第21話 情報収集の基本といえば酒場だよな!
王都クルドアは演劇文化の発達した国で、街全体にある劇場は大小含めて全部で百を超えるそうだ。
手紙には劇場の名前が書いていなかったからその中から特定する必要がある。
男がプレトリア総合商会の構成員である以上、距離はそこまで遠くはないはずだ。広く見積もっても半径十キロメートル程度の範囲内にある場所の可能性が高い。
その中で周囲の屋根を見渡せるような大きな劇場、かつ、周辺の建物で赤い屋根が特徴的なのは二箇所しかなかった。
冗長な移動シーンはスキップだ。
俺たちは手紙に書かれていた劇場がある大きな広場に辿り着いた。そこはスペインの広場を思わせる、色違いの煉瓦でできたアーチの建ち並ぶ古き伝統の中世ヨーロッパの街並みといった風情だった。
俺たちは劇場の中に見学という体で入れさせてもらい、景色の見やすい最上階まで登った。
近代ビルで言えば五階程度はありそうなそこそこ大きな劇場だ。いたるところに宗教的なモチーフらしき装飾が施されているから、そういった目的の観劇が行われているのかもしれない。
「随分あっさり入れてくれたな」
「さきほど上演予定を見ましたが、今は週に一度程度しかやっていないようですね。暇なのでしょう」
「閑散期なのか。いずれ見に来たいな」
「ねえね! ここから赤い屋根の建物が見つかれば、あの人が近くにいるってことだよね?」
「確定的とはとても言えないけどな。まあ可能性の一つとしてあり得るって程度だ」
「よおっし! 探すぞー!」
ガラスも嵌めこまれていないアーチ型の小さな窓からファリが身を乗り出して覗き込む。
獣人は目もいいらしいからここはファリに任せて俺は少し脚を休めるとしようか。
「あ! あったよ!」
「はっや」
ベンチに座りかけて中腰になった途端に声が届いて俺の休憩はスクワットを一回しただけで終わった。
「おー……、まじだ。でも何軒かあるな」
そこから見える光景はなかなか美しいものだった。住居用の建物は高さでも決まっているのか劇場や教会や庁舎などのめぼしい公共施設を除いた建物は総じて高さが揃っていて整った街並みだ。
その中に赤い屋根の建物がぽつぽつと数軒見える。
「この劇場では昔、これから戦争に赴く兵士を慰め鼓舞するために演劇を行っていました。この辺りに住む兵士の家族は屋根を赤く塗り、この窓から兵士たちに見えるようにしていたそうです。あのくすんだ赤い屋根はその時代の名残でしょう」
ハリシュが知的なことを言ってくる。解説マン助かるー。
「じゃあ、手紙の『劇場と赤い屋根』はここで間違いなくて、あの人はこの劇場によく来てるってことだよね! ここで待ってれば会えるかな?」
希望に目を光らせるファリ。放っておけば入場者の一人ひとりに「手紙の人ですか?」とか突撃しにいかねないなこいつ。
「いや、そいつはここには来ない。逆だ」
「逆? なにが? なんで?」
「出会い系詐欺なんてやってるような輩がこんな立派な劇場に足を運んでオペラなんて高尚なものを見てるとは思えないからな」
「でも手紙には『劇場から見える赤い屋根』ってあるよ。っていうことは、この劇場の中から外を見てたんじゃないの?」
「そいつはいかにも自分が上流階級の美青年を装ってるんだろ?」
「装ってるかどうかはまだわからないじゃん! ほんとに手紙の通りかもしれないよ? 同じワードを繰り返してたのは何かのメッセージとか」
「いちいち詐欺の手紙の文面に凝るやつなんかいねえからな。多分、目についたものを適当に書いてるだけの可能性の方が高いだろ」
「む~、でもそれとこの人がここに来ないっていうのはどうして?」
「この景色を見てわかった。視点が違うんだよ。『劇場から見える赤い屋根』じゃない。手紙の男の視点から言えば『赤い屋根だと知っている建物から見える劇場』の方だ。その証拠に、ここから見える赤い屋根より目立つはずの教会なんかには一切触れていない」
「あっ、そういえば……」
「劇場から見える景色がどんなもんかなんて知らないから、自分が知っている建物の特徴をあげたわけだ。つまり、探索の起点になるのは『赤い屋根』の建物の方だ」
そうして俺たちは劇場を出て窓から見えた赤い屋根の建物に向かった。
元々昔の建物が残っているだけのようで、最初の二軒は玄関が完全に封鎖された廃墟。次の一軒は集合住宅で住んでいるのは耳の遠い老人ばかりだった。
ようやく四軒目でまともに建物の関係者と話ができそうな場所に着くことができた。そこは一階が夜間食堂、要は酒場になっている。
まだ昼間で客は入っていないが、マスターが店内で仕込みをしていた。
「コースケ、なんか機嫌がよさそうだね?」
「そ、そうか? そんなこたないけどな」
ファリに指摘されてつい否定してしまうが、一度やってみたかったんだよな。ファンタジー酒場で情報収集って。
しかしこの調査はこの辺りで終わりを迎えるだろうというのが俺の予測だ。
ここまではたいした時間もかけずにこれたが、手紙の主を捜し当てるなんて仕事は本来数週間、数ヶ月かけてやるもんだ。そう簡単に手がかりに繋がるなんて都合のいいことは起きない。
ほとんどファリが満足するためにわかりやすく調査してやっていただけに過ぎない。
これくらいやってやれば見つからなくても諦める。少なくとも後は俺とハリシュのことは解放してくれるだろう、というのが俺の見立てだった。
だが、予想外にもマスターの口から男に繋がりそうな情報がすんなり出てきてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます