サプル編第10話 女の要求は止められない

「まあ、せっかくだ。風呂に入ってこい」


 会長さんが苦笑いしながら昨日一緒に泊まったおじ……じゃあ、悪いか。あんちゃんに言った。


「あ、ちっと待ってくれ」


 あんちゃんがそう言うと、風呂の方へと歩き出した。


 なんだろうと、あんちゃんの後に続いて行くと、風呂の前で止まる。と、右足で地面をトンと叩いた。


 ズボボと地面から壁が生えてきた。


「サプル。風呂を創るときはちゃんと仕切りを創れよ。女衆がいんだからよ。あと、お前は魔力があるんだから無理に魔法なんて使うことねー。まだ理を理解してねーんだから。よっと」


 また右足で地面を叩くと、ザラザラしていた風呂の壁がツルツルな壁に変わった。


「まあ、即席風呂ならこんなんでイイか。会長さん、入ってイイぞ」


「ほんと、お前はぶっ飛んでな。船を直した後だって言うのに、大丈夫なのか?」


「大丈夫だよ。船を直すのは魔法に近い魔術。今のは完全な魔法。微々たる魔力しか使ってねーよ」


 やっぱりあんちゃんはスゴい。まさに絵本に出でくる魔法使いだわ。


「オレは海部落の長んとこに風呂の許可得て、まあ、創ちまってからなんだが、ここは海部落の縄張りだからな、話を通しに言ってくるよ。サプルは、髪飾りを出しておけ。あ、それとトアラ、だけじゃ間に合わねーな。裁縫が得意な女衆を集めてコレをたくさん作ってくれ」


 と、あんちゃんがポケットから手のひらに収まるくらいの巾着袋を取り出した。


「匂い袋?」


 都会ではお風呂に入る習慣がないから体臭を匂いで誤魔化している。


 うちはお風呂に入る習慣があり、毎日の掃除は欠かさない。トイレだってあんちゃんの魔法で臭いと汚れを消滅させてるから綺麗だ。だからうちでは必要ない。ないのだけど、うち以外はちょっと臭う。なので、村の女衆には人気があり、あんちゃんが調合した匂い玉は髪飾りと同じくらいじゅよーがあるのだ。


「もうちょっと大きくしてコレに炭を容れろ。スゴい効果はねーが、気休め程度には臭い消してくれるからよ。まあ、船の掃除は明日やっとくよ」


 そう言って海部落の集落へと歩いていった。


「……なんで炭が臭いを消すんだ?」


 会長さんが聞いてくるけど、あたしには全然わからない。そんなこと今日初めて聞いたんだからさ~。


「わかんない。けど、あんちゃんがそう言うならそうなんじゃないかな。あんちゃん、頭イイから」


 あんちゃんがそう言うのならあたしは従うだけだ。


「トアラねーちゃん。裁縫が得意な人集めて。布と針はあるからさ」


「わかった」


 人集めはトアラねーちゃんに任せあたしは髪飾りを用意する。


 スカートのポケットに手を入れ、中から敷きマットを取り出す。


 あんちゃんの魔法であたしの服のポケットにはいろんなものが入ってる。けど、ポケットの大きさのものしか入らないから大きさが決まってくるし、一辺に出せないのよね。せめて鞄くらいの大きさがあれば容れるものの幅が広がるんだけどな~。今度あんちゃんにお願いしてみよう。


 あたしが寝れるくらいの敷きマットに髪飾りを並べていく。


「やっぱり髪飾りにしようかな~」


「そーね。これだけ種類があると迷っちゃうよね~」


「ねぇ、サプル。クシも出してよ」


「ブローチもお願い」


 いつの間にか集まった女衆があれやこれやと勝手に言っている。


「これは船の人らに売るもので、皆への報酬は終わってからだよ」


 なんて言ってみたけど、納得しないのが女と言う生き物。船の人らがお風呂から上がるまで時間があると諦めて女衆の要求に応えた。


 髪飾りの買い物は好評だった。まあ、女衆には、だけどさ……。


 女の買い物(行動)に勝てる勇者なし。とあんちゃんが言ってたけど、まさしく勝てる気がしない。それどころかあの輪に入れる勇気(根性)がないよ? あたしには無理です。


 髪飾りで騒ぐ女衆は、船の人らがお風呂から上がっても引かず、なぜか売り子に変わっていた。


 船の人にどんな人に贈るかを聞いたり、その人の身体的特徴を聞いたり、恋人に贈るかを聞いたり、いつの間にか女子とーくに花を咲かせたり、サリバリねーちゃんら娘らは、こーゆー髪結びができるのよ~とか見本を見せたりと、もはやなにがなんだかわからない状況になっていた。


 ただ、売れゆきはイイ。


 女衆に感化されたのか、それとも丸め込まれたのかはわからないけど、一人で何個も買っていた。


 まあ、髪飾りは安いし、かさばらないしね。お買い上げありがとうございますだね。


「なあ、サプルよ。あの髪飾りに付いている白い玉はなんなんだ?」


 無理と調理車の荷台に腰かけて眺めていたら、会長さんが横に現れた。


「会長さんはお風呂入らなかったの?」


「昨日入ったから充分さ」


「お風呂は毎日入るもんだよ」


「いや、その常識はお前んちだけだからな。一般人は体を拭くくらいだからな」


 ほんと、体を拭くだけなんて信じられないよね。あんちゃんの妹でマジサイコーだよ。


「それより、あの白い玉はなんなんだ?」


 お風呂は重要なんだよと呟きながらポケットから小箱を取り出して会長さんに渡した。


 受け取った会長さんは首を傾げながら小箱の蓋を開き、表情を停止させた。


「……こ、これは、宝石なのか……?」


「貝の実だよ。あんちゃんは真珠って呼んでるけどね」


「貝の実? 真珠? なんなんだ、それは?」


「あたしもよく知らないんだけど、貝の中にできる珠で、人魚さんの間ではお金として使われてるんだって。髪飾りに使ってるのは粒が小さくてお金にならないものをあんちゃんがもらってきて髪飾りに使ってるんだ。その小箱に入ってるネックレスの粒は大銅貨くらいだったかな? 他にも色つきで違ってくるみたい。どうしたの会長さん?」


 なにやら崩れ落ちてしまった。立ち眩み?


「……お前らの非常識に胃が痛くなってきたよ……」


 なんとか立ち上がったが、顔色悪いよ。


「……ベーは、人魚とも交流があるのか……?」


「うん。前に人魚の将軍さんを助けてね、それから日当たり山の裏にある港で会ってるみたい。でも、最近は会ってないみたい。なんか、海の中が戦国時代とかでなかなかこれないみたいだよ。会長さん?」


 また崩れ落ちる会長さん。病気なの?


「あんちゃんに薬を煎じてもらう? あんちゃんの薬、結構効くよ」


 いろいろあるよ、非常識なのから反則なものまで。


「……お前らのにどう突っ込んでいいかわかんねーよ……」


 なにやら肩を落として船のほうへと去っていった。


「サプル~。調子はどうだ~?」


 と、あんちゃんが戻って来た。


「まあ、盛況のようだな」


 女衆を見て苦笑するあんちゃん。


「ほんと、女はスゲーな。マジ尊敬するわ」


 あたしとしてはもっと別な方にあの熱を使って欲しいもんだわ。


「まあ、夕方には引けるだろうよ。そしたらサプルも帰ってイイぞ」


「あんちゃんはどうするの?」


「オレは調理車の使い方を教えたら帰るよ」


「それならあたしも残ってた方がイイんじゃない?」


 これを作ったのはあんちゃんだけど、一番使ってるのはあたしだし、クセも知っている。細かい操作一つで味に大分差が出てくるんだよ。


「問題ねーよ。夕食はそんな手の込んだもんは作らねーし、教えるのは素人に毛の生えたような料理人。差なんて気にしねーよ」


 まあ、あんちゃんが言うならあたしは構わないけどね。


「疲れたら無理せず寝ろよ。夕食はオカンだって用意できんだからよ」


 料理はあたしの仕事になってるけど、おかあちゃんも料理は得意な方。煮るだけなら問題はない。


「わかった。引けたら帰るよ」


 あんちゃんの言う通り、と言うか、さすがの女衆も家の仕事をほっぽり出すわけにもいかず、夕方にはそれぞれの家に帰っていった。


「サプル~。終わったから帰ろう~」


 最後まで巾着袋を作っていたトアラねーちゃんがやって来た。


 あたしもちょうど片付けが終わったので、あんちゃんらを一度見て、トアラねーちゃんへと駆け出した。


「今日はいっぱい働いたね」


「そーだね。トアラねーちゃんはなに選んだの?」


「あたしは針やハサミを入れるポーチにしたわ。ベー、作っててくれたんだね」


「ポーチか~。あたしも調理鞄が欲しいな~。今度、作ってもらお~っと」


 なんてことをしゃべりながらあたしたちは家へと向かった。

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