第10話 二つ名を考えているときほど充実してる時間はないと思うんだ


 迷いは拭い去った。


 俺はこの仕事のためだけに前を向く。異世界生活の不安であれこれ考えるのは全て後回しだ。セーナの依頼を全うするまで、俺はなりふり構わない。

 惚れたわけじゃないぞ。言っておくがな。おっさんはそう簡単に恋には落ちないのだ。強がりだが。


 セーナが淹れてくれたお茶を居間のテーブルでいただきながら俺たちは談笑し、束の間の歓談を楽しむ。すげえな俺。エルフの姫と二人っきりでお茶してるよ。

 さて。そんな俺の個人的な感動はともかく、ようやくひと目を気にせず話せる場所に落ち着けたわけだが。


「そろそろ話を仕事の話に戻そうか。ハリシュたちを帰らせたってことは、勇者の浮気に関しては彼らにもまだ打ち明けていないってことだろう?」

「はい。身内に明かせば大事になるのは避けられませんので……」

「身内や俺以外に、他に相談できる人はいなかったのか? 例えば、魔王退治のとき一緒だった仲間とか。他に二人いるんだろう?」


「そんなことももうご存じですのね。はい、確かにわたくしには勇者様の他に魔王を退治するまでの間、苦楽を共にしてきた仲間がおりますわ。一人は《双刃戦神ダブル・エツジ》のマクミラン・コウ様。もうお一人が《鼓王の武曲バトル・ドラマー》アリオーシュ・カンターレ様。そして勇者である《聖なる雷鳴ホワイト・ライトニング》のエルドラン・コグニクセン様ですわ」


「へえ、みんなそんな二つ名というか異名がついてるんだな」

「魔王退治の旅を続けている間に、立ち寄った街などでいつの間にかそう呼ばれるようになっていったのです」


 なんかこれこそファンタジーって感じでかっこいいな。俺は好きだぞそういうの。


「ちなみにセーナさんにはどんな名前がついているんだ?」

「自分で言うのはちょっと恥ずかしいのですが……」


 セーナは照れくさそうに身じろぎして顔を逸らし口を尖らせる。無性にからかいたくなってくる可愛さがあった。


「いいじゃないか。ぜひ教えてくれ。変なものでも笑わないから」


「もう、コースケ様いじわるです。わたくしの異名は《神癒希う翠涙グリーン・ティアドロツプ》ですわ。わたくしには恐れ多く、名前負けしていると自分でもわかっているのですが」


「いや、似合っていると思うぞ。ぴったりだ。セーナさんの優しい性格がそれだけで伝わってくる」


 いかにもパーティを支える治療師役って感じじゃないか? 戦いで仲間が傷つくことに嘆き癒やしを求める祈りが回復魔法となる、みたいな。

 俺もいつか欲しいな。二つ名。

 手放しで褒められるのも抵抗があるのか、セーナは顔をほんのり赤らめぱたぱたと手を振って誤魔化すと話を戻した。


「ともかくっ。頼もしいお二人ではありますが、魔王が退治された今となっては、マクミラン様はすでにご所帯をお持ちで遠く離れた小さな村にお住まいですし、アリオーシュ様に至っては旅に出たまま所在がわかっておりませんの」

「頼りたくても物理的に無理なわけだな」


 しかしそれだけの絆で結ばれた仲間の間で起きた婚約と浮気という世俗的とも言える問題。近くにいたとしても安易には頼れないかもしれないな。

 セーナは一般人とは言い難い。その後の体面や体裁などもあるだろうし。下手を打てば人間とエルフの種族間対立に発展しないとも限らない。

 セーナはどうする気なのだろう。


「もし勇者が本当に浮気していたとして、セーナさんはその後どうしたい?」


 セーナは即答できないようだった。たっぷり悩んでから、軽く頭を振る。


「わかりませんわ……わたくしは勇者様を愛し、そして信じています。けれどわたくしは、誰かを好きになることも、将来を誓い合うことも初めての経験でした。だからこんなとき、どうすればいいのか、わたくしに何ができるのかが全くわからないのです……」


 復讐がしたいわけじゃない。別れる口実にしたいわけでもない。ひたすらに、どうすればいいのかわからないのだ。かといって、セーナは疑いを持ったまま愛する自信もないのだろう。

 疑いのままでは答えも出しようがない。

 セーナがそれを「懊悩」と呼んでいたことを思い出す。一人胸の奥にひっそりとその苦しみを秘め、いつまでも出ない答えに解き放つこともできなかったろう。


 なら俺ができることは、彼女が決断できるように材料を揃えてやることだけだ。

 勇者がもしシロならそれはそれで、セーナが安心し二人が幸せになれるならそれが一番いいシナリオだ。


「俺はセーナさんの気持ちが少しでも楽になるように協力したい。だが、それにはそれなりの道具が必要だ。そのことで、俺はセーナさんにちょっとしたお願いをしたかったんだ」

「道具、ですか?」

「ああ。俺はある事情があってそれらの道具がないと自分の仕事に自信が持てない。その道具ごとこの世界に持ってこれたらよかったんだが、残念ながらなくなっていてな」


 使い慣れた道具どころか、現時点では異世界で代替品すら見つかっていないのだ。喫緊の問題としてまずはそこから解決しないと前に進めない。


「そこで、セーナさんに聞きたいのは、この世界にそれに似た魔法具がないか、ということと、もしなければセーナさんに魔法でサポートしてもらえないか、というお願いなんだ」

「もちろんご協力させていただきますが、どんな道具なのでしょう? コースケ様の世界にある道具というものを、わたくしは想像もできませんので……」


 魔術師クラリスに聞いた話を含めてセーナにも伝えると、彼女は考え込むように顎に手を当てる。


「なるほど、相手にバレずに相手の会話や姿を映写する魔法具、あるいは魔法、でございますね……」

「人間の魔術師に聞いたら彼らにはあまり馴染みがないようでな。エルフだったらどうかとセーナさんに聞きたかったんだが、やはり難しいのだろうか?」


 俺の相談に、セーナはしばらく黙考していた。やがて普段よりも真剣味の帯びた眼差しで切り出した。


「そういう魔法は、実はないわけではありません。その魔術師の方がご存じないのも無理はないことですが、誰にも気づかれないように姿を隠す魔法や、会話を盗み聞きするような魔法は、実は各種族の首長たちの締結した条約によって禁術指定されている魔法なのです」



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