第25話 白シャツパツパツサスペンダー巨乳マンドレイクという、世の中には意味はなくてもとりあえず口に出してみたい言葉がある



 突然出された甲高い男の声。明らかに目の前のフードの男から発されていた。

 ハリシュはその声に聞き覚えがあったらしい。疑問符を浮かべつつ聞き返す。


「その声は……もしやシャオール様ですか?」

「やはりハリシュどのでしたか! まさか僕の魔法を防ぐことができる者がいるなんてと思いましたが、ハリシュどのなら納得です!」


 男は旧友との再会を喜ぶときのように声のトーンを上げハリシュの両手を掴んで振る。


「シャオール様、こんな場所で一体何を……」

「いやあ、それはこっちも同じセリフですよ。ハリシュどののような方が来るような場所ではないでしょう。よりによって僕がこんな格好をしているときに」

「おいおい、なんか意外なところでばったり会った旧知の仲的な展開見せられてんだが」


 なんか蚊帳の外に置かれはじめてきたもんだから俺も割り込んだ。

 はやく説明してほしいところだ。ファリも俺にしがみついたまま震えてるまんまだし。


「失礼しました。この方は宮廷魔術師シャオール・ノーティス様です。勇者殿やカリエセーナ様とも親交のある王都屈指の魔法の使い手です」


 紹介を受けて、フードの男――シャオールは照れくさそうに後ろ頭をかく。


「いやぁすみません。偽装のために魔法で自分の身体を膜で覆っていたもので気づくのが遅れました」


 そう言ってシャオールは偽装を解く。

 一瞬のうちにフードの下に漂っていた薄い靄が立ち消え中からは気の優しそうな青年の顔が現れる。赤みが強い髪で切れ長の目をしたなかなか愛嬌のある顔立ちの爽やかな面貌だ。


「怪我はありませんか? かなり弱めに調整して殺す気はなかったのですが、見られたことを誤魔化すために全員しばらく病院で寝ていてもらおうとしていたもので」


 その顔で怖いことをさらりと述べるシャオール。こっちは全く笑えんのだが。あれで手加減してたのかよ。


 彼は魔法で吹き飛ばしたことを詫びながらファリに魔法をかける。痛みを軽減し傷ついた箇所を多少なら治癒できるものらしい。すげえな。回復魔法もお手の物か。


「俺たちはあんたをプレトリア総合商会の人間だと思ってたんだ。あんたからこの獣人の娘が送った魔簡交の匂いがしたもんだから」

「手紙? ああ、もしやこれのことですか?」


 といってシャオールは懐から手紙の束を取り出す。


「さきほど名前を叫ばれていたときにどこかで聞いた気がしたのですが、そうか、この手紙の差出人だったんですね。ああ、あったあった。この手紙だ」


 シャオールは束から一枚の紙を抜き出してぴらりと広げる。


「熱い想いが綴られたなかなか情熱的なお手紙でしたよ。特に『返事を読みながらついあなたの手紙で顔を隠してしまうの。そうしたらインクの匂いが強くなって、手紙を書いてるあなたの存在がもっと近くに感じられる気がしたの』の部分には詩的な感動が」

「やああめてえええ! だからなんで読むの!?」


 顔を真っ赤にしてファリは叫びシャオールから手紙をもぎ取る。

 ファリのやつ相手の手紙に感化されて大分自分の筆に酔ってたな。


「しかし、なぜシャオール様がその手紙を?」

「まさかプレトリア総合商会で出会い系詐欺の手紙を書いてたのはあんたじゃないだろうな」


 シャオールは慌てて両手を振る。なんかどこか剽軽な動きをする男だ。


「いやいやっ、違いますよ。僕はワケあってこの手紙の男を追っていたのです」

「じゃああのアパートから出てきたのは……」

「部屋を漁っていたらここに繋がる文書がありましてね。証拠の確保も兼ねて手紙を丸ごとまとめて持ち出したのです」

「そうだったのか。俺はこの子がその手紙をやり取りしていたその男を捜していたんだ。それで勘違いした」

「そうでしたか。あなたはハリシュどののご友人ですか?」


 俺は答える前に、一度ハリシュに目配せした。彼は無言で頷く。

 明かしても問題ない人物という合図だ。


「俺はハリシュの主人、魔王退治の英雄カリエセーナさんに召喚された次元の稀人、百々目木耕介だ」

「――なんですと?」


 シャオールの目の色が変わる。さすが宮廷魔術師だけあってそれだけで事の次第をすぐに把握したようだ。


「場所を変えましょう。互いにここで話をするには機密性が高すぎるようです」


 俺たちは了解し、シャオールの先導であの赤い屋根の酒場に戻ることになった。









「あれ? おかえり。あの人は見つかった? それともあたちが恋しくなっちゃった?」


 奥にいくと主人の白シャツサスペンダーの巨乳マンドレイクマスターと目が合い俺に秋波を向けてくる。

 が、すぐに一人増えていることに気づいてぽかんとした顔をする。


「ありゃ、おえらい魔術師さんも一緒じゃない」

「ベラさん、この方たちと話がしたいのでまた部屋を貸していただけますか?」

「また秘密のお話? いいよ。その代わりまたあたちのことご贔屓にしてね」


 シャオールがマスターの名前を知っていることにちょっと驚いたが、彼は俺たちと同じ男を追ってたわけだからここを知っているのもまあ当然か。と思ったが、どうやら以前から知り合いだったらしい。


「この店の主人のベラさんは実は僕のお得意様でして」

「ここによく飲みに来てるってことか?」

「いえ。薬効素材の取引相手です」

「素材?」

「マンドレイクは時間が経つと身体の一部が生長していくのですが、人間の爪と同じように伸びすぎると不便なので切らなければいけません。薬草と同じように半植物のマンドレイクの身体には効能がありまして、ベラさんはこの店を営む傍ら、僕のような魔術師に切り落としたその部分を薬品の調合素材として売って生計を立てているのです」


 つうことはその薬にはあの美人の身体の一部が入ってるのか。


「ほ、ほう。その薬、どこで売ってるんだ?」

「ははは。一般の方にはあまり縁のないものですよ。魔術師が実験で使うような劇物ですから」


 くう、そうなのか。非常に残念だ。

 悔しがっている間に奥の部屋に着きシャオールに促されて全員が席に座る。


「ここは本来その商談などをするためのものですが、僕が調査の準備をするために借りているんです」


 中は四人が何か入れる程度の狭さしかない。申し訳程度に安っぽい壁で仕切られたオフィスビルの中にある応接室って感じだ。


 シャオールが奥に座り、俺とファリが向かい合って並んで座る。ハリシュは従者の性なのか俺の後ろに立ったままだ。


「ええーと、貴方は次元の稀人ということですが……」


 そんな印象を抱いていたらシャオールがまさしく面接のような切り出し方をしてきた。

 その声音は未だ半信半疑だ。


「ドキドキ・コースケ様の身分は、カリエセーナ・ユールウゴヤ殿下の従者、このハリシュセロン・カラビニアンが保証致します。彼は間違いなく別世界から召喚された人間であり、我が主人が正式に所有地に滞在することを認めた御方です。ドキドキ様の待遇についてはカリエセーナ様が一族と会合を開き現在検討を重ねておりますので、シャオール様におきましてはしばしの間静観していただくようお願い申し上げます」


 俺が答える前に、ハリシュが姿勢を正して宣言する。


「悪いな、ハリシュ。助かる」


 ハリシュが俺の身分を明確にしてくれたことで、立場のある人間とも随分話がしやすくなる。それを見越して先んじてくれたのだろう。


 加えて、次元の稀人ひいてはその召喚魔法に関心を持つであろう宮廷魔術師に、要するに俺が自分たちの管轄であることを宣言することで、徒に俺に手を出させないように牽制したわけだ。

 こいつ、やっぱ優秀だよな。名前はずっと間違ってるけど。


「そうだ。俺は次元の稀人で、今は勇者の簡単な身辺調査を請け負っている」

「身辺調査? セーナどのからということですか?」

「ああ。要は二人の結婚に際し、周囲に敵がいないかどうかを秘密裏に探っている。もとの世界ではそういう仕事が本職でね。まあセーナさんは俺を召喚した手前、憐れんであえて仕事をくれたんだろう。何せ俺はここに来て右も左もわからなかったからな」


 俺は仕事内容が決して浮気調査とは明かさず、角が立たないようにそう言い繕った。


「なるほど。確かに必要なことですね。では、僕の任務もコースケどのたちと無関係とは言えないかもしれません。利害関係で言えば、僕たちの敵は似通っている。さきほど居合わせたのも何かの縁が繋いだのでしょう」

「さっきコテンパンにノしてた奴らのことか。そういや、あいつらは結局何だったんだ?」

「やつらは違法魔法具の密輸業者です」

「密輸……つまり外国から魔法具を持ち込んでるってことか?」

「はい。僕はその実態を探る調査員なんです」


 要はシャオールはFBIのような調査エージェントってわけだ。


「そのために宮廷魔術師が出張ってるのか。魔法を研究するだけじゃないんだな」

「いえ。単に密輸業者を摘発するだけなら本当は僕の仕事ではないのです。ですがこの件だけは、僕個人のみで動くことを要請されました。あまり表向きには出せない任務です」


 どんな類いの人間に自分が求めている男が追われているのかがわかって、ファリは尻込みしたようだ。恐る恐る聞く。


「ね、ねえ、あの人はどこに行ったの? そんなに危ないことをしてるの?」

「それは僕にも……どうやら僕が想定していた時間よりはやく取引が行われてしまったようです」

「あんたの言い方だと、密輸そのものが問題の根幹ってわけじゃなさそうだな」

「その通りです」


 シャオールは間髪入れずに俺の言葉を認めた。


「我々が最も危惧していることは――その違法魔法具が勇者どのの手に渡る恐れがあることなのです」












  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る