第3話 王都とかいう定番のやつ


 王都クルドア。

 クルドルア国の首都であり、勇者が誕生した地。統治するのは人間の王室で、守護にあたるのは王室が抱く騎士団だ。勇者は民間の出生で、騎士団とは何度か衝突もしたらしい。


 人間が統べる世界の中心地。しかし街には多種多様な人類が通りを行き交っている。

 人間、エルフ、獣人、竜人、ドワーフ、有翼人。


 パッと見た限りでも、ごった返す石畳のストリートに、俺の知っているファンタジー感に沿うような種族の人たちが俺の細い目にぎゅうぎゅうに収まっていた。

 物語にも出てくるこういう他種族のファンタジー世界で俺はいつも疑問に思うのだが、どうして俺みたいなノーマルな人間って人間としか呼ばれないんだろうな。

 人間という語が二本足の知的生命体を指すのであれば、エルフだって人間のはずだし、まるで自分がその代表であるかのように人間というのは違和感があるのだが。


 近くに旨い食堂があるというセーナについていきながらそんなことを口に出してみたら、彼女は多少驚いたような顔を見せた。


「人間の方でそのような疑問を持つ方は珍しいですのよ」

「そうなのか」

「世界中から人と物が集まるのがここ王都クルドアですが、ここで育った人間の方々はわたくしたちエルフを含め多くの種族が王都の外から来て住民としての権利を得た歴史があるということを知っておりますから。人間の皆様からしたら、わたくしとて元を辿れば外部の者。なら、自分たちと違う言葉で呼ぶのも不自然ではありませんでしょう?」

「人間以外の種族はほとんどが移民だとういうことか」


 自分たちの領域にやってきた自分たち以外の種族を呼び分けるために、エルフなんかの呼称の仕方も人間が名付けた可能性が高いってわけだ。


「じゃあ、セーナさんは自分のことをエルフと言っていたが、本当はエルフの言葉で自分たちのことを別の言い方で呼んでいるんじゃないか?」


 言ってみると、セーナはいたずらっ子のようにはにかんで笑った。


「ふふ、ご明察です。でも今は人間が用いる呼称が一般化していますから、そう呼んだとして怒る人はいないと思いますわ」

「ふむ、それならまあいいか」

「それに人間はなによりも学問に秀でております。この世界に実存する生物を初めて体系的に記した『アルマティ生態学書』を著したのは人間ですし、どうしても人間が中心の考え方になってしまうのですわ」

「なるほどな」

「その書によると、多くの種族は大昔人間から派生したそうです。そのことから稀に人間のことをミッドブラッドと呼ぶこともありますが」

「『中間の血』か。俺の世界には俺みたいな人間(ヒユーマン)しかいなかったからわからないが、あまり呼びやすそうな名前ではないな」

「ええ。ですからほとんどの者が人間のことは人間としか呼称しません。世界が人間中心になるのはある意味で仕方のないこと。それに反発する者もいないわけではありませんが」

「よくわかった。ありがとう。しかしセーナさん、こんな堅苦しい話なのになんだか嬉しそうだな」


 指摘すると、セーナは「ふふふ」と声を小さく笑い声を漏らす。


「勇者様が昔、コースケ様と同じことをわたくしに話してくださったことがありましたわ」


 嬉しげに綻んでいるその頬が、セーナの勇者への好意の深さを物語っていた。勇者の不貞を疑ってはいるものの、心の奥底には愛情が占めているのだろう。

 探偵をやっていると、細かい表情や口に出す言葉の端々から、依頼人が調査対象者に抱いている感情の違いによく気づくようになる。これはもはや職業病と言ってもいいものだが、しかし実は、仕事にはあまり良い影響を与えない。

 依頼人の感情に気づくということは、俺自身が多かれ少なかれその感情に同調しているからに他ならない。だが探偵は自分の仕事に自分の感情を持ち込んではいけない。


 俺が例えばセーナに同情して「こんな綺麗な女性を裏切るなんて勇者許すまじ」と考えてしまえば、セーナに不利な情報を故意に見逃して事実をねじ曲げてしまう可能性があるからだ。

 探偵は『依頼人の望んだ事実』を提供するのが仕事ではない。依頼人にとって望む望まぬ関わらず『ひたすらの真実』を提供するのが仕事なのだ。

 セーナは俺にとって一人の依頼人であり、勇者は世界の救世主ではなく一人の調査対象者だ。セーナの感情もまたひとつの情報源として、俺はそれを深沈と飲み込まなければならない。

 




 大衆食堂らしき施設に招き入れられた俺は、空いていた角のテーブルにセーナと向かい合って座った。彼女が注文した料理を褐色肌猫耳少女が運んできて、香ばしいスパイスの匂いに腹がぎゅうっと鳴る。


「まず必要なのは勇者の事前情報だ。ここがあるのとないのとでは成功率がかなり変わる。というより、ここで手を抜けば何をしても成功しないと思ってくれていい」


 木製のスプーンで料理をがっつきながら、俺はセーナにそう切り出した。


「勇者様の後をつければいいのではありませんの? といっても、今は勇者様は残党狩りに単身遠征中でクルドアにはおりませんが……」

「王都にはいないのか。なら丁度良い」

「丁度よい、ですの?」


 疑わしげな目で首を傾げるセーナ。勇者の浮気を突き止めたいのに、いない方がいいというのはどういうことかと表情が物語っている。


「尾行調査をする上で大事なのは、勇者の王都での行動予測。そして浮気行動が誘発されるトリガーとなる精神的な推移だ」

「とりがー、ですか?」

「例えば大きな仕事を成し遂げた後、人は往々にして気持ちが浮つくものだ。特に浮気している男は昂ぶって大胆な行動に出やすい」


 元の世界でも浮気が誘発されるのは出張中や大きな契約が決まった後などが多い。まあ、男が大きな仕事を成し遂げた後に性欲が強くなるのは本能的な部分でもあるのだろうが。

 合点がいったのか、セーナは頷く。


「判る気がしますわ。勇者様が件の女と連れ立っているのは、決まって式典などの大きな行事の後のことが多かった気がいたします」

「そう。そういった行動の予測ができれば、勇者に見つかるリスクを極限まで減らし、かつこちらに必要な重要証拠をわずかなコストで得ることができるというわけだ」

「よくわかりましたわ。勇者様がいない方が都合がいいというのは、つまり、遠征から帰ってきた後に浮気が起きやすいから行動を読むことができ、不在のうちに勇者様に怪しまれることなく勇者様の王都での行動範囲を掴む猶予があるということですのね」


 俺は鷹揚に頷いてみせる。


「そういうことだ。完璧な理解だと言っていい。では、セーナさん。勇者が王都にいる間、普段暮らしている家がどこなのかはわかるか?」

「ええ。勇者様は王都のご自宅で普段は過ごされています。立派なお屋敷にお一人で住んでいらっしゃいますのよ」

「うん? 一緒に暮らしているわけじゃないのか」

「それもエルフのしきたりの一つなのです。結婚が正式に済むまでは同じ屋根の下で暮らすことも固く禁じられておりまして」


 種族文化の違いか。婚約してるのに一緒に暮らせもしないとなると、勇者の不満も相当貯まっているんじゃないだろうか。浮気をしているなら動機はそのあたりにありそうだ。婚約者が家に住んでいないというのも、浮気をする環境としてはこれ以上ない好条件だろう。


「ですがもちろんお休みの日にはどちらかの家で過ごしたりはしますのよ。勇者様の自宅はわたくしの所有している物件ですので、わたくしは自由にお訪ねすることはできますし。ただ、最近の勇者様を見るとどうしても足が重くなってしまって……」


 また気になる情報が出てきた。


「勇者の屋敷は本来セーナさんのものということか? 勇者は自分の家を持ってないのか?」

「はい。なにぶん、勇者様はお金がありませんので」

「え、金ないの? 勇者なのに?」

「勇者様は趣味で魔法具蒐集をなさっておりまして、収入のほとんどをそこに注ぎ込んでしまうのです。お屋敷もほとんどの部屋が魔法具倉庫になっております。わたくしも何度か苦言を呈しましたのですが、こればかりはやめられないと……」


 なんだろう。勇者がすげークズな雰囲気がしてきたんだが?


「なるほど。事情はわかってきた。にしても、その……魔法具? ってのは何なんだ? 名前から察するに魔法が込められた道具なんだろうが」

「はい。人が魔法を使えば精神的な疲労を伴います。生物である以上、そこには限界がありますから魔法具で消耗を減らしたりなどの補助をするのです。ものによってはそれだけで強力な武具となるものもございますわ」

「ほほう。なるほどなるほど」


 繰り返し大きく頷いていたら、セーナが気を回してくる。


「ご興味があるのであれば、後で魔法具をいくつかお見せいたしますわ」

「おっと、そんなに食いつくつもりはなかったんだ。だが、そうだな。調査とは直接関係はないが、見せてもらおうかな。俺の興味とかは別にして、この世界の特異なものは把握しておかないと調査で足を取られかねないからな。あくまで調査の一環としてだ」


 やっべ。魔法具とかちょー見たい。

 魔法の道具とか男の子のロマンだろ。俺はおっさんだが。


 と、浮かれている自分を内心で戒める。調査対象の勇者の魔法具趣味にちょっと同調している自分の姿を依頼人に見せるわけにはいかないからな。それにしてもコレクター癖ってのはどこの世界も変わらないんだな。


「家は後で案内してもらうとして、次の問題は勇者がいつ帰ってくるかだな」

「順調にいけば一週間後には勇者様は王都に戻ってくると思います。勇者様の遠征帰還後には城門前で凱旋行進が予定されておりますわ」

「よし。では尾行調査はそれからだな。それまで街で勇者の人となりについて聞き込み調査をしておこう。セーナさんは顔が知られているだろうから、俺との接触は限られた場所にしておいた方がいい。ともすればセーナさんの方が怪しい男と一緒にいたなんて噂を立てられて、それが勇者の耳に入って不利になりかねない」

「……確かに、そうですわね。ではコースケ様の指示通りにいたします」


 依頼人と探偵が公衆の場で密談を交わす危険性がわかったのだろう。セーナはすぐに納得して口元を引き締める。依頼人として、ありがたくなるほどに賢い態度だ。

 セーナは慣れているから気づいていないかもしれないが、さっきから食堂の客に何度も細い視線を向けられている。


 セーナは魔王退治のパーティのひとりで、エルフの姫で、さらに勇者の婚約者だ。顔が知られていない方がおかしい。

 そんな大物が誰と話しているのかと野次馬根性が刺激されているのだ。一度くらいなら問題もないだろうが、何度も同じ人物と顔を合わせているのを見たら怪しいと思うのは人の性だ。

 俺は頷いて、料理の続きに取りかかった。あえて話題を雑談に変えたのだ。


「にしてもうめえなこれ。口の中でほろほろ溶けていくぞ」

「王都で人気のカバジョという郷土料理ですわ。ここの経営者である獣人の方の故郷の料理で、この味が人間を含め多くの種族に受けて一大ブームになったんです」

「へえ、そうだったのか」

「お客にゃん。ここの名物を食べるのは初めてかにゃん?」


 呟いた俺の横から声をかけてきたのは、さっき料理を運んできた猫耳褐色ウェイトレスだ。


「ああ。このゴロゴロ入ってる肉が脂が乗ってて軟らかいのにベタつかずしつこくない。いくらでも飲み込めそうだ。それを彩る緑色の、これは野菜の一種か? これが肉の脂ととても相性がいい」


 端的に言えばサイコロ牛肉にアボカドのようなペーストが混ざり合い、そこに甘く赤いフルーツ系のソースがかかっている。肉は牛肉とはまた違った独特なうま味があるが、日本の味にも馴染みのある食感で非常に食べやすい。


「お目が高いにゃあ。おかわり自由だから欲しかったらあたしに声をかけてにゃん」

「ああ、じゃあさっそく頂こうか」

「はーい。おかわり頂きましたにゃあ~!」


 ウェイトレスは厨房に向かって大声で伝え、お尻を振りながらご機嫌でテーブルを離れていく。白いしっぽの先がふりふりと揺れ、それを目線で追う俺の頭もゆさゆさと揺れた。

 俺は褐色肌が大好きだ。そして俺の青春だったミレニアム年代を感じさせるあの語尾や仕草。


「コースケ様?」

「いいな。悪くない」

「何がですの?」

「いやなんでもない」


 セーナも色白美人の極地といった相貌で、実はちらちらと目を奪われている。依頼人である手前、不躾にじっと見つめるようなことはしないが、本当は結構我慢しているのだ。

 この異世界、数ある異世界ものの中ではかなりの当たりなのでは?

 俺は鼻の穴が膨れるのを組んだ両手で隠しながら神妙な目で先を続ける。


「しかしこうなってくるとなおさら落ち着いた場所に事務所が欲しいところではあるな。機密情報をこんな大勢のいる前で話したりひろげたりするワケにもいかないだろう。今みたいに知らないうちに誰かが近付いて聞き耳を立てている可能性もある」

「そうですわね。勇者様の個人的な情報が外部に漏れることはわたくしも望みません」

「だろう? もしどこかひとけの少ない場所があるなら提案してほしいのだが」


 セーナは拳を口元に当てて数秒考えこんだ。すると何かを思いついたらしく人差し指を立ててみせた。


「でしたら、コースケ様に部屋をひとつお貸しいたしますわ。スラム方面にあるため空き部屋が多い貸し住宅なので、周囲の通りにはそれほど人はおりません。もちろん、部屋の使用料などはいただきませんわ。元はと言えばわたくしが禁術でコースケ様を呼び出してしまったのですし、もしそこがお気に召したのでしたら、今回のお仕事が終わったあともそこに住んでいただいても構いません」

「マジ?」


 ウッヒョウ! と歓声を上げて跳び上がりそうになった。異世界生活初日で住む場所が手に入るなんて、良いスタートを切れたんじゃないか?






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