サプル編第9話 返す言葉もありません
「……ごめんなさい……」
あんちゃんの後ろに隠れながら会長さんに謝った。
「ワリーな、会長さん。オレからも謝るよ」
「アハハ! 気にするな。お前ら兄弟には世話になってんだ、このくらいなんでもないわ!」
豪快に笑う会長さんに、ちょっとホっとする。
「だが、壊れっちまったもんもあるだろう。予備とかあんのか?」
あ、扉とか部屋の中のものがグチャグチャになっちゃったんだった。
「そのくらいだったら自分らで直せるし、あとちょっとの航海だ、なくても問題はねぇよ」
遠慮して言ってるわけじゃなく、本当にそう思っているようで、笑顔が一切途切れなかった。
「まあ、そう言ってくれんなら助かるよ。だが、必要なもんが出たら言ってくれ。木と金属製のもんならなんとかなっからよ」
確かに、木の加工と金属製の生成はあんちゃんの十八番(意味はわかりません。よくあんちゃんが使ってるから真似してみました)。家ですら半日で造っちゃうほどだ。
「ああ。そんときは頼むわ。にしても、サプルの魔術はスゲーな。あれだけのことやってなんともねぇなんてあり得んだろう」
そうなの? 別に軽く吹いただけなんだけどな~。
「サプルの魔力は並みじゃねーからな。あのくらい腕を振ったくらいみたいなもんさ」
「それはなんつーか、言葉に詰まるな……」
会長さんとあんちゃんがあたしを見る。え、なに?
「ま、まあ、だからサプル。別に怒っちゃいないから気にすんな」
会長さんがあたしの頭をグリグリして、また豪快に笑った。
「しかし、そんなに臭かったか?」
会長さんの問いにあの臭いが蘇り、思わず鼻を詰まんでしまった。
「そうとう臭かったみてーだな」
「あんちゃんは臭くなかったの?」
「まあ、クセーのはクセーが、風呂も入らねー男なんてあんなもんだし、まだこれくらいマシな方だ。奴隷船とかなると糞尿垂れ流し。家畜小屋がお花畑に感じるくらい酷いもんらしいからな」
その臭いを想像したら涙が出てきた。
「奴隷船とか、よく知ってるな、お前は」
「前に奴隷商人が村にきてな、その商人のじいさんに聞いたんだよ」
あ、そー言えば前に汚い人らを連れたおじいちゃんがきたっけ。確かにあの臭いは未だに夢に出てくるわ。
「……お前、ほんと顔広いな……」
「まあ、いろんな人から話を聞くのが趣味だからな」
「趣味で片付けんなよ。異常だからな、その趣味」
目が特別なのか鼻が特別なのかわかんないけど、あんちゃんは、おもしろそうな人かそうでないかを判別できて、おもしろそうなヤツと見たら誰構わず話し掛けるのだ。
以前、頭に狼の耳をはやした、森の中であったら全力で逃げちゃうこと間違いなしのおっかない顔したおじいちゃんに気軽に話しかけたときはさすがに止めたよ。ほんと、あんちゃんがこの世でスゴいと思う。
「そうか? まあ、ド田舎だしな、そーゆーのに飢えてんだろう」
「いや、田舎のヤツはたいがいヨソモンに近寄んねぇから。お前が開放的過ぎんだよ」
そー言われれば確かにあんちゃん以外の人は、おもしろそうな人には近寄んないね。
「アハハ! 会長さんはツッコミウメーな。そーゆーツッコミマジサンキューだよ」
「……すまんサプル。お前のあんちゃんがよくわかんねーだが……」
あ、うん、そーだね。あたしもトキドキわかんなくなるよ……。
あたしと会長さんは、心が通じたかのように、同時にため息をついた。
「え? なに、その二人で理解し合ったよーなため息は? あんちゃんを仲間はずれにすんなよ!」
そんなあんちゃんに、またあたしと会長さんは、ため息をつき、苦笑を見せ合った。
「サプル~! どーこー!」
臭さに熱を冷まされ船から下りると、人の間からあたしを呼ぶ声が流れてきた。
声がするほうにいくと、呼んでいたのはサリバリねーちゃんだった。
……なんか泣きそうな声だったからわかんなかったよ……。
「サプル~どこいってたのよぉ~。捜したじゃないのよ~」
「どうしたの、サリバリねーちゃん?」
いつも威張ってるサリバリねーちゃんが、おかあちゃんとはぐれた子供のように泣きべそだった。
「船の人らが髪飾り売ってくれってうるさいのよぉ。なんとかしてよ~」
えーと、よくわかんないんだけど?
「サリバリの髪飾りを見た船員さんが奥さんや恋人に贈りたいから売って欲しいんだってさ」
「うわっ!」
と、トアラねーちゃんが代弁にあたしはびっくりして跳び跳ねた。
「どうしたの?」
たまに不意に現れるトアラねーちゃん。ほんと、怖いんだからね! くるときは気配を出して現れてって言ってるじゃないのよっ!
非難の目を向けるが、おかあちゃんと同じ天然さんのため、キョトンとした顔を見せていた。
トアラねーちゃんのおとうちゃんは、村で三番目の狩人。あんちゃんが言うには気配消しの天才で、待ち伏せされたらあんちゃんやトータでもわからないそーだ。その才能がそのまま受け継がれているよーで、無意識で気配消しをやるねーちゃんなのだ。
「……えーと、髪飾りがなんだって?」
「売ってくれってさ」
ほんと、あんちゃんの言う通り、この世で最強は天然さんだね……。
「まあ、売ってくれって言うなら売るけど、その売ってくれって言う人はどこにいんの?」
あっちだよと云われてきてみれば、数人の船の人らが集まっていた。
「あんちゃんらが売ってくれって言った人ら?」
中にはおっちゃんもいるけど、まあ、そこら辺はするーして若く見てやれってあんちゃんが言ってたよ。
「嬢ちゃんが髪飾り売ってくれんのかい?」
おじ──じゃなくて、シブイあんちゃんが尋ねてきた。
「別に売ってる訳じゃないよ。村の女衆の手伝いの駄賃に金より髪飾りとかが喜ばれるからね、髪飾りとかで払ってるだけだよ」
あんちゃんが暇潰しに作ったものを駄賃にするのは気が引けるんだけど、女衆は髪飾りとかがイイって言うんだよね。
「売ってもらうわけにはいかねーかな?」
「イイよ、売っても」
あんちゃんから売り買いも勉強だって言われるし、世間を知るちゃんすだって言ってた。
「ほんとかい!?」
と、あんちゃんらが詰め寄ってきた──とたん、あのゴブリンの死体のような臭いが鼻の中に襲いかかってきた。
「──っ!」
その臭いに堪らず、あたしは駆け出し、岩場に向けて拳を振り下ろした。
「洗浄の時間だっ!」
魔で包んだ拳が岩場に突き刺さり、あんちゃん直伝の土魔法を発動。数十人入っても余裕がある風呂を創り出した。
次に水魔法で海から水を風呂に足し、熱魔術で水を沸かした。
「……なんつーか、お前ら兄弟、アホだろう……」
できた風呂を見て会長さんが呆れ果てていた。
「……返す言葉もねーよ……」
……はい。あたしもです……。
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