第16話 エルフと獣人の間で揺れる。これが最高のジレンマというやつだ



「おいおい、なんか謀ったように騒いでるんだが」


 ここまでタイミングがいいとメタいことまで考えてしまう。

 これも異世界展開的なやつか。イベント発生だ。


「あの男はプレトリア総合商会の主人ですね。何か揉めているようですが」


 どうやらハリシュも顔を知っているらしい。その主人とやらは獣人少女相手に眉を跳ね上げ怒りも露わに恫喝していた。


「てめえも納得済みで金を払ったんだろうが! あんまり虫のいいこと言ってるとうちの若い連中に引き渡すぞ!」

「こうなるなんて聞いてないもん! 怖い人をちらつかせたらアタシが引き下がるとでも思ったの!?」


 二人とも凄い剣幕だ。特に少女の方はその必死さが伝わってくる。


「止めますか?」


 ハリシュが聞いてくる。彼自身はあまり関心がないようだ。表情には俺がノーと言えば素直に従いそうな印象があった。


「うーん、正直今はあんま関わりたくねえなあ」


 俺は俺で結構ドライだった。

 若いときはRPGで全てのサブクエストを網羅するくらいの意気込みは持ててたもんだが、年齢を重ねると段々とそういうのも億劫になってくる。あれやこれやと手を出して自分の頭の中に処理項目を増やしていくとただただ疲れるのだ。

 俺の今のメインストーリーはあくまでセーナの問題解決だ。あまりよそに首を突っ込んで面倒事を抱えるのは遠慮したい。


「お願い! あのお金がないと生活ができないの! 半分だけでもいいから返して!」

「知るか! 何度も言ってるがこっちはちゃんと契約通り履行したんだ。あとはてめえ自身の問題だろうが!」

「うそつき! さぎし! か弱くて疎い女の子をいつもそうやって騙してるんでしょ!」

「店の前で出鱈目ばっか言ってんじゃねえ! 迷惑だ! 営業妨害で訴えるぞ!」


 店主は少女の腕を振り払うと、肩越しに振り返った。


「二度とうちに関わってくるな! てめえに売るもんなんか塩の一粒すらねえ!」


 そう言い捨てて、主人は商会本部の中に入ってしまう。

 取り残された少女は絶望的な表情を一瞬見せた後、その場で膝から頽れた。


「うああああああああああー!」


 獣人少女は衆目の前であることも構わず大声で泣きじゃくる。

 滅茶苦茶横通りづらい……。

 商会の入り口はすぐそこなのに、少女がその前で四つん這いになって泣いているせいで真横を通らないと入れないのだ。


「これ、無視して中入ったら俺が人でなしだと思われるやつか? どう思う? ハリシュ」

「不憫ですが、あの少女に肩入れすると商会から話を聞きづらくなるのでは?」

「そうだな。できるだけ壁際を通って素通りしよう」


 そろりそろりと歩いて近付く。


「ひぐっ、ぐすっ、ひどい……。アタシ何も悪いことしてないのに……。うぇぇぇぇん。ひっぐ。きゅぴぃ」


 聞こえよがしに泣き声をあげる少女。だが俺には何もできん。頑張れ。心の中で応援してるぞ。


「うあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」


 こいつ……俺が横を通り過ぎようとしたことを察して声量あげてきやがった……。


「アタシのぉ、二ヶ月分のお賃金がああぁ、これからぁ、どうすればいいのおおおぉ」


 思わず足を止めた俺の横で、まるで子猫を取り上げられた親猫のような悲壮感まで出してきやがる。


「ああくっそ。仕方ねえ……」


 俺は頭をぼりぼり掻いて大きく溜息をついた。

 サブクエストでも胸糞悪いのは一番嫌いなんだ。勇者が帰ってくるまで一週間あることだし、これくらいはクリアしといてやるか。







 俺とハリシュで獣人少女に声をかけてひとまず近くの大衆食堂へ連れ出した。

 テーブルについても少女はまだスンスン泣いている。たまに「きゅぴぃ」と小動物のような泣き声も混じっている。鼻が鳴っているらしい。


「で? 一体なんだってあんな騒いでたんだ?」


 少女は一度鼻をスンと啜ってから口を尖らせて言った。


「会う予定だった男の人が待ち合わせ場所に来なかったの」

「はあ?」

「人間の男の人と一日デートする予定だったのに、すっぽかされたの。高いお金払ったのに」

「…………」


 俺が無言のままなんとか理解しようと努めていると、ハリシュが思いついたように言った。


「そういえば近頃、王都にある商会がこぞってとある商売に参入がしているという話が」

「聞こうじゃないか。ハリシュくん」

「魔王が倒され王都に人間以外の種族が多く住むようになり数年が経ったことはご存じでしょう。当初は文化や習性が異なる種族同士で軋轢も生まれていましたが、ようやくそれにも慣れ、我々は共有すべきところは共有し、棲み分けするべきところは棲み分けして上手く共生できるようになってきました」

「ふむ、いいことだな」

「そして互いに上手く付き合いが出来てきていると、中には他種族に恋愛感情を抱く人も増えてきました。特に最近の若い者たちにその傾向は多くなっているとか」

「ほほう。社会の醸成が進んできたんだな」


「他種族同士で出会いを求める若者が増えたことを受け、多くの商会がそこに商機を見出しました。他種族と恋愛してみたいけれどなかなか出会う機会の得られない若者をターゲットに、商会が出会いの場を仲介し好みの相手を見つけてあげようというマッチング商売が流行り始めたのです」

「出会い系かよ……」

「しかし、お金だけ取って実際には会わせない、サクラを利用する等の詐欺も横行しているそうですが」

「そりゃそうだ。恋愛ビジネスなんざ俺の世界でも騙されるやつが後を絶たないくらいだからな。感情商売はいくらでもカモれる余地がある」


 人間の本能を刺激する商売は、価値の錯誤を生じやすい。期待が大きい分盲目になる。いい出会いがあるなら……と、

 そのときすでに、消費者はその期待値の方を商品と誤認してしまっている。

 だが業者側も消費者の期待値の高さを刺激して商売にしているわけだから、消費者ばかりを責められないとは思うけどな。

 もちろん真っ当なとこもあるだろうが、俺の仕事でもそういう企業を介して出会った男女のどちらかが失踪し、探して欲しいと依頼が来たこともある。見つかった相手は結局、偽名を使ったサクラか、既婚者が遊びで登録して本気にされたから逃げたってことが大半だ。

 それが異世界でもビジネスになっていて、出会いの対象は他種族になるわけか。


「出会いねえ。あんたは自分と同じ獣人より人間やエルフの方がいいわけだ?」

「だって人間すごいじゃん! 勇者みたいな強い人がいたりしてさ! アタシは、種族なんか関係なく人を好きになったらその人と一緒になれればいいなって思ってるだけなの!」


 そう力強く断言する少女。

 好きならどんな相手でも一緒になりたい、か。

 文化や慣習が異なる人と付き合うってのは結構難しいもんだ。

 若さ故の無謀さもありそうだが、そこに飛び込んでいけるってのは結構冒険者気質な部分があるんだろうな。そこは見習いたい部分ではある。


「あとエルフは美形が多いし!」


 最後に素直な欲望を出してきたなコイツ。人のこと言えねえけど。だって俺もエルフとケモミミ好きだもの。

 それにしてもこの獣人少女。

 いわゆるケモミミ少女で肩まで伸ばした銀毛の髪に同じ色のふさふさ尻尾。頭に生える大きな耳は先がちょっと垂れているが狼系のものだ。

 活発そうな丸い目といつもちょっと尖らせ気味の小さいピンク色の唇が魅力的だ。


「結構可愛い顔してるしスタイルも悪くないんだから、そんなもんに頼らなくてもあんたならすぐに好みの人間も捕まえられるだろうに」


 こんな狼耳っ娘に言い寄られたら俺ならすぐに落ちるぞ。


「え、えー? そっ、そうかな!? アタシなら人間すぐ捕まえられる!?」


 ケモミミ娘に身を乗り出して目を輝かせて言われると、どっちかというと狩りにいくみたいに聞こえるな。爪結構長いし。


「それが、そうでもないのですよ」


 と、不意にハリシュが横入りしてきた。








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