4-3 叶うならあなたと知りたいと

「ちょっとは落ち着いたかしら?」


 ほうっと息を吐き、表情が緩んだのを感じたタイミングで声がかけられる。

 慕は改めて目の前にいるエリュティアへ視線を移し、へなりと彼女へ苦笑いを浮かべてみせた。


「はい……。その、すみません、いろいろと……」

「いいのよ、気にしないで。あなたが謝る必要は何一つないんだから」


 そういいながら、エリュティアは慕の正面に座っているマルティエへ視線を向けた。

 エリュティアのじっとりとした視線は、わずかな恐怖を感じるもののはずなのに、それを正面から受け止めているマルティエはにこにことした笑顔を浮かべている。

 マルティエへ向けられているエリュティアの目が次第に釣り上がり、表情も険しいものへ変化していく。


「謝るべきなのはあんた! あんたのほう! マルティエ! いつになったらアポをとるってことを覚えるのかしら!?」


 それに、こんなか弱くて小さい女の子を連れ回すなんて!

 マルティエを非難する言葉を紡ぎながら、エリュティアは慕へ手を伸ばす。まるで慕をマルティエから守ろうとするかのように抱き寄せられ、慕は目を丸くした。

 がうがう吠えるエリュティアを面白そうな目で見ながら、マルティエは自分の前に置かれているティーカップを持ち上げた。


「最終的にはこうして顔を合わせてくれるだろう? 女王様」

「あんたが! こうやって! 押しかけてくるから! 仕方なくよ!」


 強い口調で言い返すエリュティアの声を聞きながら、慕はこっそりとエリュティアを観察する。


 慕よりも少し年上くらいに見える少女である。長い薔薇色の髪をロングツインテールにしており、毛先は物語に登場するお姫様のように巻かれている。身にまとうドレスは上品な赤色で、足元まで赤いヒールで飾られていた。

 紅茶園の主にふさわしい、紅茶の香りをまとったお嬢様――そんな印象を与える少女だ。

 気持ちを切り替えようとするように、エリュティアが深く深呼吸をし、慕をそっと解放する。


「……というか、なんで私のところに来たわけ? しかも、こんな可愛いお客様まで」

「お前の紅茶は美味いから、シタウにも飲ませたくなった。それに、お前はフィデリオと親しい奴の一人だろう?」


 笑顔を崩さずに答え、マルティエはティーカップに口をつけた。

 彼の唇から紡がれた答えを耳にした瞬間、エリュティアはぽかんとした顔をし、慕へ視線を戻す。


「フィデリオ? ……なあに、あなた、あの子と深い関係があるの?」

「え? え、ええと……はい。その……いろいろあって、今、フィデリオさんのところでお世話になってて……」

「……ふぅん。あの子がねぇ」


 どこか興味深そうな声色でエリュティアが呟く。

 慕を観察するような視線がなんだか少しだけ落ち着かなく、慕は視線をあちらこちらへさまよわせた。

 わずかな居心地の悪さを紅茶と一緒に飲み込み、慕は小さく息をついた。


「そんなに、珍しいんですか? フィデリオさんが誰かを……えっと、保護? したりするのって」


 チェシーレもマルティエも、そして今日新たに出会ったエリュティアも、フィデリオを知る人物はみんな彼の行動を珍しがっている。

 エリュティアとマルティエの顔を交互に見比べながら問いかけると、エリュティアは腕組みをして口を開いた。


「私は少し意外に感じるわ。あの子、自分のすぐ傍に誰かを置いたりすることってあんまりないもの」


 そう答えたところで、エリュティアはふと何かに気付いた顔をした。

 自分の胸に手を当て、改めて慕を見つめ、彼女はどこか申し訳無さそうに苦笑いを浮かべた。


「そういえば、まだ名乗ってなかったわね。私はエリュティア・ローゼレーヌ。あなたは?」

「あ、えっと……慕といいます。湖心慕、です」


 エリュティアに名を名乗られ、慕も慌てて名乗り返す。

 エリュティアは何度か慕の名前を舌先で転がしたのち、安心させようとするかのように穏やかな笑顔を浮かべた。


「さっきは大声で騒ぎ立ててごめんなさいね。マルティエの話が正しければ、フィデリオのところにいるそうだけど……少し、話を聞かせてもらってもいいかしら?」


 優しい――けれど、どこか有無を言わせない色を含んだ声での問いかけ。

 エリュティアがまとう雰囲気に少しだけ気圧されながら、慕は小さく頷いてみせた。


「私にお話できる範囲のことだけに、なってしまいますけど……それでもよければ」

「それでも十分よ。良い返事をしてくれて嬉しいわ、シタウ」


 そういって、嬉しそうに笑ったエリュティアへ、慕も不器用に笑い返してみせる。


 なるほど。彼女は確かに、女王と呼ばれるにふさわしい人物だ。


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