第18話 サブクエは一度受けると終わるまでクエスト一覧に残り続ける
「コースケは人を調べる仕事をしてる人ってこと?」
「かいつまんで言えばそんなところだ。今は大事な仕事の最中だが、特別に手伝ってやる。ありがたく思えよ」
サブクエ攻略するにあたって無作為に探索していたのでは効率が悪い。ファリには俺の立場を理解してもらうために探偵であることを明かした。その方が俺が取る行動に対してとやかく言われるリスクを下げられるからだ。
「私には場当たり的な行動にしか見えませんが……これからどうされるので?」
ハリシュの疑念も最もだろう。しかし俺はここでならダインスレイフの試験ができると踏んでいた。
「これをさっきの主人がいる店内に仕掛ける」
掌にキューブを乗せてハリシュとファリに見せる。魔眼ダインスレイフのカメラ部分だ。
するとファリが自分に差し出されたと思ったのかひょいと手に取った。
「なあにこれ?」
「おいあまり乱暴に扱うなよ。それは俺のキーアイテムなん――」
「あむ」
「バッ……」
こともあろうにファリのやつ、カメラを自分の口の中に放り込みやがった。
「んー、なにこれ、硬ぁい」
「お、おい。さっさと吐き出せ! 絶対に飲み込むなよ!」
ファリは俺の制止を聞き入れず口の中でカメラをころころ転がしてやがる。
こんなところでファリの胃の中に入って取り出せないとかそんなオチは勘弁してくれよ!
俺はファリの頬を押してはやく吐き出すように促すものの、こいつ、全然口開ける気配がねえ! 獣人だからか顎が強すぎて俺の力じゃ開きもしない。下手したらマジで噛み砕きかねないぞ!
「むむ~」
「おい! おま、まじやめろって! しゃれになんねえから!」
そのとき、俺の頭の中で「ブンッ――」と電子機器が起動したときのような音が鳴った。
そして俺の視界いっぱいに、ファリの口腔内の映像が描写される。
「お、おいいぃぃ!」
「ろぉしたの?」
ファリがカメラをベロベロ舐める様子がダイレクトに俺の視界に映る。まるで巨大な舌で顔中を舐められているかのようだ。こら、舌の先でつつくな!
「いい加減返せ! それがないと何も出来ないんだって!」
べっ、と吐き出されたカメラは案の定涎まみれだ。
「おまえな……」
「ごめんね。アタシ手に取ったものすぐ口に入れちゃう癖があって」
へへ、と悪気もなさそうに笑うファリに俺はうらめしい視線を送る。
「それ『ひらめいた』とか言われるから直した方がいいぞ……」
なんのこと? とピンときていないファリに詳しくは答えず、俺はコートでダインスレイフカメラについた涎を拭き取って起動を解除する。
「早い話がこの魔法具を使ってさっきの店主から上手いこと話を聞き出そうってことだ」
「えっ、これ魔法具なの? それにしては……」
「なんだ?」
「えっと、人間はあまり気づかないらしいけど、魔法具って必ず独特な匂いがするものなの。でもこれには……」
「匂いがしない?」
「うん。舐めてみてようやくわかったってくらい。今はもう味を覚えたからこれくらい離れてもそこにあるってわかるけど」
クラリスが言っていた話と合致する。獣人特有の感覚、魔力嗅覚だ。しかもどうやら、味覚にも関連しているようだ。
試したかったことの実証が早々に得られて俺はほくそ笑む。これは大きな収穫だ。
魔眼ダインスレイフは獣人からも気づかれないほど隠蔽率が高い。仮にもし勇者が屋敷に外部から持ち込まれた魔法具を感知する罠を仕掛けていたとしても、それすらも誤魔化せる可能性が高いってことだ。
「棚ぼただな。よくやったぞファリ」
「えっ、えっ、急に何!? えへ、えへへっ、な、何なの?」
思わずわしわし頭を撫でてやると、ファリは戸惑いながらも撫でられて笑みが零れてしまうらしい。獣人は気質的には犬に近いのかもしれない。
「よし、まずは俺が一人で店に入って主人に話を聞いてくる。ハリシュたちはこの辺りで待っていてくれ」
「私も行かなくてよろしいのですか?」
「ハリシュにはまだ役割があんだよ。勇者の話も探ってくるからお茶でも飲んでてくれ」
そうして俺はハリシュたちをその場に残してプレトリア総合商会の暖簾を潜った。
「よお、お邪魔するよ」
「ああ? 何の用だ?」
店内はぼろぼろな棚が規則性もなく雑多に並べられ、物の分別などまるでされていないように隙間に押し込まれている商品の数々。
店主はその奥、隅にある机に帳簿らしきものを広げていた。顔を上げ俺を睨む。
「おいおい、なんか不機嫌だな。嫌なことでもあったのか?」
「てめえには関係ねえよ。用事はなんだ?」
「ちっと探してるもんがあってね。あんたのような魔法具の売買をしてる商人を手当たり次第当たってるんだ。案外、あんたみたいな肝の据わってそうな男じゃないと取り扱ってなさそうな、とびきりの一品をね」
「ほう? どんなもんだ?」
「勇者のお眼鏡に適う魔法具……。あるかい? そんなものが」
俺は格好つけて渋く言い人差し指を立てて見せる。
しかし店主は俺の予想とは違う反応を示した。
「勇者、エルドラン……? あんた一体何者だ? どこからその話を聞いた?」
「その話? 何のことだ?」
「とぼけんな。てめえ、もしや調査会の連中の仲間か」
なんだ? 店主は俺を誰かと間違えているのか?
「言え。なんでうちに来た? てめえがどこから情報を掴んだかは知らねえが、吐かなきゃ――」
ここで下手に嘘をつけば余計に怪しまれる。ここはあえて自分の本音を明かしておいた方がいい。嘘をつくと独特な雰囲気が態度に出る。
特に商売人はそれを察知するのが上手い。人を騙すにはときに真実を含めることも大事なことなのだ。
「いや、俺は本当に何も知らない。個人的に勇者に近付きたい事情があってな。ほら、勇者は魔法具蒐集を趣味にしているだろう。あの偏屈に会うには魔法具をきっかけにするのがいいと踏んでいいものがないか探していたんだ」
店主はまだ怪しんでいるようで俺をしばらくの間じっと睨んでいたが、俺の戸惑いようを見て少しだけ警戒を解いたようだ。椅子に座り直し、不機嫌そうに視線を逸らす。
「忘れろ。ちっとピリピリしてるもんでな」
「そういえばさっき、なんか騒ぎがあったみたいだな。あんたも厄介事が絶えないみたいだ」
「あ? ああ。迷惑なもんだよ。獣人風情がうちの商売にケチつけやがってよ」
なかなか差別意識の高い人間のようだ。しかしここで反論しても意味が無い。探偵の調査では自分の主義主張など表現する必要はない。臨機応変に相手の主張に合わせて話を引き出すことの方が重要だ。
「だが客としては上等だ。ああいう単純なやつらの方が需要のある商品は掴みやすい。あんたならそういうもんもすぐにわかるんだろう?」
乗ってやると、店主は「はん」と機嫌良さそうに皮肉笑いをする。
「連中の欲しいものなんざ簡単に読み取れるもんさ。餌を垂らしゃ魚みてーに寄ってくんだから楽なもんだよ。たまに食いついて離さないさっきみてえな強欲なやつもいるがな」
「俺にはそういう商才がねえから貧乏してるよ。少し恩恵を分けてほしいもんだ」
俺は店主の話に頷くふりをしつつ、適当の棚に手を向ける。
「おい、勝手に触んじゃねえ」
「悪い悪い。何か掘り出し物でもないかと思ったんだ」
「ここにゃあんたが望むようなもんはねえよ。諦めてよそへ行きな」
「そうかい。そりゃ残念だ」
俺は手を引っ込める。俺の掌に収まっていた小さなキューブは今は無い。
「じゃあな。せいぜいあんたの商売がうまくいくことを祈るよ」
「うるせえ。さっさと消え失せろ」
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