第22話 ちなみにマンドレイクは王都人気ランキング五位以内常連です
「プレトリア総合商会の人ならたまにうちに来るよ」
植物系の種族、マンドレイクの女マスターが笑みを浮かべる。白シャツサスペンダーをパツパツに膨らませる双丘が目に毒なかなりの美人だ。
「ほんとっ!? ど、どんな人??」
「金髪の若い男の人間でね。そういえば昼に来てここで何か書いてたりしたね。『めんどくせぇめんどくせぇ』ってこっちまで聞こえるくらい独り言発していたからよく覚えてるよ」
「絶対その人だー!」
「まじかよ」
後ろ向きで投げたダーツがブルに入ったくらいの衝撃だ。すんなり見つかりすぎだろ。つうか滅茶苦茶面倒くさがられてんじゃねえか。
「あと、つい最近、人間の女の人と一緒に来たよ」
「お、女っ!? アタシの他に女がいるの!?」
「いやおまえらまだ付き合ってるわけでもねえだろ」
「そうだけど! でもなんか嫌じゃん!」
喚くファリを、マスターがくすくすと笑う。
「なになに? 痴情のもつれ? あたちもそういう話興味あるなぁ。でもね、見た感じそういう関係じゃなさそうだったよ。なんか売ったり買ったりとかそんな商売の話してたし。高く売れるってなんか豪語してたもの」
それを聞いてファリははぁーっと安堵の息を吐く。
「な、なんだぁ。よかったぁ」
「それで安心すんなよ。出会い系詐欺なんてやってるんだ。そりゃ他の商売にも関わってるだろうしな。大方安物の骨董品を転売すれば儲けが出るみたいな話でもしてたんだろ」
「む~」
「あの人、飲んでは愚痴ばっかり零すんだけど、この前一度自分でも起き上がれないくらい飲み潰れてね。住んでる家の近くまであたちが蔦で運んでいったんだよ。そんなに遠くないよ。探してるなら教えようか?」
さすがにこっちから聞いておいてそんな重要な情報を聞かないわけにもいかず、手紙の男の住所の第一候補がこうして俺たちの手に入ってしまった。
「すごいすごい! 全部コースケの言った通りじゃん! これならすぐに会えそうだね!」
ファリも舞い上がって止まらない。ここでやめると言っても聞かなそうだ。
「飲んで愚痴零してるようなやつにそこまでして会いたいかあ?」
「会いたいよ! もしかしたらあの怒りんぼの店長に逆らえなくて嫌々やらされてるだけなのかもしれないでしょ! それで飲まなきゃやってられないんだよきっと!」
「想像力が豊かで楽観的だなあ」
適当に相づちを打っていると、ハリシュが後ろから声をかけてきた。
「ドキドキ様」
「なんだ、ハリシュ? おまえもそろそろ俺の名前を正確に覚えてほしいんだが」
「最後までこの娘の相手をされるおつもりですか? 本日はカリエセーナ様の名代としてあまり口を出す気はありませんでしたが、あまりカリエセーナ様とのお約束事をないがしろにされるようなら私はこの辺りでお暇させていただき、従者として主人のカリエセーナ様に事の経過をご報告しなければなりませんが」
皮肉たっぷりに苦言を呈してくるハリシュに、俺は手招きした。
「ちょいちょい、ハリシュ。こっちこい」
「なんでしょう?」
俺はハリシュの肩に腕を回し、引っ張るように後ろを向かせる。耳打ち話をしたかったのだが、くそっ、さすがエルフ。背が高くで肩の位置が高い。
「ファリって獣人じゃん?」
「そうですね。見ればわかります」
「てことは、魔力嗅覚が鋭いんだよ」
「獣人ですからね」
「んで、だ。普通俺みたいなのへの仕事の依頼ってのは結構高いんだよ。俺の世界じゃ、多分一般的な平均給料でいったら四、五日間の拘束で一月分くらいはかかることもある。丸一日分だけだったとしても三万から五万ルギ。あいつに奢った昼食の百食分くらいだな」
後出しだがルギというのはこの王国の通貨単位だ。ファリに奢った昼食が、千円くらいのとんかつ定食程度のボリュームで一食五百ルギだったから、大体物価は日本の半値くらいということになる。
「商会に騙し取られて素寒貧の小娘が払えるのでしょうか? 詐欺だと証明しても王立裁判所に申し立てて結果が出るのにも相当な時間がかかりますよ。しかも返金命令が下るとも限らない。私にはとても回収できるとは思えません」
「だろ。俺もファリに払えるとは思えないし、ぶっちゃけ金銭的にはまるで期待してない」
最初に報酬の取り決めもしてないしな。後から俺の報酬はこんだけ貰うからなと言ってもファリは納得しないだろ。
「では余計になぜなのか不思議に思いますが」
「あいつがいれば勇者の館の中で魔法具の罠も掻い潜れるかもしれないだろ?」
「まだ諦めていなかったのですか?」
ハリシュが呆れたように眉を歪める。
「要は報酬の代わりにドキドキ様の仕事も手伝わせようということですか。次元の稀人は総じて一人になりたがるものと聞いていたので多少拍子抜けしました。結構庶民的な感覚をお持ちのようだ」
「俺は自分がなんでもできる勇者のようなもんだとは微塵も思っちゃいない。自分が持ってない技術や知識を持ってる知人は大切にしとけ。相手が部下でも年下でもな。先に恩を売っとけば後で必要になったときに後腐れなく頼れるだろ? プライドなんざドブに捨てちまえ」
「……案外、ドキドキ様は勇者殿と気が合いそうですね」
「はあ? どういうことだよ?」
「いえ。お気になさらず」
「ともかくだ。ファリが諦めないなら仕方ない。できるとこまでやってやって、獣人とのコネを一つくらい持っておくのも悪くない」
言うほど俺も乗り気なわけじゃないが、状況に合わせて柔軟に動くことも大事だしな。
そこで待ちかねたのかファリが不満げに声をあげる。
「ねえ~、コースケ。話まだ? はやくあの人のおうちに行ってみようよ。今ならいるかもしれないよ?」
「わーってるよ。そんじゃ行ってみるか」
その集合住宅、要はアパートだ、は少し奥まった雰囲気の暗い路地に建っていた。
離れた斜向かいの建物の壁にはでっかい落書きとホームレスか薬中かわからないが目が虚ろな人間の男が項垂れていた。
「やっぱこういうところの方が『らしさ』ってのがあるよな」
アパートの玄関口の木製の扉は薄汚れ、汚物のような臭いが立ちこめ直に触れるのも躊躇われるような汚らしさがある。
個人的には洋画の世界の中のようで嫌いではないが、実際に足を踏み入れるとなるとなかなか緊張感が湧くもんだ。
「ほんとにここにあの人がいるの……?」
ファリもさすがにちょっと怯えていた。
「あのマスターが言うにはここらしいけどな。でも部屋番までは知らないようだから、どの部屋に住んでるかまではまだわからないな」
外観から察するに部屋数はおよそ十五ほど。すでに窓から灯りが零れている部屋もあるが、ほとんどは薄暗く中の様子は見えない。
「よーし、じゃあ一つ一つ部屋をたずねてみよ!」
意気込んで扉に手を掛けようとするファリを俺は慌てて止めた。
「待て待て。こんな治安の悪そうなところでんなことしたら余計なトラブルになるだろ」
「えー、じゃあどうすんの?」
「まずはこのアパートにどんな人間が住んでいるのか把握する。しばらく入り口を見張って人の出入りを観察してからだ」
「わかった! じゃあここで立って見張ってる!」
そう言って道のど真ん中で腕を組み仁王立ちするファリ。
「あのな、そんな堂々と見張ってますなんて空気出してたら後ろ暗い野郎どもなんか一人も出てきやしねえよ」
件の男が一人で住んでるとも限らないしな。仲間がいたら襲われたときに誰かが傷つく可能性もある。
ここで俺たちが帰ったらファリは一人で飛び込みかねない。もし最悪の展開があったとして、獣人のファリならなんとか抜け出すかもしれないが、怪我のひとつでもされたら後味が悪い。
安全かつ確実に、手紙の男を肉眼で捉えておく必要がある。
「ここはいっちょ、張り込みといくか」
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