花乙女チャコ編 第四話

 あたしは花。地味な花。


 狙った獲物は逃がさない。非常な狩人だ。


 ……クックック。あたしに狙われたあなたの不幸を呪いなさい……。


 あたしは、乙女。地味な乙女。


 草に隠れ、闇に隠れ、気配を殺し、獲物に気づかれず、無音で近付き、獲物を狩る。


 あぁ、なんて非情な乙女なんでしょう。だが、これがあたしの生きる道。非情にして非道な深き業。あたしは狩る者殺す者。そんな乙女に狙われたあなたがいけないの。およよよ……。


「……なにかおかしな世界に逝っちゃってるトコ悪いんだけど、そろそろ帰ってこいや、このアホンダラが!」


 ぶひ!


 突然、背中に衝撃が生まれ、目の前の苔に顔がメリ込んだ。


 痛くはないし、花人ごときであたしのHPは小揺るぎもしない。が、あたしのシリアス度はレッド表示までいっちゃったわよ!


「なにすんのよこのアンポンタンおバカ!」


「それはこっちのセリフよ。何度も呼びかけてるのに逝っちゃった笑いを浮かべて、派手に気持ち悪いわよ!」


 ふん! 三十七歳まで乙女でいたあたしを甘く見ないでよね! 世間体など二十五で捨てたわ! あらやだ、目から汗が。ちょっと熱くなりすぎちゃったわ……。


「……あんた、たまに四つん這いになるけど、習性かなにかなの……?」


 やだわ。フラワーワールドには『ツッコミはなしよっ☆』って名言、ないのかしら? 優しさの半分はそれで出来てるにね。悲しいわ……。


「もう一発、殺っとく?」


「ごめんなさい。もうしませんです」


 あたしは過ちを認められる花の乙女。土下座なんて痛くも痒くもないですことよ。オホホ!


「──それでなんなのよ?」


「……その切り替えのよさが意味不明よね……」


 はん! あたしは過去を振り返らない乙女なのよ。常に楽しい未来(妄想)しか見てないわ!


「まあ、いいわ。わたしにも武器ちょうだい」


 はぁ? 武器? なんで? つーか、花人に武器なんて言う概念あったの? マジびっくりなんですけど!


「……あんた、カナコ、な、なんで武器なんて言葉知ってんのよ……?」


「人に聞いたのよ。人の世界には冒険者って言う自由人がいるってね」


 またお前かよ、転生者! ほんと、フラワーワールドをどこに導きたいんだよ!? デモクラシー万歳だな、おい! いや、意味違うけどさ。


「わたし、冒険者になるのが夢なのよ!」


 いや、そこでカミングアウトされてもあたしにどーしろってのよ。ガンバレとしか言えないわよ。


「だから武器をちょうだいよ!」


 だからがなんなのか理解したくないが、こうなったカナコは絶対に引かない。よくも悪くも異端な花の娘。目をつけられたのが運のつき。あ、あたしが狩られてる!? いやまあ、いっか。道具袋の中じゃ装備を愛でることもできないしね。カナコをドレスアップするのも楽しいかも。


「わかったわ。で、なにがいいの?」


「なにがいいかな?」


 恋に恋する乙女の理論ね。はいはい、こっちで決めるわよ。


 さて。なにがいいかしらね?


 カナコはあたしより三センチくらい大きいとは言え、二十センチそこそこでステータスは体にあった数値だ。これでは剣だろうが槍だろうが爪楊枝レベル。大した違いはない。


 だが、あたしは乙女の矜持を守るかのようにゲームをし、アイテム収集に命を懸けた。その数、二万数千。まさに我が人生に一片の悔いなし! である。


 ……流れる涙はきっと満足の涙よ……。


 その中には聖剣魔剣神剣エトセトラ。パネー武器ならなんでもごされ。そんな君には攻撃力120のグングニール。素早さ40の駿足の靴。力60の豪腕の腕輪。防御力80の天夢の羽衣。予備として攻撃力40のミスリルナイフを付けましょう。


 さすが神の力。ゲームが違うのに上手に素敵に装備ができましたぁ~!


「あたし、グッジョブ!」


 なんて自己満足にほくそ笑み出発。しばらくしてなにかを感じ取った。


「──伏せて!」


 横に並んで歩いていたカナコを突き飛ばし、あたしは岩影に隠れた。


 息を殺し、気配を殺し、そっと岩影から顔を出す。


 そこから見下ろすところに、あたしたち花人の最大……でもない敵が、いや、敵たちがいた。


 食い尽くす者と異名を誇る電気ネズミだ。


 前世のアニメで出てくるような可愛いさなど皆無の灰色のネズミだ。


 ただ、頭から二十センチくらいの触覚みたいなのが一本生えていて、それで獲物にショックを与え、バリバリ食っちゃう悪食な害獣なのだ。


 ……一、二、三……の十八か。群れとしては小さい方ね……。


 ジェニーさんや百年以上生きたご長寿さんに聞いた話によれば、最大で二百もの群れとなり、人の村を一夜にして全滅させたとか。なんとも恐ろしいことだが、それが焼き肉定食なこの世界。あ、弱い者は美味しくいただかれるって意味ね。


 花人の敵とは言え、花村の八割近くは美味しい蜜を秘める。悪食とは言え、美味しいものは美味しくいただく悪食だ。狙われたら最後、すべてを食らい尽くすまでは止まらないでしょうよ。


「……殺るなら今ね……」


「まったくだわ」


 ──殺気!


 ぬわっ! とばかりにその場からヒラリと回避。今までいたところにグングニールが突き刺さっていた。


「……な、な、なにすんじゃアンポンタンフラワーが!」


 刺さってもHPが20くらい減るくらいだし、回復小魔法で全快にもなるが、痛いのは痛い。花人にも痛覚はある。意味はわからんけど。いや、違くて刺されて喜ぶ趣味はあたしにないわ!


「それはこっちのセリフよ! なにしてくれてんじゃ、変態地味花が! 顔がへこんだじゃないのよ!!」


 見れば確かにへこんでる。ぷぷ。変なか──真剣白羽取り!


 拝むようにグングニールの刃を止めた。


 あっぶねー! 人生初の真剣白羽取りしたよ! じゃねーわ! 殺す気──ですね。そのマジな目は………。


「お、落ち着こうよ、ミスカナコっ。暴力じゃなんも解決できないぜっ!」


 歯をキランとさせたいが、意外と力持ちなカナコちゃん。って、力60アップの豪腕の腕輪に攻撃力120のグングニール。あと怒りMAX。油断したらサクっと逝っちゃいますがな!


「カ、カナコさん。君の怒りはごもっとも。けど、今はそれどころじゃないんですことよ。敵、いる。あたしら、襲われる。こんなこと、してる場合じゃない。プリーズカナコちゃん。怒りはあとの楽しみとしようよ。ね?」


 まあ、すっとぼけて逃げますがねっ!


 なんてあたしの心を読んだかのようにさらに力が入ってきます。エスパーか!?


 ──なんて冗談やってる場合ではないか!


 力120の怪力の腕輪×4に素早さ90の駿足の靴と星降っちゃう腕輪で素早さ二倍の力でカナコを抱えてその場から逃げ出した。


 たぶん、今までいたところには電気ネズミが団子となっていることだろう。ヤツらは単独でも狩りはするが集団でも狩りをする厄介な悪食害獣なのだ。


「まあ、狩るのはあたしですけどね!」


 大変だ。電気ネズミが出た! 村が襲われる前に退治してくれ!


 的な脳内クエストボードに貼ってある依頼書を剥ぎ取った。


 クエスト、開始!

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