたと言っていいでしょう。言い逃れはできません」

「じゃあ、そっちは遠からず解決しそうだな」

「ええ。ですが根本的な解決とは言えません。この問題は王国の底に届くほど根が深い」


 シャオールが俺にこれほど重要な話を打ち明けたのは、ある意味で警告でもあるからだろう。そして同時に、彼は協力者も求めている。

 正直、歓迎できない事態だ。この話はある種俺にとって別の危険性を孕んでいる。


 あまりに勇者の直面している問題が大きすぎて、セーナが俺に依頼した浮気問題が矮小化されかねないという危険性だ。下手を打てば「それどころじゃない」と切り捨てられ有耶無耶のうちになかったことにされる可能性も捨てきれない。


 だが俺は浮気や不倫といった不貞行為が決して軽いものではないことを知っている。浮気を突き止めたのに軽んじられて踏みにじられるという事態はなんとしても避けたい。


「僕は勇者どのをなんとしても守らねばなりません。ひいては、婚約者であるセーナどのや支援者である王子の立場を守るために。ここに僕の魔力を吸わせた魔簡交があります。どうか、何か怪しい動きがあればすぐに僕までご連絡を」


 ああ、と俺は短く返答して紙を受け取った。













 部屋を出るとミントのような清爽な匂いが鼻腔を擽った。

 狭苦しい部屋で男三人むさ苦しく重苦しい話をしていた分、解放感が半端ないぜ。

 ちょっとした気まぐれで関わっただけのファリが、よもや勇者とこれほど深く関わるような出来事に繋がるとはな。


「あ! おかえり、コースケ! おはなし終わった?」


 そのファリは店内のカウンター席で白シャツパツパツサスペンダー巨乳マスターことベラに相手にしてもらいながらジュースを飲んでいた。ハーブ系の匂いの元はそれか。

 全く、完全にメインストーリーからかけ離れたイベントだと思っていたが。


「ファリ……おまえサブクエじゃなかったんだな」

「さぶくえ?」


 自覚のないファリは俺の言葉に不思議そうに首を傾げるだけだ。

 俺は笑ってはぐらかして隣に座る。


「なんでもね。それ何飲んでるんだ?」

「ベラさん特製の香草の泡ジュースだよー」


 爽やかな香りのそれは炭酸のようにシュワシュワしている。この世界のコーラみたいなもんか。


「そんなもん飲んでる余裕あんのか? 金ねえんだろ?」

「買ったんじゃないもん。これ書いたら一杯無料でもらえるんだって」


 ファリはカウンターの上の紙をぴらりと持ち上げる。

 何が書いてあるかはわからないが、多分アンケートの類いだろう。


「ほお、そんなサービスやってるのか」

「おにぃさんも飲んでく? あたちのおすすめだよ」

「そうだな。じゃあお願いしようか」


 代筆はファリに頼むとしよう。せっかくだから雰囲気のいい異世界バーで未知の飲み物に挑戦といこうか。








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