第19話 都合のよすぎる解釈は若さの特権



 カメラの設置には成功した。

 丁度映像を見るのに都合がよさそうな人のいない袋小路を見つけて二人をそこへ連れていく。


「ここで何をするの?」

「さっきのキューブは置いた場所の周囲の状況を映してくれるんだ。この俺の頭についてる魔法具が俺の視界に中継してくれる」


 簡単に説明するとハリシュが驚いたように聞いてくる。そういやまだハリシュにも説明してなかったな。


「そんな魔法具があるのですか?」

「ちっと特別製だ。超絶レアリティが高い逸品だからあんま人に言いふらすなよ」

「ただの趣味の悪いアクセサリではなかったのですね」

「一言うるせえの。よし、映ったぞ。さっきの店主もよく見える」


 店主は難しい顔でカウンターの席にまだ座っていた。まだファリが騒いだときの苛立ちが収まらないのか、身体を揺すっては膝を叩き、舌打ちを繰り返している。

 いいぞ。こういう感情が揺れやすい人間はボロを出しやすい。何かしら発散させるような行動を起こすはずだ。


 十分ほど変化を待っていたら、ファリが退屈したのか俺の頭に巻き付いたサークレットを引き剥がしにかかってきた。


「ねえー、アタシも見たいー。それ貸してよ」

「いでででで! 取れねえからやめろっつの!」


 ダインスレイフのサークレット側は俺の頭に茨の冠のように巻き付いている。それを獣人の力で引っ張られるのだから本気で頭皮ごと剥がされそうな激痛が走る。

 あわや俺の天パが毛根ごと持っていかれそうになったとき、俺も想定していなかったことが起きた。


「ドキドキ様、これは……!」

「どした?」

「アタシたちにもさっきのおじさんが見えるよ!」

「ええ?」


 二人を見てみると、確かに視線が俺が見ているものと同じものを見ている動きと一致する。

 どうやら俺の頭皮の危機を察して魔眼ダインスレイフの能力が開花したらしい。俺の近くにいるやつらにも映像を共有できるのか。


 御都合チート感が半端ねえけど、だがありがたい機能だ。これなら同じモニターを共有しているように誰かと映像を見ることができる。


 改めて観察を再開する。店主はカウンターに肘をつき、何か思案しているのかぶつぶつと独り言を発していた。


『さっきの野郎……このタイミングで……まさか感づかれてるのか……?』


 そういえばさっき店内でも気になることを言ってたな。調査会がどうたらと。

 自分があくどい商売をしてると自覚があるから疑ってかかってきたんだろうと推測は建てられるが、しかし俺が『勇者』という言葉を使ってから警戒が高まったのが気に掛かる。店主は何か勇者に関わる魔法具取引でも計画していたのだろうか。


 その答えは得られないまま、また数分が過ぎる。店主は腹の虫を治めるためか、グラスを取り出して酒を注ぐ。それをあおりながら愚痴の内容はファリの方に移っていった。


『くそ……あの獣人のメスガキ……さっさと諦めりゃいいものを……大体、自分の好みの男くらい自分の力で探せってんだ……』


「ひどい! そっちがそういう商売してるくせに!」


 ファリが映像に向かって怒り出す。

 まあ自分で探せってのは俺も半分くらい同意するが。


 しばらくそうして苛立たしげに机を指先で叩いていた店主だが、怒りが抑えきれなくなったのか、なにやら奥から一抱えの魔法具一式を取り出してあちこち触り始める。


 ハリシュに聞いたらそれは決まった地点同士の音声を送り合う魔法具なのだそうだ。要はばかでかい固定電話だ。


『ああ。お前か。何の用事かじゃねえよ。こっちに例の新しい商売の客が来やがったんだよ。店の前で騒ぎやがって面倒臭いことになった。あいつはそこにいるか? 一体どうなってんのか今すぐあいつに説明させろ。魔簡交を送るのはあいつの役目だっただろ。会わない理由は適当にでっちあげてフェードアウトしろって言っただろうが。何本気にさせてんだ』


 やはり店主とファリが会う予定だった男はグルだったのか。


「そんな……」


 ファリもショックだったようだ。

 だがこれで真相はわかっただろうと思っていたら、店主の話は思わぬ方向に進み出した。


『ああ? 数日前から連絡が取れないだと? クソが。どこいきやがった。これから新しい取引で忙しいってのに。さっさと探し出せ』


 なんだ? 手紙の男が商会から消えた?

 店主は魔法具を停止させると、机をドンと叩き八つ当たりする。


『くそが。嫌なタイミングで問題ばかり起こりやがる。なんの暗示だこりゃあ? あの野郎、見つけたら二度と逃げられねえようにしてやる。ああ、くそ。ぼろい商売だと思ったんだがな』


 店主は酔いが回ってきたのか、そのまま仕事の愚痴を一人でぶつぶつと喋るだけになった。

 もう十分だろう。俺はダインスレイフを切って目を開く。

 ファリが虚無顔で呟いた。


「アタシが手紙を送ってた人は……アタシからお金を取ることが目的で……アタシと会う気なんか最初からなかった…………?」

「そういうことだ。やっぱり、っつうか当然のように詐欺だったみたいだな。手紙を送ってた男がいなくなったってのは少し気にはなるが」


 まあ逃げたんだろうな。しょっ引かれるのが怖くなって逃亡する犯罪組織の末端構成員なんて山ほどいるし。

 これでさすがに騙されたことに納得するだろうと思ったが、しかしファリはむしろ意気込んでしまった。顔が一気に明るくなる。


「ってことは、悪事に手を染めたくなくなって逃げたってことも考えられるってことだよね!?」

「えーと、まあ、否定はできないが」

「きっとホントにアタシに恋しちゃって騙せなくなって、でも後ろめたさからアタシに会う勇気がなくなっちゃったんだよきっと!」


 あー……。不味いなこの流れ。こうなったファリが次に言い出すことは明白だ。


「あの人を見つけて助けてあげなきゃ!」


 ほらやっぱり。












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