第20話 エルフのオタクは年季が違う 


 ハリシュには俺が店から立ち去った後に入店してもらい、適当な話で注意を惹かせつつカメラを回収させた。

 二回も同じ人間が入れば怪しまれるからな。こうして二人組で連携して痕跡を消していくのは実際によくやることだ。


「んで、ファリ。本気でその男を捜すつもりなのか?」

「あったり前でしょ! お金を返してもらうのはその後だよ!」


 騙された証拠ならさっきの映像でも見せれば十分だろうが、ファリはそれよりも男を助けたい気持ちが強くなってしまったようだ。

 これじゃ何を言っても聞かんな。


「一応聞いとくが、そいつの見た目とかは判ってるのか?」

「実際に見たことはないんだけど……手紙には金髪で、馬上競技が趣味で筋肉質で学園時代は結構モテてたんだって。名前はグレオ・トールテン。貴族縁の血筋で、お金持ち。奉仕活動に精力的で感謝状を貰ったこともあるんだって。ねっ、良い人そうでしょ?」

「当然だが信憑性は薄いな。っつかそんなテンプレみたいなプロフィール鵜呑みにすんなよ」

「えっ、じゃあ嘘ってこと!?」


 全部が全部嘘とは限らないが、最初からファリを騙そうという意図が前提にある以上、真実が含まれている可能性は大分低いだろう。

 しかし連絡のやり取りが手紙だけというのは頼りない。携帯電話でもありゃ通話記録からおおまかに追えるんだが。


「その手紙に使われてる魔力をファリの嗅覚で辿って居場所を見つけることはできないのか?」

「手紙は建物より高い場所をアタシが走るより速く飛んでいくからさすがに無理。一回試したけど、それができてたらとっくの昔に追いかけてあの人に会ってるよ」


 それもそうか。しかしこいつ、ちょっとストーカーの資質がありそうだな。


「だがそれだけじゃさすがに見つけ出すのは無理だぞ。あの店主も居場所がわからないみたいだしな」

「王都にいるのは確実なんだから虱潰しに探していればきっと見つかるよ! 頑張ろうね!」

「んな途方もないことしてられるか。王都がどれだけ広いと思ってんだ」


 まあ俺も王都がどれだけ広いのかはよく知らないのだが。だが人口でいったら数十万人はいるだろう。それだけの大きさの街なら一日、二日歩き回ったとしても全て網羅できるわけもない。


「手がかりがあるとしたらファリが実際にやり取りしてた手紙くらいしかないな」

「えぇ~、見せろってこと? やだよ。恥ずかしいもん」

「今のところその男に繋がる情報がそれしかないんだよ」

「でも紹介された情報が嘘なら、手紙の内容も適当に書いてたかもしれないってことでしょ? 読み返したって何もわからないよ……」

「いいから見せてみな。どうせ持ってるんだろ」

「うー……。わかったよ。鞄の中に全部入ってる」


 ファリは背中に背負った革鞄の中から紐で縛られた封筒の束を取り出す。魔法の手紙は見た目は普通の紙と変わらないものだった。


「よし。ファリ。それを全部読み上げてくれ」

「っはあああ? なんで? 自分で読んでよ」


 ファリはそう言って手紙を俺に押しつける。だが俺にその文字列は解読できない。


「俺は事情があって文字が読めない。内容を知るには読んでもらうしかないんだよ」


 自分を口説く手紙を声に出して読み上げろと言われたら抵抗があるのはわかるが、読んで理解できないなら誰かに読み上げてもらうしかない。

 案の定ファリは手をぶんぶん振って拒絶した。


「ムリ! 自分で声に出して読むなんてキツいもん!」

「しょうがねえな。じゃあハリシュ、読んでくれないか」

「うえぇえああっ!? なんでそうなるの!?」


 ハリシュは俺が次元の稀人でこの世界の文字が読めないことを知っている。だからか、俺の要望に大人しく従ってくれた。


「ふむ。まあいいでしょう」


 ハリシュに手紙の束を渡すと、ファリが慌てて手を伸ばして止めようとしてくる。


「ちょっ、やめ、ほんとやめてって!」

「じゃあ男は諦めるか?」

「あうううぅぅぅ……」

「だろ?」


 にやりと笑う俺に弱味をつかれて渋々手を引っ込めるファリ。

 ハリシュが最初の手紙を読み始める。


「『待ちきれないよ。ああ、いきなりこんな文章で始めてしまってごめんね。ぼくの気持ちが思わずペンを走らせてしまった。商会に直接会うことは制限されているからぼくたちはまだ会えないけれど、この時間がふたりが会うときの喜びを倍増してくれるって信じてる。だから待てるんだ。ぼくが脳裏に思い描くきみは可憐で、清楚で、でも力強さを備えた理想の人だ。君にとってのぼくも同じようだったら嬉しいな。


《中略》


 ぼくがこの手紙に込めたきみへの熱いパトスで封蝋が途中で溶けて無くなってしまわないか心配だ。届いたらまた返事を書いてほしい。ぼくは待っている間きみからの返事をいくつも予想して、届いたときに答え合わせをするのが楽しみなんだ』」

「甘いなー」

「う゛う゛う゛うううううううううううううううぅぅぅぅぅぅぅ……」


 ハリシュは抑揚もなく淡々と声に出しているのだが、内容が歯に浮くようなセリフのオンパレードでなかなかインパクトがある。ファリは一体どんな返事を書いたんだろうな。


「ねえぇぇ~、もういいでしょぉ、ひっく、きゅぴぃ」


 ファリが真っ赤になって羞恥心でちょっと泣いてるがまだ一枚目だ。まだしばらく耐えてもらうとしよう。

 しかし中身は本当に他愛もない話題ばかりだった。

 どこどこに行った、とか日常の変化や、仕事でこんなトラブルがあった、と弱さを見せるものや、はやく君に会いたい、なんて甘く口説くものもある。免疫のないファリには効果覿面だったのだろう。

 そんな甘ったるい手紙をハリシュが十通ほど読み上げたあたりで、俺は一つの線を見出す。


「当たり障りのない話題を続けているように見えるが、手紙の中に『劇場から見える赤色の屋根』ってフレーズが何回か出てきたな。ときどき『劇場』だけだったり、『赤い屋根に吹く風』なんて言い回しは変えてるが、大抵揃ってその二つが出てくる」


 ダメージを受け続けて涙目のファリも「ふぇっ?」と顔を上げて首を傾げる。


「アタシ、毎回返事を書くのに夢中であんまり気にしてなかったや。ほんとだね」

「おそらく、こいつは結構行動範囲が狭い。趣味もあんまりないんだろう。だから自分が経験したことのある同じ話題しか出せないんだ。どんなに他人を装ったとしても、人と話を続けるには話題を持ち続けなきゃいけないもんだ。ましてや異性から気に入られようとするならその幅の広さがものを言う。なのにこいつは同じ風景の話題を繰り返した」

「それが何か意味あるの?」

「ファリを騙すために関心を惹こうとしたが、こいつは自分の知っている場所しか具体的に話題として出せないほど引き出しが少なかった。つまり、このキーワードが揃う場所に通っているか、少なくとも何度か訪れることができる程度の範囲内に住んでるかってことだ」


 あくまで仮定のうえに範囲も広いが、王都の広さを考えれば男の行動範囲の当ては絞れたと言ってもいいだろう。

 後はこの男の容姿をどう特定していくかだが。近付けばファリの嗅覚で辿れるか試してみるか。あるいはハリシュに頼んで何か魔法具を見繕ってもらうか……。

 ここで俺は、ん? と気づいた。ファリがぽかんと大口を開けて俺を見ている。


「すごい! すごおい! コースケ、まるでベンベルク卿みたい!」

「ベンベルク卿? 誰だそれ?」

「推理賢者のベンベルク卿だよ! いますごい流行ってる読み物なんだ。アタシも新作出たらすぐ買うんだー」


 そして俺をじろじろと興味深そうに背伸びしてまで見上げてくる。

 推理賢者ってのはサスペンス系の推理探偵みたいなもんか。


「そういえばコースケって、人間だし、背え高いし、目つきはきりっと鋭いし、ちょっと髪型は変だけど頭は良いし、ベンベルク卿にイメージ似てるかもー!」

「そうなのか? まあ人気の小説の登場人物に似ていると言われたらそれほど悪い気はしないな。ふふん、推理賢者探偵百々目木耕介って呼んでもいいぞ」


 と、ちょっと得意気になって返すと、


「ベンベルク卿を愚弄するなぁあああああああああああ!」


 ハリシュが突然叫びだした。やっべ地雷踏んだ。


「モリオッコ頭が推理賢者ベンベルク卿と比較されようとすること自体が烏滸がましい! 人間でありながら兼ね備えた品性と知性加えて体術によって迫り来る凶悪犯をことごとくねじ伏せる文武両道の活躍がこのモリオッコ頭にできるとでもいくら小娘に審美眼がないとはいえベンベルク卿をこの男のみならずあらゆる人間どもと人型であること以外のどこに共通点を見出せるというのか説明できるものならしてみなさいまあ不可能でしょうけれどもさあ発言を撤回しなさいいますぐに」

「だからモリオッコってなんなんだよ」


 えらくご執心だな……。どの世界でも推理物って一定の熱狂的なファンがいるもんらしい。


 ファリが「うぇっ」とでも言いそうなほど顔をしかめる。


「うわっ、ハリシュってベンベルキアンだったんだ……」

「ベンベルキアン?」

「推理賢者ベンベルク卿が好きすぎて、少し間違ったことを言っただけですーぐ怒って叫び出す人たちのこと。解釈がちょっと違うだけで激昂するからあんまり近づきたくないんだよね。こっちは普通に楽しみたいだけなのに」


 地球で言うところのシャーロキアンみたいなファンネームか。こっちは熱狂者というより狂信者ってイメージが強いみたいだが。


「フン。ベンベルク卿の崇高さを大衆的な娯楽と同一視しないでいただきたい。確かに底の浅い下銭な民衆をも惹き付ける魅力を兼ね備えていることは認めましょうしかしいいですかそもそも作者は来歴に未知な部分が多く作品にはエルフ哲学が根底に存在していることからエルフと深い親交を持った賢者なのではないかとも言われているのですベンベルク卿の人物像にもそれが反映されていていわばエルフそのものと言っても過言ではないのだと――」


 厄介ファンの典型じゃねえか。


「ひとまずその場所に行ってみよう。期待薄だが、何もとっかかりがないよりはマシだろ。次のことはとりあえずそこに行ってからだ」


 話を遮り俺が翻って背を向けると、ハリシュがガッと肩を掴んできた。


「お待ちなさいドキドキ様。あなたも次元の稀人として私たちの世界に住むなら一般教養としてベンベルク卿は嗜んでおくべきです。文字の読み書きの教材としても最適ですから、私の所蔵している全八十五巻のうち、まずは初心者におすすめの第二十六巻前編第一部白薔薇の森の章をお貸ししましょう。中途半端と思われるでしょうが第二十六巻はベンベルク卿の生い立ちに触れた彼の原点とも言える部分で彼の偉大な活躍を時系列で追う形で読む場合にとても有効なのです。ああ、読み方については様々な方法が研究されていますが、全くこの世界を知らない次元の稀人であるドキドキ様にはこれが効果的だと私が胸を張ってお勧めできましょう。第二十六巻全編だけで本の厚さが私の身長ほどもあるので読み応えも十分保証できます。そしてご自分とベンベルク卿がどれほどかけ離れているか自覚を持って今後二度と――」


 やべえ布教してきた。逃げろ逃げろ。


「次元の稀人? コースケは別の世界から来たってこと!? だから文字が読めなかったんだね! ねえねえどんなところから来たの!?」


 ファリには名前を教えてはいたが俺が次元の稀人であることは伏せていたためか、ハリシュから零れた俺の事実に目を輝かせて反応する。俺の後ろをぴったりとくっついてコートを掴み質問を浴びせてくる。

 俺は二人から執拗に迫られるのを躱しながら手紙の場所を目指したのだった。











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