第11話 鎖骨から上乳にかけて描かれる曲線に美を感じろ


「禁術指定?」


「はい。かつてその魔法が対立する種族や同じ王室の王位継承者同士の争いに用いられ、紛争や内戦を巻き起こしたことがあったのです。使いようによっては相手の懐が全て詳らかになってしまう魔法。誰もがそれを欲し、同時に怯え、その結果ありもしない腹背を想像し裏切りに次ぐ裏切りが人に血を流させました。当時は魔王討伐すらままならない状況下で、身内同士で争うことに疲憊した首長たちは、その魔法をお互いに使わないという誓約を交わし、一般には出回らないように統制されたのです」


「そんな歴史があったんだな。じゃあさすがに魔王を倒した勇者一行の一人とは言え、それを簡単に破ることはできないよなあ」


 この異世界のことを知れば知るほどに、何かと俺にとっては不都合な事実がぽんぽん出てくる。うーん、と俺はぼりぼりと後ろ頭を掻いて、背もたれに体重を預けた。


「もちろんそれもございますが、制度上、というよりも、それらの魔法の仕組み上、そもそもわたくしには使うことができないのです」

「というと?」 

「魔法とは、魔法構築式を再現することによって発動します。それらの禁術指定の魔法は、発動に至るまでの一部の構築式コードが秘匿されているため、魔法を使おうと思っても魔法の根幹を成す構築式が足りず、発動することはできないのです」


 セーナの話をまとめるとこういうことだった。


 例えば、火球を飛ばす魔法があるとしよう。

 魔法構築式というのはつまり魔法のプログラムみたいなもので、火球を飛ばす魔法式には、その根源となるための、まず『火を起こす』という基礎的な現象を呼び起こす構築式が核となって存在している。

 その火を『膨らませる』であったり『遠くへ飛ばす』という現象は、その核となる構築式の外側を飾る拡張式でしかなく、核を欠いた拡張式のみの魔法はなんら現象を起こさない。つまり、魔法の失敗だ。


 核となる構築式、この異世界の住人はそれを枢要式コアコードと呼んでいるそれが隠されている限り、いくら魔法構築式をこねくり回そうが拡張式を完璧に記述しようが、誰であろうと火球を飛ばすことはできないということだ。

 A’という現象を起こすためには枢要式Aが必要で、A’’という現象を起こすためにも同じ枢要式Aが必要となる。


 利口な人ならもうわかるだろう。

 『自分の視覚・聴覚を遠くに飛ばす』『人や物の座標を知る』といった現象を起こす枢要式が禁術指定されている。

 俺が欲するような魔法、ボイスレコーダーのような現象や、GPSのような現象を起こす魔法は、禁術指定枢要式のばりばり派生系の魔法であるため、いくら実力のある魔術師といえどそれらの魔法を使うことはできないわけだ。

 俺はセーナの話に頷きながら、人差し指を立てて割り入る。


「魔法の概念はよくわかった。一つ気になったんだが、『使おうと思っても』ということは、禁術の使用自体が禁止されているわけではないってことか?」


「そこが条約のむず痒い部分でもありますわ。本当は使用自体を禁止してしまうのがいいのでしょうが、魔術師にもプライドがあります。魔法使用そのものを禁止するのは魔術師に対する侮辱だと論争が起き、結果、枢要式が管理されるという方法にいたったのです」


「つまり『禁止はしないけど枢要式は公開しないから使えるもんなら使ってみな。使えるもんならな』ってことか。その穴を抜ければ使い放題ってことになるが、それで済んでるならよほど管理に自信があるんだろうな」


「お察しの通り、秘匿枢要式にはプロテクトがかかっています。どこかで独自に同じ枢要式が発明されたとしても、秘匿枢要式を守っている守護者にはそれがわかるようになっているのですわ。これは魔法構築式の共鳴反応というものを利用しております」


「なるほど。二重三重の防衛策が施されているわけか」


 機械にはできない魔法ならではの統制方法だ。

 いや、考えてみるとむしろただ禁止するよりもうまい方法とも言えるかもしれない。世の中いくら禁止しようが使うやつは使うからな。

 魔法という特性を活かして発動の根源そのものを封じてしまえば使うことはできないし、魔術師の面目も守られる。

 魔法という便利な力がありながら文明が典型的な中世レベルなのは、俺の世界では機械で再現されていた利便性が、この異世界では厳しく制限されているからだろう。根本的な使用の制限が発展もまた阻害しているのだ。


「秘匿枢要式の保管方法は種族によって異なるそうですわ。わたくしはエルフの王族の末席に連なる者として、エルフが秘匿する禁術魔法の枢要式の管理方法は存じておりますが、残念ながらエルフはコースケ様がお求めのような魔法の秘匿枢要式は保有しておらず……」


 そこで俺はふと思い至った。


「そういえば、セーナさんが俺を召喚した魔法も禁術だと言っていたな。あれもその一種なのだろうか?」


 聞くと、セーナはまた数秒の間押し黙った。


「そうですわね……。禁術によって召喚されたコースケ様には、そのこともお話ししておくべきなのかもしれません」


 セーナはそう言ったまま目を瞑った。何か集中しているようだ。

 黙って成り行きを見守っていると、次第にセーナの首の付け根、鎖骨の周りが薄らと輝き出した。


「お、おおッ……」


 俺も思わず感嘆の声を漏らした。


 彼女の首を大きく一周する輝きは、次第に文字のような形を象り出す。まるで魔方陣がセーナの首から胸にかけて浮かんできたような印象だ。

 肌に描かれた陣は、拡げれば綺麗な円になるのだろう。本人は無頓着でそれは俺としては大変結構なのだが、広がった首回りの白い紋様がセーナの露わな上乳にもかかっていて輪の形が歪んでいる。これはなかなか……。


 俺は真顔でガン見した。


「もッ、もしやその紋様が?」


「はい。エルフの枢要式秘匿方法は、王族の躰にその枢要式を封印すること。秘匿枢要式はエルフの王族が持つ特異な魔力と反応し、肉体と深く結びつくのです。そのため王族は自らを強く律することを求められるのですが、わたくしはまだ未熟で……。わたくしがコースケ様を召喚する禁術を発動できたのは、そういった経緯があるのですわ」


「そうか。その枢要式が……」

「えぇ……。召喚禁術も、かつては異世界の軍隊を呼び寄せる大規模戦略魔法に用いられ、数多の悲劇を生み出しました。異世界の住人は、この世界にはない異質な魔力を操ることもあるそうですわ」

「はは、俺にはそんなものはなさそうだがな」


 自虐的に笑ってみせるが、逆によかったとも思う。

 俺なんかではこの世界に変革をもたらすようなことはできないだろうし、それならセーナが意図せず発動してしまった禁術の責任もそう重くは問われないだろう。発動しちまったもんはしかたがない。

 と、自分の頼りなさを前向きに捉えている俺だが、拡張式のないセーナさんの秘匿枢要式だけでは俺みたいなのしか呼び出せなかったのかもしれないな。


 だがそのおかげで俺は助かったわけだし、あの美しい鎖骨の枢要式は俺の命の恩人だ。

 セーナが集中を解くと同時に徐々に消えていく紋様を、俺は別れを惜しむように最後まで見送った。





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