第23話 実践! 推理賢者探偵百々目木耕介の異世界尾行講座 本文編集



 空も暗くなってきて、街には街灯の明かりがほのかに照らしだす。

 魔法具のある世界だけあって、夜でも街に光は絶えない。


 俺たちは赤い屋根の酒場でマスターに軽食を頼み、それを袋につめてアパートのエントランスが見える建物の陰に隠れ、人の出入りを見張り続けていた。

 すでに四時間ほど経ったが、めぼしいやつは見つけられていない。


「おなかすいた~」


 とファリが大口を開けて空腹を訴えたころ、丁度また追加の軽食を買いだしに行っていたハリシュが戻ってきた。


「お待たせしました。どうぞ」

「悪いな、ハリシュ」

「何か変化はありましたか?」

「うーん、手応えはないな」


 どうやらこの辺りは夜が生活の中心になるやつらが多い地区のようだ。明るいときと比べて人の出入りが格段に増えた。忍耐力勝負はこっからが正念場だろう。


 酒場のマスターの話から男が人間であることはわかっている。それに手紙の通り金髪なのは本当らしい。それだけわかればすぐに特定できるかと思ったが、この世界は人間の金髪は結構多くて当てはまる奴はすぐに数人見つかった。


「今一人入っていったな。人間っぽかったが、あいつか?」

「違うと思う」

「ほぉ。よく断言できるな」

「だって顔がタイプじゃないもん」

「好みで選ぶなよ……」


 主観で選ばれたら永遠に終わらない気がするんだが。

 そんな感じであいつじゃないこいつじゃないとさらに数人の出入りを確認した後のことだった。


「今度は誰か出てきたぞ。でもあれじゃ顔がわからんな」


 エントランスから出てきたのは膝下まである長いコートにフードを目深に被った男だった。


「コースケ……。あの人だ」

「今のはファリでも顔は見えてなかったと思うんだが……」


 俺の指摘にファリは小さく首を振った。


「違うの。あの人の魔力の匂いがした」

「あの人って手紙の男か?」

「アタシが送った、あの人の魔力を含んだ、魔簡交の匂い。今の人、アタシが書いた手紙を持ってるんだ!」

「そういうことか」

「追いかけよう!」


 道に飛び出しかけたファリの肩を掴み止める。


「毎回闇雲に飛び出していくな。今のやつ、周囲の様子を窺いながら慎重に歩いていた。これから何かやる気のつもりの動きだ。商会の仕事かもしれない」


 男はエントランスから出るとき、明らかに周囲の視線を気にしていた。フードを被って顔を隠しているのも顔がばれたくない何かをしたいからだ。


「ファリ、ここらで止めておこう。それらしいやつは見つかったんだからいいだろ?」


 俺としてはできればファリに男と直接会わせるのは避けたかった。

 今日出会ったばかりの少女とはいえ、詐欺をしてくるような男と引き合わせて危険な目に遭わせたくない程度の情は湧いている。


 見つからないことが最善だったが、見つけてしまったらその先がある。人物捜索の仕事は両人を会わせることが最終目標だが、相手が犯罪者となれば話は別だ。


「これ以上近付けば事件に巻き込まれる可能性だってないわけじゃない。あいつらはファリの恋愛感情を巧みに利用して不当に利益を得ているだけだ。あの男の言葉を信じたい気持ちはわかるが、俺のような周りの人間の声まで遮断しないでくれ」


「コースケ……」


 俺の言葉は理解できても、まだ心の方で納得しきれていないのだろう。ファリは目を潤ませ、俺をじっと見つめ返す。


「アタシね、手紙だけのやり取りとりでも、人を好きになったのって初めてだったんだよ。だから嬉しくて……お返事いっぱい書いた。あの人からの手紙はちょっぴり恥ずかしかったけど、それでも読んでるとね、ほっぺたが熱くなってくるの」

「だからそれは……」

「ねえ、お願いだよ。アタシだって、騙されてるってわかってる。どんな顔なのか。どんな声なのか。それを知るだけでもいいの。だから、それだけでもわかれば、ひっく、ちゃんと……諦めるからさ」


 鼻をすすってきゅぴいと泣かれたらそれ以上俺は言葉を紡げなかった。

 そんな俺の沈黙を破ってくれたのはハリシュだった。


「ドキドキ様」

「ああ、わかってる。セーナさんのことも放っておくわけにはいかないしな」

「いえ、今の男を追うのも悪くないのではと思ったので」

「へ?」

「もしこれから犯罪が行われるとするならば、私は英雄カリエセーナ様の従者として、それを目撃し通報する義務があります。目の前の犯罪を見過ごせば主人の名を汚すことになる」

「ハリシュ、おまえ」

「動機が必要ならば、そんなところでいかがでしょうか。それならば私も協力するにやぶさかではありません」


 俺は思わず口の端に笑みを浮かべてしまう。


「悪くねえ。案外おまえって情に厚いやつだったんだな」

「なんのことでしょう。私はこの状況がベンベルク卿第四十三巻水晶の森の章に登場するとあるシーンに類似点を見出したまで。単なるヒロイックな感傷の模倣ですよ」


 素直じゃない野郎に同意をもらうのは面倒臭いもんだ。だが嫌いじゃない。


「よし、追うぞ。ファリ。ただしこれで本当に最後だ。できそうならあの男の顔が見えるところまで近付く。でもトラブルに繋がりそうならそこで中止。これでいいな?」

「うん!」









「尾行のコツは真後ろを歩かず対角で追うことだ。そして決して目を見ようとするな。警戒心が高いやつは誰かと目が合うだけで行動を変えかねない」


 夜にはしては人通りの多い通りを、一定の距離を空けて追う。

 午後九時頃の飲み屋街といったところか。道ばたで寝そべっているやつは酒に酔ったというよりも何か薬でもキメていそうな感じだが。誰も気に掛けないあたりこの辺の治安の悪さが見て取れる。


 男はその中をずんずん進んでいく。かなり確信を持った歩き方だ。目的がある人間は追いやすい。気まぐれで進路変更する可能性が低いからだ。

 だが男もいつまでも真っ直ぐ進んでくれるわけじゃない。


「ハリシュ、角で男が曲がったらおまえは進路を変えずにそのまま真っ直ぐ進むんだ。曲がり角は男が不意に振り返ったときにこっちが対応しづらくなる注意ポイントだ。視線で追うのも駄目だ。顔を決して向けず、視界の端っこで捉えるのみに留めろ」

「わかりました。しかしその後は?」

「分かれ道で離れたら後ろにいる俺が引き継ぐ。特に夜道は同じ曲がり角をついてくる奴は後ろにいても結構敏感に気配を感じ取れる。反響する足音も聞き取りやすくなるからだ。そして俺が離れた今度はハリシュが追う。そのスイッチの繰り返しだ」


 男が角で曲がると、ハリシュは俺の言った通りに直進した。俺に見えるようにハンドサインで男の進路を俺に伝えてくる。


 まるでMMORPGでボスの攻撃を交代で引き受けるタンクのように、俺とハリシュは交互に男の後を追った。


 しかし今度は男がかなり狭い通路に入り込んだ。しかも結構長そうで隠れる場所もない。

 俺たちは人の流れに溶け込みながら追跡する必要があるが、どうしても場所によっては無理をしなければならないときもある。


「ファリ、おまえならあれくらいの高さなら屋根伝いに追えないか? あまり足音は立てずにだ。また広い通りに出るまででいい」

「わかった。やってみるよ!」


 男には気づかれないだろうが、屋根の上を歩いていたら嫌でも目立つ。近くを歩いている人たちに気づかれて騒がれるのも不味い。


 だがファリはよくやってくれた。獣人特有の身体能力で容易に屋根まで登ると、夜の猫のように足跡を消して渡りながら下を覗き男を無駄に深追いすることもなく失尾を免れることができた。どうやら夜目も利くらしい。もしかして獣人って探偵として最強なんじゃないか?


 また広い通りに出れば人も多くなり屋根なんか怪しまれる可能性もある。また俺とハリシュでの尾行を再開する。尾行は適材適所。チームで行うのが基本だ。


 路地を抜ける前に、俺は先に今まで来ていたトレンチコートを脱いだ。そしてそれをハリシュに差し出す。


「ハリシュ。次は俺のコートをおまえが羽織って追ってくれ」

「なぜそのようなことを?」

「まだ見られてはいないとは思うが念のためだ。人間、服は同じでも体格が変われば雰囲気も変わる。適度に服装を変えて撹乱する」


 実際に帽子を被ったりリバーシブルの上着を裏返したりして変装するのは常套手段だ。


「私がドキドキ様のコートをですか…………」

「そんな嫌そうな顔すんなよ……悲しくなるじゃんか……」


 これだから高貴なエルフ様は。


「まあいいでしょう。仕事の一環ですから」


 ハリシュは恩着せがましく言ってトレンチコートを受け取って袖を通す。 

 くっそ。俺より似合ってんな。コートを羽織っただけで白黒のかっちりした使用人姿から、ベージュのコートをゆるく着込んだモデル系エルフに早変わりだ。


 ハリシュの常夏の国の海のような髪色までは誤魔化せないが、夜ならそこまで目立たないだろう。逆に俺はコートを脱いでよれたシャツ姿のおっさんになる。格差がやべえ。


 そんなことを繰り返して、尾行を続けてもう三十分は経っただろうか。男が進むにつれ、人の数もどんどん減っていく。どうやらいつのまにか工場や倉庫が建ち並ぶ地区に入り込んだようだ。


 当然だが今は営業を終えてひとけは全くない。

 そのうち男は建物の一つに向かっていく。木の合板に鉄の枠を嵌められた頑丈そうな扉は鍵がかかっていなかったようだ。


 男は躊躇うことなく開くと同時に背後を警戒しながら中に消えた。









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