メイドのミタレッティー編 第七話

 と、思ったのですが、どうやら気のせいでした。


 ゼルフィング家に来て早七日。至って平和な日々を送っています。


 もちろん、お仕事はしていますよ。執事のレッセル様の下、メイドの名簿や日報を纏めたり、人事の配分、仕事の振り分け、館の見回り、食糧管理、果てはメイドたちが住む寮の管理まで。ちょっと仕事多くない? と三日前までは不遜にそんなことを思ってしまいましたが、慣れたら以外と楽で、結構自由に使える時間ができました。


「レッセル様。こことここ、それにここ。あとここもが間違ってますよ。あと、バマベラさんとアリューシャさんが休暇申請が出てましたから、第八班のアハタさんと第九班のカヤンさんを補充しておきました。了承のサインをお願いします。それと寮長から部屋の拡張をお願いが出ています。あ、第六陣の通過要求がアダガ様から出ています。竜人族の女性を四十人ほど頼むと」


 午前の重要な報告をレッセル様に告げ、細かい報告は紙で出したら、なぜかこめかみをグリグリし始めました。ここ最近のレッセル様の癖ですね。疲れているときの。


「……あなたが来てから仕事が増えました……」


 そうですか? 昨日よりは断然と少ないですけど?


 昨日は、クルフ族の緊急配置換えでお昼を食べ損ね、三時のおやつが昼食になってしまいました。まあ、お陰でサプル様からパンケーキをたくさんいただけましたので幸運の方が勝ってますけどね。


「午後からの予定ですが、地下団地の炊き出しに二十名ほど応援に欲しいと現場監督さんから陳情書が上がってます。早急にとのことです」


 地下団地計画でゼルフィング家の下は大忙し。人員配置やら食事の用意、宿舎の掃除に洗濯と、研修が終わったばかりの第五陣を送り出しましたが、全然足りてません。早く第六陣を受け入れ、せめてどこか一つを任せられるくらいに仕込んで送らないと大変なことになるでしょうね。


 まあ、あたしは責任者じゃなく、実行する立場でもないので、余計なことは言いません。それでは、あなたが行ってくださいとか言われたら嫌ですし。


「今いる人数では無理ですか?」


「そうですね。三交代を二交代にして、残業と休日出勤をさせれば可能です」


 レッセル様がそうお願い(指示)を出せば可能ですよ。ただ、あたしは、止めたと証言してくださいね。恨まれたくありませんので。


 ゼルフィング家服務規程に強制労働は厳禁。破る者はクビ。その労働費はその者の給金から出すとあります。レッセル様。あたしは無関係を貫かせて頂きます。


「それは却下です」


 その英断に賞賛を。あたしは信じてました。本当ですよ。


「他に提案はありませんか?」


「雇えばよろしいかと」


「雇う、ですか?」


 首を傾げるレッセル様。あたし、そんな不思議なこと言いましたか?


「不足しているなら雇えばよろしいではないですか。港には仕事を探している方々はたくさんおりますし、なにも女だけを雇い入れるだけではなく、男の方も雇えばよろしいではないですか。そもそも全てのことがレッセル様に仕切っているのが変です。いくつかに部所を作り、ある程度の権限を渡す。全ての統括はレッセル様が行い、レッセル様の範囲外はお館様に仰ぐ。そうすればもっと楽に、速やかに行えると思うんですが」


 え、やれですか? いや、あたし、仕事ありますし……え、お給料二倍出す? わかりました。やらせていただきます!


 正直、面倒でありますが、お給料二倍は魅力です。村の方々に仕送りができますし、カイナーズホームでお買い物もできます。


 最近、宝石アートと言うものに凝ってまして、材料費にお金がかかるのです。お給料の半分は痛いです。ケーキが買えないとか大問題です。


 これはがんばらないとと張り切ったら、なぜかあたしの仕事がなくなりました。


 別にクビになった訳じゃありませんよ。レッセル様の下で働ける方を探し、レッセル様の承諾を得て教育を施したらよく働く方ばかりで、勉強と思ってやらせたらいつの間にかあたしの仕事じゃなくなっていました。


 最初は楽ができて嬉しかったのですが、日に日にあたしの居場所がなくなり、あたしがいなくても仕事が回り始めました。


 レッセル様。なにか仕事ありませんか?


 お給料が二倍になったのに、お仕事はゼロです。いえ、辛うじてお茶汲み係だけは死守してます。


「あ、ミタレッティー。今日から統括室の身の回りをしてくれるアリューシャだ。教育を頼む」


 その日、あたしの仕事が完全になくなりました。そしてなぜか、また遊撃メイドと呼ばれるようになりました。クスン。


 お給料をもらっている以上、なにもしないのは気が引けると、皆さんの目から逃れた場所を掃除したり、ご近所さんにご機嫌伺いに出たり、村の方々と交流したりと、毎日仕事を探す日々を送ってます。


 いつものように掃除係の方の目から逃れた場所を掃除していると、見知らぬ子供に声をかけられました。と言うか、頭の妖精さんと、横にいる謎の可愛い獣はなんですか? ちょっとモフりたいんですが。


「キノコ、どーしたん?」


 キノコ? ああ、クレフレック族ですか。


 地下団地が忙しいのでそちらに回ったことを伝えると、胸の名札に目を向けたと思ったら吹き出してしまいました。なんですか、いったい?


「ミタさんは、なにやってんの?」


 ミ、ミタさん? ってあたしのことですか? まあ、なんでもいいですが。


 見栄を張って補助と答えたら、なにやら悪い顔をしました。


 すぐに悪い顔を消し、去っていきましたが、誰だったのでしょう?


「あ、あんちゃんだよ」


 と、サプル様に尋ねたらそんなことを言われました。あんちゃん?


「ミタレッティーさん、あんちゃんと会ったことなかったっけ?」


「はい。初めてお会いしました。あの方が、ヴィベルファクフィニー様ですか。本当にいたんですね」


 名は何度も、いえ、ベーと言う名は何度も耳にしましたが、ご本人様とはまったく会えず、あたしの中では伝説の生き物となってました。


「ふふ。あんちゃん、自由な人だから」


 そう言うサプル様も結構自由な方ですが、まあ、さすがご兄弟と言うことでしょう。あ、そう言えば、次男様も見たことないですね。奥方様は畑仕事しているし、お館様は樵をしたり家畜の世話をしたりと、まるで村人です。ほんと、謎のゼルフィング家です。


 まあ、ゼルフィング家の方々がどうであれ、あたしには関係ありません。補助メイドですし。


 さて。次はなにしましょうかね。


 ご長男様のことは頭から放り投げ、仕事を探しに出ました。


 そう。これがあたしの仕える方との初対面であり、あたしの運命が大きく変わっていくとは夢にも思いませんでした。 


「ミタさん。今日からオレの専用のメイドな」


 え? お給料四倍ですか。特別手当年二回。カイナーズホームのメンバーズカード支給。上限三億。有給休暇年に三十日。ケーキ食べ放題ですと!? 


 このミタレッティー、一生あなたについていきます!

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