第24話 魔法バトルはクールな詠唱と共に



「こんなとこで何をするんだろ?」

「さあな。誰もいないっぽいが……。いや、待て。奥に小さい灯りが見える。裏側に回ってみよう」


 窓から目を覗かせると、物陰の奥に燭台のような灯りの揺らめきが見えた。複数の人影が壁に映り込んでいる。

 しかし詐欺を働く場所にしては随分湿っぽい。仲間と合流しにきたのだろうか。


「うーん、なんとか中を見たいな。ハリシュ。さっきみたいにカメラを仕掛けたいんだが、この窓からこれを滑り込ませる魔法とかってないのか?」


 窓は格子で遮られて腕くらいしか伸ばせない。投げ入れるのも手だが、変なところに落ちても困るし音が出るのもまずい。物を運ぶ魔法なんてあれば最高なんだが。


「不可能ではありませんが」

「頼む。目立たない場所に静かに置きたい」

「なかなか無茶なご要望ですね。私がいなければここで行き詰まっていたのではないですか」


 小馬鹿にするように鼻で笑ってくるが、相手がエルフだと不思議とムカつかないな。むしろ慣れてきてなくなったら寂しくなりそうだ。言うだけのことをしてくれるなら俺は別に気にしないし。


「〈我が掌の上の風の子よ。其方の悪戯あくぎを今一度だけ赦そう。行っておいで〉」


 ハリシュの魔法の息吹は、彼の掌に乗ったカメラをふわりと浮かび上がらせ、するりと格子の間を抜ける。中の物陰の間に上手い具合に収まった。


「ナイスだ。よし、あっちの建物の陰で起動するぞ」


 俺たちは移動し、またダインスレイフの映像を共有する。

 薄暗いが、なんとか中の様子は探れそうだ。中に居るのはフードの男を含めて全部で四人。全員男で机を囲んでいる。


「これなら本人に近付かなくとも顔はしっかり見えそうですね。改めてたいした魔法具です」

「そっか! これならフードの中を覗けるかも! って、ふぎゃぁ!?」

「バッカお前でかい声を出すな!」


 VRの映像に突っ込んで現実の障害物に派手に突っ込むという典型的なボケをかましてファリが壮大にこける。俺は慌ててファリを引き起こして物陰で息を潜めた。


 そうしている間に、フードの男と三人の男が会話を始めた。


『おまえたちは東ゴルヘス陸運協会だな。今日の取引に来た。例の物を見せてもらおう』 

『なんだ? 取引って、あんたプレトリア総合商会のもんか?』

『そうだ。あれはどこにある』


 フードの男がそう言うと、三人は互いに顔を見合わせた。


『何言ってんだ? ブツならさっき渡したじゃねえか』

『なんだと?』

『なんだとも何もつい一時間くらい前のことだろうが。仲間から聞いてねえのか?』

『まさか……遅かったか……。――取引に来たやつはどこに行った』

『なんで貴様にそんなことを教えなきゃならない』


 なんだ? 雲行きが怪しいな。会話が噛み合っていない。こいつら仲間じゃないのか?


『おい、お前フードを取れ。本当に商会の人間か?』


 巨漢の男のひとりが近付き、フードをまくり上げようと手をかけたその時だった。


『〈舞え、天竜の咆哮。我が眼前に聳える壁はなし〉』


 フードの男が開いた両手の掌から、瞬時に人の頭大の風弾が出現し近付いてきた巨漢を後方に吹き飛ばしていた。壁に叩きつけられる振動が俺たちのところまで届く。男はそのまま動かなくなった。


「なっ……!」


 突然始まった暴力沙汰に俺たちも思わず声が漏れる。


「ど、どうしてあの人急に戦いはじめたの!?」

「わからん。なんか揉めたみたいだったが……」

「ドキドキ様、ひとまずここは離れましょう。今の魔法、かなりの使い手です」

「くそ、でもまだ中にカメラが――」


 とにかく一度ダインスレイフを切った。


「アタシが取ってくるよ!」

「馬鹿。止めろ。危険過ぎる!」


 また飛び出していこうとするファリを羽交い締めにして止める。

 出会い系詐欺なんてして手紙をちまちま書いてるような男が、いきなり魔法で暴れ始めるなんて思いも寄らなかった。


「でも、コースケ。大切な魔法具が」

「いいから今は逃げるんだよ!」


 カメラは正直心配だが安全第一だ。男が中を漁ってカメラを持ち去らないように願うしかない。

 俺たちは建物の陰から飛び出て、来た道を戻ろうとした。

 だがこれが不味かった。


 男は中の輩を制圧しすぐに倉庫の外に出てきたらしい。急いだつもりが、道に飛び出したせいで逆に俺たちが走って逃げる姿を見せつけてしまったのだ。


 しまった。男は瞬時に移動する魔法でも使ったのか、俺たちの前に大きな影となって降り下りてきた。


「止まれ。そこで何をしている」


 低く、唸る獰猛な獣のような声だった。

 フードのせいで影になって顔がよく見えないのだと思っていたが、どうやらフードの中にさらに黒い靄のようなものを発生させて顔がわからないようにしているようだ。これではいくら魔眼ダインスレイフで近付いて見ても顔はわからなかっただろう。


「見たな」


 それは短すぎる加害宣言だった。

 男は音もなく足を前に進める。数歩のうちにそれは駿馬の最高速に達し、俺たちを隔てていた距離は瞬く間に縮まっていく。


 装いも動きもまるで暗殺者のそれだ。

 男は俺に向かって真っ直ぐ跳んでくる。

 俺は身体が硬直し全く動けなかった。判断に迷いすぎたのだ。


 俺は持久力にはまだ自信があるが、格闘となると心許ない。護身術の覚えは多少あるものの、それは暴れはじめた調査対象に対処する程度のものだ。異世界にいる生粋の戦闘家に敵うもんじゃない。


 眼前に迫った男の腕が、俺に真っ直ぐ突き出されるのが見えた。

 俺は咄嗟に顔の前で腕を交差し目を瞑って身構える。

 そしてすぐに何かが衝突した音がしたが、なぜか俺自身に衝撃はない。


「コースケ! 逃げて!」

「ファリ!」


 見上げると自分が無事な理由はすぐわかった。ファリが俺の肩を台にして身体を支えながら、逆立ち状態で両足を大きく振り回した蹴りで男に迎撃してくれたのだ。まるで曲芸のような反撃。さすが獣人。


 彼女はそのまま俺の前に勇ましく立ち、男と向かい合う。

 男は相手が獣人だとわかったのか、体術では不利と即座に判断し距離を取った。明らかに戦い慣れている。


「待って! アタシはファリエスタ・ペルトート! あなたに手紙を送っていたのはアタシ! あなたと話がしたくてついてきただけなの!」


 ファリの呼びかける声に、男は一瞬だけ動きを止めた。

 だがすぐに両手を交叉するように構え口からは呪文が流れでる。


「〈竜を狩れ魔を狩れ咎人を狩れ。胎動せし風刃の申し子よ。帝命を受諾せよ〉」

「きゃああ!」


 男の前に瞬時にして小さな竜巻が現れ、ファリをいとも簡単に上空に吹き飛ばしていた。


「危ねえ!」


 走って滑り込み、ファリが地面に叩きつけられる前に受け止めることができた。

 くそ、ファリのこともお構いなしか。

 俺が怒りを見せる間もなく、男は続けざまに呪文を唱える。


「〈踊る粉塵。散る頌歌。嘶いばえる劫火に屈服せしは、己の慢心と知るがいい〉」

「〈覆え蒼璧。隔絶こそが汝の主命と心得よ〉」


 男の呪文とほぼ同時に別の声が割り込む。俺たちの前に薄らと青い水晶の塊のような壁に生え、男の放った火炎系の魔法を散らした。


 ハリシュが防御系の魔法で防いでくれたのだ。


「蹌踉の名は伊達ではありません。さきほど程度の魔法であれば相殺できます。今のうちに逃げる準備を」

「助かる! さすがはやいぜ!」


 しかし男は俺たちを逃がすつもりはないようだった。


「〈いかなる艱禍かんかも我が前には糸玉の如し。綻び解せよ〉」


 男の魔法によってハリシュの作り出した壁に一瞬にしてヒビが入り塵となって崩壊する。


「構築式の分解……!?」


 珍しくハリシュの顔に焦燥が浮かびあがっていた。


「ありえない。ただの人間に、しかも商会の末端構成員がこれほどの魔法を使いこなすなど……!」


 取り乱したハリシュに構うことなく、男は続けざまに、揺蕩うオーラのような、目に見えるほどの魔力を身に纏わせる。


「〈押し寄せる剣の巨濤が〉〈〈其方の死出の旅を〉〉〈汝の身を刻み罪を〉〈〈聖列の天使たちの吹鳴が送る。〉〉〈洗い流すだろう。〉――」


 男の口から、まるで二重音声のように声がダブって聞こえてくる。


「なっ、二重詠唱!? それも高位系統の! ドキドキ様、その場で動かないでください! 私の最大の防衛魔法で周囲を囲みます!」


 ハリシュの焦燥から、男が次に撃とうとしている魔法がこれまでと比べものにならないものだとわかった。俺もファリを抱え身を縮こませて衝撃に備える。


「〈〈身構えよ。それは賊子を貫く〉〉〈我は簒奪者の血を飲む者なり〉〈〈無数なる神戮じんりくの槍!〉〉」

「〈ならぬ。来てはならぬ。汝が踏み入れし聖域は皮膚を剥ぎ魂を刳くるだろう。夜に迷いし者よ。我が愛しき者よ。湖面の向こうへ帰り給う!〉」


 二人の魔法が発動したのはほぼ同時だった。


 男の頭上には光の槍が夜空の星が瞬くように広がり、さらには血に濡れたように赤い剣を象った魔力の塊が軍人の隊列のように男の背後に展開される。どちらも視界を埋め尽くすほどに量が多い。


 冗談じゃない。飽和攻撃かよ。これじゃ逃げ道なんかどこにもない。

 ハリシュの魔法が防いでくれなきゃ全員蜂の巣だ。男の魔法は出現と同時に即座に俺たちの方へ飛来する。

 死を覚悟する暇すらないほどの一瞬だった。


 ピアノを百本の指で無茶苦茶に弾き鳴らしているかのような衝裂音。自分の声すら聞こえなくなるほどの、ある意味で静寂とも言えるようなその激しい空間の中で、ハリシュは平然と腕を前に突き出し立っていた。


 彼の目前で男の魔法は悉くかき消え、俺のところへ届くことはなかった。

 よく目を凝らせば、ハリシュの前に半透明な壁が生まれていた。しかもそれは時間が経つほどに透明度がなくなり、壁越しに見える男の姿が氷を通して映ったように歪む。


 理由はすぐにわかった。壁が男の魔法を受けるごとに分厚く大きくなっているのだ。

 まるで巨大な氷柱が地面から生えるように、歪な円錐形の結晶が一瞬にしてはるか頭上まで伸びていく。


 ハリシュの防御魔法は相手の魔法の威力をそのまま結晶に転換して相殺するもののようだ。攻撃を受ければ受けるほど大きくなる氷柱の巨大さが相手の威力を物語っている。


 魔法で起きた衝突の余波が落ち着くと、ハリシュはフーッと連続で息を荒く吐く。相当の負荷がかかったのだろう。

 ハリシュの魔法によって生まれた結晶は男の魔法を完全に防ぎきると徐々に砂となって消えていった。


 互いにかなり高位の魔法を使ったことは見て取れる。

 しかし不味いな。


 ハリシュなら男の魔法には対抗できそうだが、このまま消耗戦にでも入れば戦いにおいて足手纏いの俺がいるハリシュには不利になる。どうにかこの場を切り抜ける方法を考えねえと。

 男は次にどう出るのか。と身構えたそのときだった。


「ハリシュどの? ハリシュどのではないですか!」




 え…………ッ?




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