第26話 チャカポコチャカポコ長い台詞はスカラカチャカポコ。耐えろ。(前)


「違法魔法具が勇者の手に渡る? どういうことだ?」

「言葉通りの意味です。僕は密輸業者を摘発するよりも、それを阻止しなければなりません」


 やたら危機感を煽ってくるが、いまいち筋の通らない話だ。


「法に触れるブツだってんなら、勇者に直接説明して、むしろ協力してその連中を捕まえればいいんじゃないのか?」

「それが……」


 シャオールは言いにくそうに視線を落とす。


「こんなことを言うのは心苦しいのですが…………勇者どのは今、周りが見えていません。魔法具蒐集にひどく固執し、それがどんな出所であれ気に入れば欲してしまう。そんな盲目的な状態なのです」

「それが違法でも構わず、か」

「はい。以前よりその傾向はありましたが、最近になってそれが顕著になってきています。逆に言えば、そこを狙われたとも言えるのですが……」


 浮気に加えて違法魔法具蒐集。割とろくでもない野郎だなと思っていたが、そんなことにまで手を出しているとは。


「ならいっそ一度くらい捕まって反省してもらったらどうだ?」


 投げやりに言うと、シャオールは「気持ちはわかるけれど」と言いたげに一度肩を竦める。


「そういうわけにもいきません。影響は勇者どのだけには留まらないのです。ですので、勇者どのが関心を持つ前に、未然に防ぐ必要がありまして……」

「なら余計にそんな悠長なこと言ってられるようには思えないけどな。もっと人員を割いたらどうだ? それこそ、密輸なんて国家の経済を馬鹿にする行為だし、捜査機関を大きくして解決すべきなんじゃないか?」

「もちろん本来はそうすべきです。ですが、それがままならない事情があるのです」


 シャオールに何を言ってもできない理由を並べられる。

 むず痒い印象を抱いていたら、ハリシュが後ろから補足を加えてくれた。


「シャオール様が暗に示しているのは、おそらく反勇者派の存在でしょう」

「反勇者? そんなのがいるのか。そういや徴税官とも仲が悪いんだっけか」


 結構トラブル起こしてるみたいだし、行政側から嫌われてそうだよな。この世界の勇者って。


「まあそれも問題ではあるのですが……、それとは別に、勇者どのは王侯貴族と盤根錯節の関係にあるため、あまり懲罰的な方法というのは……」

「えらい遠回しに言ってるが、要は勇者があちこちに睨まれてるからこれ以上恥を曝してほしくないってことだろ?」


 俺がずばり言うと、シャオールは困ったように苦笑いする。


「ははは……。まあその、王室は現在、次期国王を決める重大な局面の真っ只中にあります。勇者どのに大きな騒ぎ起こしてほしくないというのは正直なところではありますが」

「王選ってやつか」


 出たぞ。これぞ異世界ファンタジーの王道。次の王を決める王子たちの争いだ。


 なんでも現国王は高齢という理由から二年後に退位を望んでいるらしい。

 二年後、丁度セーナが成人を迎える年だ。勇者とセーナが正式に配偶者となる年でもある。


 人間の勇者とエルフの姫の歴史的結婚。新しい時代の始まりに合わせて、王も身を退くつもりなのだ。


「我がクルドルア王国の王選は、現国王の直系卑属の中から一人が選ばれる選抜方式です。現時点で三名の候補者がおられますが、いずれも継承権は平等にあり、その中から諸侯の支持が多かったものが次期国王としてあらゆる国事の采配権を譲位されるのです」


 世襲には違いないが、無条件で第一子が国王に即位する長子相続制ではないってことか。

 一見平等で、競争によってより優れた王が誕生しそうには見えるが、チャンスが大きい分余計に諍いを生みそうなシステムだ。


 それに、結局のところ先に生まれた子ほど有利な条件になっている。コネクションの構築という意味でだ。

 実際、かつて勇者に魔王退治の活動資金を支援していたのは現国王とその長子の第一王子で、勇者も第一王子を次期国王として推しているそうだ。


「第一王子殿下にとって、勇者どのの存在感は欠かせないものです。諸外国で発生した魔王残党狩りの支援に赴く勇者どのは、我が王国にとって外交上重要な位置を占めています。


 ですが、それが面白くない方々もいる。特に第三王子殿下はあからさまに勇者どのを毛嫌いしています」


「それで直接第一王子に手は出せないから、仲の良い勇者を蹴落として後ろ盾をなくす方向に舵を切ってんのか。戦略としては順当だが、なかなかえげつねえな」

「ですが仕方ない部分もあるのです。勇者どのが魔王退治へ出立した当時、第一王子殿下は勇者どのと剣稽古で共に汗を流した経験もあるのですが、他のお二方はまだ物心つく前の幼子でほとんど接点がありません」

「思い入れもないから自分の王位継承の邪魔になるなら排除を願うのも当然か。その権力にぶら下がろうとする反勇者派の貴族たちの格好の的だろうな」

「ええ。現状第三王子殿下だけでは勇者どのを追い出すには力不足ですが、旗印になってしまっている。そしてどうやら、今回の件で裏で手を引いているのはそこに集う反勇者派。勇者どのにわざと法律を犯させ、英雄としての立場を失墜させようと目論む連中が身内にいるのです」

「さっき歯切れが悪かったのはそのせいか」


 無闇に大きく動けば、内側から圧力をかけられる。そのため調査は公にできず、単独で動く必要があったと。


「そんなら婚約者のセーナさんに勇者を説得するように頼んでみたらどうだ? エルフの王族だし、影響力は大きいだろ。彼女だって当事者だ」


 しかしシャオールはまたもや首を振る。


「現状ではそれも難しいのです。セーナどのは非常に難しい立ち位置におられます。我々が協力を求めるには、少しばかり壁が大きい」

「そんなことも言ってられないだろ。種族とか関係なく団結してみたらどうだ? 魔王が倒されてから、王都はいろんな種族を受け入れてきたんだ。その外交力を見せつけた方が第一王子も支持を得られるんじゃないか?」 

「そ、それはそうなのですが。ええーと……」 


 シャオールは口ごもり、気まずそうにハリシュに視線を向ける。


「反勇者派のその更に背後には、エルフの姿があるからですね」

「エルフが?」

「エルフは元々小規模な集落で生活を営む種族です。住む環境によって文化や身体的特徴も変わり、それらが統合されることは長い歴史の間起こりませんでした。

 ですがそれは魔王の出現によって変わった。危機がエルフという種族を一つにせざるを得なくなった。纏め上げたのが現エルフ国ユールウゴヤ王。そこまでの過程にはそれぞれの部族が妥協に妥協を重ね、ようやくエルフという種族が一つになりました。

 ですから、中にはカリエセーナ様がエルフの郷から離れ、王都に住み人間の勇者と結婚することを、エルフの決意を愚弄したのだと見做し、未だに翻意を抱く者も少なくありません」

「セーナさんと勇者の結婚ってそう受け止められちゃうのかよ」


 結婚一つとっても当事者の立場に拠ってはいろんな見方をされる。

 魔王退治の英雄同士ともなれば、それだけで互いが属するコミュニティに影響を与えることは理解できないこともない。先進的な者なら好意的に受け取るだろうし、変化を嫌う者なら反発もしたくなるだろう。


 でもよ、せっかく魔王がいなくなったってのに、それって悲しくないか。


「しかしよくエルフが関わっているってわかったな。ハリシュ」

「身内の考えそうなことはよくわかるというだけです。ユールウゴヤ王の傘下に入ることを受け入れた一部族の元首長として。私も改革に誘われた経験は一度や二度ではありません」

「あ、あぁ……。そうか。そうだったのか」


 ハリシュにそんな過去があったのか。ただのいけすかない権助エルフだと思っていたが、やっぱエルフってのは見た目じゃわかんねーな。


「シャオール様の話から察するに、魔法具の密輸を主導しているのはエルフの方でしょう。私たちエルフはその昔、戦争に勝つため世界中から魔法具を集めていました。その中には今の時代では規制されているものも多数あるはずです。

 保守派がどれほど隠し持っているかはわかりませんが、カリエセーナ様が事の次第を知れば必ず問題はエルフという種族全体に波及します。あの御方はそういった後ろ暗い問題を放置する方ではありません。王国民のエルフを見る目は厳しくなるでしょう。それはむしろエルフ保守派の狙った通りかもしれませんが」


 シャオールが続く。


「ハリシュどのの言う通り、この問題はクルドルア王国だけでなくエルフ保守派、そして第三王子殿下と協力関係を築きたい諸外国の暗部が動いています。

 それに我々は未だ決定的な証拠を得られず、王国内に密輸業者を招き入れた主導者を告発できずにいる状態です。僕らが現時点でできることは、最悪の事態が発生する前になんとか違法魔法具を水面下で見つけ出し、食い止めることだけなんです」


 勇者周辺の関係性が段々明らかになってきたが、ここで俺はひとつ、自分の異世界事情への認識の甘さを認めなければならないようだ。

 勇者や魔王やエルフの姫様なんてファンタジー要素満載のゆるい異世界冒険ライフが送れるかと思いきや、俺が見聞きするのは辟易しそうな権力闘争と生臭い浮気問題だ。


 勇者の浮気相手もそういった権力渦巻く人脈の中にいたりするのだろうか?

 俺は頭の中で誰が勇者と浮気をすれば得をするのかを考えていた。

 可能性があるとすれば、貴族の娘とかか。

 親勇者派が勇者を脅かすような真似をするとは思えないから、もし利害関係が絡んでいるとすれば反勇者派が送り込んだ刺客ということも考えられる。


「この際です。ぜひハリシュどのにも事情を把握しておいてほしい事柄があります。従者であるハリシュどのなら、セーナどのにも悟られず危険な接触を回避できるでしょう。僕たちが今日巡り会えたのは、好機と言えるかもしれません」


 ハリシュは頷く。


「ただし、ここから先の話はご自分の安全のために他言無用に願います。取り扱いを間違えれば、多方に敵を作りかねませんので」


 シャオールが付け加えた一言に、黙って聞いていたファリが慌てて立ち上がる。


「あ、アタシっ、やっぱ外で終わるの待ってるね!」


 だんだん話の規模が大きくなってきたせいでびびったのだろう。そのまま部屋を飛び出していった。

 元々ファリは無関係だしな。むしろシャオールは部外者が退場するのを待っていたようにも思える。









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