第15話 同音異義語でからかうのは仲のいいやつ以外にはやっちゃだめだぞ
俺は案内された街の一角、勇者の館の門の前で格子を握り見上げた。
「ここが勇者の家か。でけえな」
それは館というよりもはや宮殿だった。広大な敷地の奥に見える豪華な建造物。
さすが魔王退治の勇者だけあって、ばかでかい。
こんな家に住んでて勇者に金がないって感覚がわからないが、これだけ家も巨大で魔法具も集めているとなると、維持費も膨大になるのだろう。俺のような庶民の感覚ではないのだ。
忘れていたが、ここは元はセーナの所有物なんだっけか。ということは昔はエルフが住んでいたのかもしれない。
「多分、お前みたいのがいっぱい住んでたんだろうな? なんでここにいるのかわからないハリシュくん」
俺の後ろに随行するのはセーナではなく、彼女の従者であるハリシュセロンだった。
「カリエセーナ様は急な一族の会合があり来られないことはさっきお伝えしたでしょう。代わりに私がドキドキ様の道案内を仰せつかったのですからご不満はほどほどに。残念でしたね。華麗なカリエセーナ様ではなく、イケメンの私が一緒で」
言いながら、ハリシュはその青い髪をかきあげる。
「はん。何がイケメンだ。エルフの男なんざほとんど見分けつかねーだろが」
セーナ然り、エルフは確かに顔が整っている。しかしそれを素直に認めるのは癪だ。特にこいつにはな。
「それはあなたの見る目がないからでしょう。一族にも蒼浪のハリシュと称えられるこの私を相手にその言い草はご自分のセンスを卑下しているようにしか聞こえませんよ」
「そうろう?」
「何を含み笑いしているのです?」
「いや別に。さあもっとよく調べてみようか。そうろうのハリシュくん」
「何か含意があるでしょう。言いなさい」
「はっは。早いのはそれほど悪いことじゃないぞ。ハリシュくん」
「おい貴様どういうことだ説明しろどう考えても私を馬鹿にしているだろうおい私の話を最後まで聞けそもそもなんだその頭に巻き付いた変な物は悪趣味め取れいますぐ取れ私が引っこ抜いてやろうか」
後ろをついてくる足音でハリシュが相当怒っているのがわかる。
エルフの概念にないのかあるいは人間語として伝わっていないのかはわからないが、ハリシュが身内からそうろうそうろうと言われて喜んでいるのを想像するとちょっと面白かったからこれくらいで許してやるとしよう。
「ハリシュ」
「……なんです?」
「勇者の館に入りたいんだが、お前は鍵とか持ってないのか?」
はぁ、とハリシュは呆れたように溜息を零す。
「主人が留守なのに勝手に入れるわけがないでしょう。勇者殿は住み込みの使用人も雇われておりませんので、用事があるなら勇者殿が帰ってくるまで無理ですよ」
「ま、そうだよな。しかし困ったな。結構大事な用事があるんだが」
「中に入れるとすれば……」
「すれば?」
「……いえ。なんでもありません。私の思い違いです」
ハリシュはそれだけ言うと黙り込む。なんだよ。思わせぶりなこと言いやがって。
しかしどうするか。
いくら隠しカメラがあっても、中に入れないんじゃ仕掛けることもできない。
あの後試してみたが、俺の『この世界の魔法具を自分の知っている道具に変換する能力』は、どんな魔法具でも変化を起こせるわけではないようだ。
霊剣ダインスレイフ以外の魔法具には何ら変化は起きなかった。おそらく魔法具側での何か条件がある。
だから今のところ持てる切り札はカメラだけだ。できるならこっそり忍び込みたいところだが。
「何を考えているのか丸わかりですよ。あの館に忍び込むのは無謀です」
「なんでだ? 誰もいないんだろ?」
「勇者殿が魔法具蒐集を趣味にしていることはご存じで?」
「ああ。セーナさんが言っていたな」
「勇者殿の蒐集品ともなればその種類は千差万別、価値は石ころ程度のものから山一つでも足りない物まで多種多様です。無論、それだけの資産を無防備に館に置いておくなんてことは勇者殿も致しません。あの館には魔法具を守るための魔法具のプロテクトがかかっています。侵入者は即座に焼き殺されてもおかしくありません」
どうやらハリシュは嫌味でなく本当に忠告してくれているようだ。
魔法具を守るための魔法具。セキュリティは万全ということか。
警報程度ならいいが、ファンタジー世界のトラップなんて容赦ないのが定番だしな。試すことも危険か。
「ここでも魔法か。防衛機能まで備えてるとなりゃ、不用意には入れないな……」
「そもそも勝手に入ろうとするのが間違っているのですよ。魔法具を甘く見ないことです。次元の稀人にはその偉大さもわからないのでしょうが」
何かと皮肉を挟み込んでくるな、ハリシュの野郎。
「そういや俺の部屋に危ねえ魔法剣が放置されていたんだが、ありゃお前が置いてったもんじゃねえよな?」
「はて。何のことでしょう。我々はカリエセーナ様のご命令で急ぎドキドキ様が必要となさりそうな物を運び込んだまで。まあ急いでいましたので、中には変な物も混ざっていた可能性は否めませんが」
下手すりゃセーナの方が傷ついていたかもしれんのに呑気な奴だ。俺がセーナを斬れないことを見越してのことなら、なかなか豪胆な気概を持っているとも言えるが。
「勘違いすんなよ。俺はあの剣を置いてったやつに礼を言いたいだけさ。あれがあったからこの仕事が続けられる。遠慮無く使わせてもらうぜ」
「因果関係が不明ですね。次元の稀人のお方の思考は私には理解が及びません。礼を言うなら貴方を支援しているカリエセーナ様におっしゃった方がよろしいかと」
どこまでも惚けるつもりらしい。だがその心意気は買ってやろう。
「そうさせてもらうよ。そのためにはセーナさんに頼まれた仕事を完遂しないとな」
「カリエセーナ様がなぜ貴方にそれほど信頼を置いているのかは不明ですが……。事情はわかりませんが私も仕事に私情を挟むことは嫌悪しておりますので、命令とあらばドキドキ様に従いましょう」
不本意ではありそうだが、ハリシュは俺についてきて手伝ってくれるらしい。
心強いかどうかはともかく、異世界で一人歩き回るよりかは大分気が楽になりそうだ。せいぜいこき使ってやるとしよう。
「よし、屋敷に入れないなら先に勇者の交遊関係から探っていくか。ハリシュ、勇者の友人で誰か思いつくか?」
「それはもちろん勇者殿ですから。友人関係は王室から世界の裏の辺境、魔界の住人まで多岐に渡りますよ。特に誰が、というのはさすがに私には」
「じゃあ、この王都内で勇者に詳しいやつっているか? できれば俺でも会えそうな立場で、平民に近い身分の方がいい」
素性のわからない俺が、いきなり王族や貴族に会って話をするのはハードルが高い。
それに、いくら勇者のことに詳しくても、身分の高いやつらはお互いの秘密を守るため庇い合い口が堅いのがザラだ。例え勇者の浮気のことを知っていたとしても、俺が探っていることを察知されて勇者自身に密告されかねない。
「難しい注文ですね……。勇者殿は王都に滞在している間、普段あまり外出はされないお方です。余暇の過ごし方は謎が多く、人と会うのは王都での貴族たちとの遊行付き合い程度。カリエセーナ様ですら全部は把握していらっしゃらないでしょう」
話を聞いているとところどころ勇者に陰キャ感が滲み出てくるのだが気のせいだろうか。
「それなら、セーナさんの周囲以外の人間で、勇者と直接話したことのあるやつならこの際誰でもいい。そこから繫がりを辿っていくから」
「……ならば、魔法具の仲介業者、というのはどうでしょうか? 魔法具はそこらの店で適当に売られているものの方が少ないものです。特に稀少な魔法具は売るために造られたものはほとんどありませんから、所有者と仲介業者、そして購入希望者がそれぞれ長い時間をかけて交渉することがほとんどです。ですから、営業のために勇者殿と一対一のやり取りをしている商人もいるはずです」
なるほど。親密な友人ではなくビジネスの方か。なんか骨董品とか不動産の売買みたいだな。
「いや、とっかかりとしては悪くない。行くだけ行ってみるか。とりあえずこの近くで魔法具を取り扱っている商会に案内してもらえないか?」
「かしこまりました。であれば、プレトリア総合商会が近いでしょう。手広く細々と活動している小さい商会ですが、確か魔法具も扱っていたはずです。勇者殿も関わりはあるかと」
「決まりだな」
ハリシュの案内でプレトリア総合商会の本部がある通りまで歩く。時間にして五分程度だったが、その間に俺はハリシュの歩く速度と脚の長さを見せつけられてムキになって追い返したりしていた。
無言のデッドヒートの最中、ちょうど店先に差し掛かったときだった。
「ええい! いい加減帰れ! そんなこと俺が知ったことか!」
「ひどい! そっちが騙したくせに!」
「言いがかりはやめろ! 上手くいかなかったのは自分の責任だろうが!」
「返してよ! アタシの大切なお金、返してよ!」
泣き叫び、太った商人を掴んで縋る銀毛の獣人少女がそこにいた。
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