第17話 ちなみに王都人気ランキングの獣人の一つ上はハーフオークです




「どういうことだ?」

「王都の恋愛市場では、獣人は劣後の位置にいます。人気があるのは私のような高貴なエルフや神々しさのある有翼人、次いで数の多い人間といったところでしょうか。その下はほぼ団子になっていますが、獣人はその中でも人気は下位にあるのです」

「へえ、意外だな。つーかハリシュが王都の恋愛市場に詳しいことが謎なんだが」

「ま、まあたしかに、アタシも聞いてた割にすぐに相手が決まってちょっと驚いたけど……」


 少女がもごもごと下を向く。獣人ってだけで人気がないのか。やっぱりあるんだなそういう種族間の格差って。俺の抱いてるイメージとは結構違うみたいだけど。


「それですんなりいって怪しいとは思わなかったのか?」

「思わないよ! それから三ヶ月くらいずっと魔簡交で連絡取り合って恋心を育んでたんだよ! ようやく会えると思ったら音沙汰なくなってさ。それでこれは騙されたんだって!」

「マカンコウ? なんだそれ」

「魔法具の一種で、染みこませた魔力の持ち主に返ってくる特性を利用した、手紙を相手のもとへ届けるものの総称です。商会が会わせる予定の二人に専用の魔簡交を用意し、しばらくの間相性を確かめるために二人でやり取りさせるのです。それで上手くいきそうなら実際に会ってみるといった展開に進んでいくようですね」

「なるほどな。それにしても貫通力が高そうな名前だな」


 魔力が関わる道具ってなんでも「魔」ってつくのな。わかりやすいが。


「それで会うところまで来てみりゃ男は現れなかったってことか。ま、要は典型的なサクラを使った出会い系詐欺だな」

「もともと獣人は他種族と一緒になることが少ない種族ですので、免疫がなくて悪徳商法にもひっかかりやすいのでしょう」

「そもそもなんで獣人は人気がないんだ? エルフみたいにしきたりが厳しいのか?」


 ハリシュは「いえ」と首を振る。


「なんでも、獣人は欲求が激しい上に身体機能が非常に高いので、人間やエルフなどでは耐えきれないそうですよ。獣人と一晩過ごして重傷を負った人もいたそうです。そのせいで獣人は顔が整っていても結構避けられているという噂が」

「そっち方面の理由かよ」


 まあ確かにいくら可愛くても触れたら怪我するんじゃ気軽に付き合えないわな。


「ただ一部には獣人の女性に非常に強い性的関心を持つ男性もいまして、どうにか一方的に欲求を叶えられないかと近付く輩は後を絶ちません。ただ力尽くでは敵わないので、こそこそと行うことが多いようです。しばらく前には、獣人女性の着替えを魔法具で覗こうとして見つかって、騎士団に突き出された輩もいたようですよ」

「その話どっかで聞いたな」


 ケモフェチってのはどの世界にもいるんだな。


「あの人はそんなことしないもの! じゃなきゃ三ヶ月も手紙だけのやり取りで満足できないでしょ? アタシたちは純愛を持ってたの!」

「あんたが獣人だってことは伝えてたのか?」

「当然でしょ! それでも連絡を取り続けてくれた優しい人なの! きっと種族の違いとか気にしない懐の大きい人なんだよ! アタシにぴったりじゃない!」

「でも結局会えなかったんだろ?」

「う……、まあそうだけど……」


 痛いところを突かれて獣人少女は沈黙する。

 異世界獣人少女といえば奴隷が定番だが、俺が来た異世界では獣人は恋愛沙汰に四苦八苦しているらしい。平和なもんだ。

 恋に憂い顔で唇を尖らせていられる獣人少女がいるこの世界が、俺の来た異世界なのだ。


「あぁ、恋という名の冒険にひた走らずにはいられないアタシは悲しき恋愛奴隷……」

「うるせえ」


 まるで俺の思考を読んだかのようなことを言ってくる。全く同情心は湧かないが。

 えらく深刻な顔をしてたからなんだと思ったら、要は出会い系サイトに騙されたみたいなもんだってことだ。


「そういうわけだからさ。お金だけ払って結局会えないなんて詐欺じゃん? せめて払い戻してもらおうと思ったのにひどいよねあの態度」

「うーん、まあ」

「毎日工事関係の力仕事で泥臭く貯めたお賃金二ヶ月分を渡したんだよ!?」

「それはもう今後の教訓として勉強代だと思って諦めた方がいいんじゃねえか?」

「やーあだ! お金を取り戻せないならあの人に会うまで諦めない!」

「そうか。まあ、事情はわかったし、行こうか。ハリシュ」

「そうですね」


 さすがハリシュ。俺がさっさと離れようとした意志を察して短く同意して同時に立ち上がる。


「待って!」


 だが獣人少女も立ち去ろうとした雰囲気をすぐに察知し、テーブルを乗り越えん勢いで俺たちの裾を掴んできた。


「アタシのこと心配してくれたんでしょ! 最後まで面倒見てよ!」

「いやもう十分だろ。メシだって奢ってやったんだし……っつか、俺のコート掴むな!」


 両手で俺とハリシュをそれぞれ引っ張る少女はまた眦に涙を浮かべて懇願するが、俺はこれ以上関わり合いになるのを避けようと引っ張り返すものの。

 な、なんだこいつ? びくともしねえ! 


「あの人を見つけるの手伝って! もし詐欺であることを証明すればお金も戻ってくるかもしれないでしょ? ちゃんとお礼するから!」


 少女が握りしめるコートの裾はいくら引っ張っても抜ける気配がない。華奢な腕なのに万力の握力だ。これが獣人の身体能力か。


「高貴な私の服を掴むとは無礼不遜。皺ができたではありませんか。さっさと離さないと男を漁る前に後悔することになりますよ……?」


 ジト目で冷酷に少女を見下ろすハリシュの手に魔法の光が宿り出す。


「まてまてまてまてまて! ここで暴れるな!」


 なんとかハリシュを押し止めるが、少女もなかなか離そうとしない。ぐぐぐ、とさらに引っ張ると少女の爪が食い込み繊維が千切れる音がわずかに聞こえた。俺の大事な一張羅!


「おーしわかった! 手伝う! 手伝うから!」

「ホント?」

「ただし今日だけだぞ。何も結果が得られなくても文句言うなよ」

「えー……、まあ一人で探すよりもいいもんね」


 不満げだったが少女もようやく手を離してくれた。俺のコートにしっかり刻みついた握り皺。異世界にアイロンってあんのかな……。


「手伝ってくれるならちゃんと自己紹介しないといけないよね!」 


 そう言うと少女はテーブルの上に登って可愛くポーズを決める。


「アタシはファリエスタ・ペルトート! 愛称はファリ! 里から王都に来て大恋愛を夢見る銀狼一族族長の娘! よろしくね!」


 アキバ系アイドル的な若さが爆発しているが、なんか演技臭くていまいち俺の食指は動かなかった。


「なんだそのポーズ。自分で考えたのか?」


 冷静に言われて恥ずかしくなったのか、ファリとやらは赤くなってわたわたする。


「そっ、そうだよ! 主に人間の男に受けるって聞いたから……アタシがしたいんじゃなくて、こうしなよって言われたからやってるだけなんだからね!?」

「忠告しておくが、男の言うこと真に受けない方がいいぞ。大抵自分の性癖に合わせてるだけだから」

「そ、そうなの? わかった! アタシは男の人の言うことなんて信じない! 男は嘘つき!」

「もう俺の言ってること鵜呑みにしてんじゃねえか。そういうとこだぞ」

「え? え? じゃあどうすればいいの!?」


 からかうと頭を抱えるファリ。

 よく言えば素直なんだろうが、ちっとキレが悪そうだな。こりゃ騙されやすいわけだ。


「ですがどうするおつもりです? 私はカリエセーナ様と無関係のことに労力を割きたくないのですが」


 当然だがハリシュは乗り気ではない。


「まあそう言うなよ。こうなりゃ成り行きだ。今日は俺の頼み事も聞いてくれるんだろ? それにセーナさんとも全くの無関係ってわけじゃない」

「どういった因果関係が?」

「俺が思ってることが上手くいけばセーナさんに頼まれた仕事の成功率が上がる。悪くない結果だろ? ちぃと付き合えよ」


 わずかに眉を歪めるハリシュだったが、俺に狙いがあると察して頷いた。


「よろしいでしょう。次元の稀人の実力をこの目で確かめさせて頂くことにしましょうか」

「上等」


 考えてみれば良い機会だ。ぶっつけ本番は不安も残る上に、この状況なら試せることがある。

 ここはひとつ、魔眼ダインスレイフの実践といくとするか。











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