バーボンド・バジバドル編
「はぁ~」
今日何度目かのため息を吐いた。
……いや、違うな。べーと出会ってから何百回目のため息だな……。
だが、気の重いため息ではない。どちらかと言えば呆れてものが言えないため息だ。
まあ、どちらにしても精神は疲労するがな……。
「どうしたい、ため息なんか吐いて? 幸せが逃げんぞ」
船の補修を終えたべーが船内から出てきた。
自分より五十近く下であり、自分の胸までしかない身長なのに、その立ち振舞いは自分に匹敵するどころか、老成を感じるくらいの精神を持っていた。
いや、なによりもその知識や技術、人脈の多さは大商人と言われる自分を遥かに凌駕していた。
どこの世界に南の大陸で最大の勢力国家と言われる国の皇子と友達な村人がいる。人魚族と繋がりがある村人がいる。A級の冒険者と友好関係を持つ村人がいる。全てを聞いた訳ではないが、サプルの口振りでは他にもいそうな気配だ。
と言うか、大商人と友達の村人って、我ながら意味わからんわ!
……や、止めよう。考えるだけアホらしいわ……。
べーのセリフではないが、結果オーライだ。いやまあ、意味わからんがな……。
「そうだな。出会えたことに感謝しよう」
「はあ? なに言ってんだい?」
「なんでもねーよ」
もうダチとなったからには見た目や歳などもはや関係ない。あるがままに受け入れ、あるがままに付き合うだけだ。
それに、大商人として人脈も味方も多い自分だが、対等な友人などいない。いや、昔はいた。だが、子ども時代の懐かしい記憶の中にしかいない。こうして素っ気なく、だが感情のままに言える相手は貴重だ。この自分が、商人として生きてきた自分が、金では買えないものを自分は得たのだ、その幸せを死んでも放してたまるかだ。
「ありがとな。助かったよ」
「気にすんな。だがまあ、ありがたくもらっておくよ」
体格は小さい癖にデカイ度量しやがって。それ以上なにも言えねーじゃねぇかよ……。
「もう荷を積んでも大丈夫か?」
べーとの友情も大切だが、商人としての誇りや義務を蔑ろにはできん。時間は有用に使え、だ。
「ああ、構わねーが、もう陽が沈むぞ?」
「なに、灯りを点けられる者は何人もおるし、夜の荷積み荷下ろしはいつものことだ」
「会長さんが言うなら止めはしねーが、別に会長さん自ら指揮するわけじゃねーんだろう?」
「いやまあ、そうだが、なんでだ?」
「ちっと話があるんだが、付き合ってもらえたら助かる。今積むってことは明日の朝には出港すんだろう?」
まったく、村人とは思えない思考力だな。
「ああ、名残惜しいが、急ぎの商売なんでな。わかった。ちょっと待ってろ」
その場を離れ、ラージエルに指示を出してすぐに戻って来た。
「秘密事か?」
その問いにべーは黙って頷いたのでわしの部屋に移動した。
「へ~。結構豪華にできてんだな」
「お前んちと比べたら家畜小屋みたいなもんだ」
あの充実した部屋を知った今、もはや我が部屋がとてもみすぼらしく、不潔なのが良くわかる。ここは聖女さまの部屋ですと言われても素直に納得できる域だ。
「そうか? あんま華美にしないように造ったんだがな」
「……い、いやまあ、もうなんでも良いわ。で、話とは?」
固定椅子に座らせ、棚にしまった酒を出そうとしてべーが十歳なのを思い出して手を止めた。
「ワリーな。今なんか飲みもん持ってくるわ」
なにか茶はあったかと考えながら部屋を出て行こうとしたらべーに呼び止められた。
「飲みもんならあるからいいよ」
振り向けばテーブルにポットとカップが二つが置いてあった。
「……え、えーと、どっから出た……?」
「ポケットから出した。オレの服は収納ポケットだからな」
ア、ウン、ソーデスカ。ソレハスゴイデスネー。
心の中で応え、椅子に座って湯気立つコーヒーを頂いた。
あーコーヒーがうめーなー。
現実逃避してると、べーが下げていた鞄から小箱を取り出し、テーブルの上に置いた。
その目が開けて見ろと言っているので言う通りにした。
「…………」
もはやなんて言っていいのかわからん。いや、思考停止して頭が真っ白だよ。
それでも商人として生きてきた意地がある。無理矢理飛んでいった意識を引き戻し、中身を確認する。
──真珠。それも虹色に輝く真珠であった。
「……素晴らしい……」
我知らず呟いてしまった。
これまでいろんな宝石を見てきたが、これほどの逸品は初めてであった。
「……真珠は人魚の金だと言ってたが、これは地上の金にするとどのくらいなのだ?」
「金貨五枚くらいかな? まあ、人魚の世界では上から三番目くらいだがな」
「…………」
もはや言葉にもならんわ……。
「会長さんにやる。アホを排除する資金に使ってくれ」
いろいろ言いたいことはあったが、爵位持ちを引きずり下ろすには資金は幾らあって困らない。正直、船の補修費だけでは赤字になるのだからな。
「で、だ。会長さんに頼みがあんだが、会長さんの伝で薬草を集めてくれ。依頼はこれで頼むよ」
と、また小箱を取り出してテーブルの上に置いた。
中身は白真珠だった。それもサプルが出したものが石ころに思えるほどの輝きを放っていた。
す、すまねー。ちょっと心の整理をする時間をわしにくれ。
………………。
…………。
……。
「───よしこい!」
「なにがだよ?」
「話の続きに決まってんだろう」
それ以外なにがあんだよ。それこそ意味わかんねーよ。
「……なんか納得できねーが、まあ、イイよ」
納得できねーのはこっちだわ! とか突っ込みたいが、突っ込みどころが多くて訳わかんねーよ、もう……。
「それで薬草を、正確には白葉やザクラの実と言った薬草のもとだな。ここら辺じゃ採れねーのを集めて欲しいんだよ。まあ、これに書かれてるものを、無理しない程度にな」
と、またポケットに手を突っ込み、今度は本……じゃなく手帳を取り出した。
手帳とか学者か高級文官くらいしか持たないものを村人が出すとか、ほんと、頭が痛てえよ……。
「……これは?」
「薬草の一覧表だな」
中を見ると、薬草の名と絵、そして特徴や棲息地などが記されていた。しかも色付き──つーか、実物をそのまま貼り付けたかのような絵が描かれていた。
「……あ、うん、スゴい精巧な絵だな……」
もう凄すぎて逆に冷静になったわ。
「まあ、魔術的な手法で描いてあるからな、まんまの姿で載せられんだよ」
アーソウデスカ。ソリャスゴイデスネ……。
「王都周辺のや外国から入ってきたのを中心に頼むわ。手帳に棲息地の名が書いてあるからよ」
また手帳の中身に目を向けると、確かに棲息地名が書かれていた。
「いいのか、こんな重要なもの渡して? これだけで金貨百枚の価値はあるぞ」
もはや秘伝とか極秘に入るものだぞ、これは……。
「構わんよ。その手帳には会長さんか会長さんが許可した者しか開けんようにしてあるからな」
はいはい、べーだしな。できて当然ですよ。
「わかった。お前には世話になったしな、喜んで引き受けるよ」
「ワリーな。無理言って」
「気にすんな。だが、ありがたくもらっておくよ」
そんなわしの返しに、十歳のガキとは思えない老成した笑みを浮かべた。
……まったく、敵わねーな、こいつには……。
「そう言えば、サプルが帝都にいったとか言ってたが、べーもいったことあるのか?」
「ああ、何十回といったな。まあ、連泊できねーんでマルハカの市とサラエニ通りぐらいしかわかんねーがな」
マルハカの市は確か、南区の庶民の市だったはず。サラエニ通りは初めて聞くな。そんな通り王都にあったか?
「サラエニ通りとは、どこにある通りだ?」
「裏街の通りだよ」
裏街。それは大きな街にらある貧民街を指しており、一般人は絶対に近寄らない無法地帯だ。
「……お前はいったいなにやってんだよ……」
そこの住人ですら一人では歩かない場所と言われてんだぞ、そこは……。
「情報屋から情報を買ってるだけだよ。優秀なヤツがいるんでな」
「……お前の顔の広さ半端なさ過ぎだよ……」
その年で情報屋と知り合うとか意味わかんねーわ!
「出会い運がイイからな、オレは」
「なんだよ出会い運って? 初めて聞いたわ!」
「アハハ。オレも初めて言ったわ」
あーもーほんと、わしん中の常識が音を立てて崩れていくわ……。
「そー言やぁ会長さんって何屋なんだ?」
ああ、確かにそー言やぁだな。
「わしんとこは貿易商だ。主に帝国からの金属類を輸入しておる。まあ、他に細々とやってるがな」
「ふ~ん」
と、考える素振りを見せるが、それ以上はなにも言わなかった。たぶん、船の中身を知って言わないんたわろう。
……まったく、村人だと言い張る理屈が訳わかんねーよ……。
「なら、鍛冶──ドワーフに伝は持ってるよな?」
またポケットに手を突っ込み、銀色の板をテーブルの上に置いた。銀か?
手に取って見、そして、それがなんであるか絶句した。
──聖銀じゃねーかよっ!?
叫ばなかったのが不思議なくらいの逸品だった。
べーを見るが、上手く言葉にできない。いや、できる訳がない。聖銀など金属を扱うわしですら滅多に見るもんじゃない。出てくるのが希で、出てきたら国の管理下になるほどのものだ。他国が知ったら侵略してくるぞ!
「あ、言っとくが、出所は海だからな。採りにいくなら気をつけろよ」
平然とした顔をしているが、わしの勘は、出所は海じゃないと言っている。たぶん、だが、この近くで採れたものだ。
だが、それはべーだから採れたんだろう。まず普通の山師では不可能なはずだ。なら、追求しても無駄。ここはなにも聞かず、べーの企みに乗るのが賢い選択だろうよ。
「……ドワーフとの伝はあるが、それが?」
「これで剣と槍を作ってもらえねーかな? この金属、なんかクセがあってオレじゃあ、上手く扱えねーんだよ」
もういろいろと突っ込みどころ満載だが、根性出して流せや、わし! 突っ込んだら負けだぞ!
いやまあ、なにに負けるかわからんが、精神的に凹みそうだから突っ込みはしない。まったく、ため息で溺れそうだわ……。
「……剣や槍にってことは、それだけの量があるってことか……?」
「たぶんな」
と、今度は鞄から同じくらいの鞄を出した。
「そんなかに入ってる。余ったら買い取ってくれや。そのうち取りに、まあ、遊びにいくからよ」
屈託なく笑うべーに、わしは苦笑で応えた。
ああ。きたら歓迎するよ、まったく……。
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