サプル編第2話 おはよー

 あたしの朝はあんちゃんの動く気配で目覚める。


 うちは、皆一緒に寝るので、誰か一人起きたら皆が起きるのだ。


「あんちゃん、おはよー」


 体をほぐしているあんちゃんに挨拶する。


「おう、おはよ、サプル」


 いつも笑顔で返してくれるあんちゃんに、あたしも笑顔になる。


 うちにおとうちゃんはいない。あたしが三歳の頃、オークの群れと戦い死んじゃったのだ。


 あたしはまだ小さくおとうちゃんのことはよく覚えてないけど、あんちゃんとそっくりなのはちゃんと覚えている。


 おとうちゃんがいないのは寂しいけど、あんちゃんがいるから大丈夫。あんちゃんはスゴく優しいし、とっても頼りになる。他の家より裕福なのも、家が充実してるのもあんちゃんのお陰。うちのあんちゃんは最高のあんちゃんだ。


「……おはよー」


 やや遅れておかあちゃんが起きた。


 あんまり朝に強くないので、しばし上半身を起こしたままボーとしてる。


 その腰には弟のトータが抱きついている。


 三歳下のトータはまだ五歳。まだおかあちゃんが恋しいガキんちょだ。あんちゃんみたいになるには遠い未来のようね。


「今日もイイ天気だな」


 寝起きのイイあんちゃんがいつの間にかベッドから下りてカーテンを開けていた。


 あたしもおかあちゃん似らしく、起きてすぐには動けない。まあ、それでも五十も数えないうちに体は目覚めるけどね。


 あたしもベッドから下りてパジャマ(ポンチョって言うんだって)を脱いで、自分のタンスから今日の服を出して着替えた。


 他の家なら服なんて滅多に替えたりしないし、洗濯も五日に一回すればマシな方だ。下着だって毎日洗うのはうちくらいだろう。まあ、うちも毎日服を洗濯する訳じゃないし、たくさんある訳じゃない。ただ、あたしたちの服にはあんちゃんの魔法が掛かっているので、たまに"めんてなんす"する必要があるから服を替えるのだ。


 ……あんちゃん、たまに難しい言葉使うからよくわかんないんだよね……。


 あたしの服はだいたいがワンピース(服の種類なんだって)にエプロンが標準装備だ。寝室は土禁なので寝室から出るときにサンダルか革靴を履くようになっている。


 あたしが着替えてる間にあんちゃんは、"じゅうなん運動"なるものをして体をほぐしている。


 それが終わると、いつもの服に着替える。


 あんちゃんの服は特別製で、汚れに強くて丈夫ときている。それでいてとても柔軟性があり、肌触りがとってもイイのだ。あたしの服もそうなので、あんちゃんの気持ちはわからなくはないけど、寝るときのパジャマもソレって、なんの意味があるんだろう? あんちゃんのこだわりはよくわからないや。


 それぞれ着替えが終わると、洗面所に向かう。


 他の家なら外にある水瓶から水をすくって顔を洗ったり口をゆすいだりするけど、うちは家の中に顔や歯を磨いたりする部屋がある。


 水は山からの湧水を利用しているからいつも冷たい。けど、あたしは冷たいのが苦手なので洗面器に移して魔術で温めてから顔を洗う。


 ちなみに今は春先で、そんなに寒くはないよ。まあ、あんちゃんの魔法で家の中の温度は一定だから夏冬関係ないんだけどさ。


 顔を洗い終わると次は歯を磨く。この辺では歯を磨く習慣はない。あんちゃんによると固いもの食ってるから平気なんだろうと言っていた。


 うちは固いものなんて滅多に食べないから歯を磨くのは必須だと、あんちゃんが言ってたのでうちでは歯を磨くのだ。歯ブラシなるもので。


 最初はくすぐったくてイヤだった記憶があるけど、慣れると歯を磨くってすっごく気持ちがイイんだよ。それに、歯が白くなって見た目もイイときてる。最近では村の女衆にも受け入れられ、歯ブラシがよく売れているんだ。


 二百数えるくらい歯を磨き、あんちゃんが作ってくれたブラシで髪をすく。


 昔からクシはあったけど、あんちゃんが作ったブラシ(オークの毛が一番イイらしいよ)は髪を滑らかにしてくれるので、これも女衆に大人気。作ってくれと言われるんだけど、このブラシの毛、オークの胸毛とおしりの毛なんだよ。


 あたしは毛を刈るところから見てるし、オークに特別な感情はない。まあ、おいしいお肉としか見ていない。けど、他の人からしたら汚らわしい魔物。使うのイヤじゃないの? とは思うんだけど、美しさを求める女は、『これはこれ。それはそれ』りろんが働くんだと、あんちゃんが言っていた。


 よくはわからないけど、まあ、売れるのなら構わないか。オークが受け入れれば家畜化できておいしいお肉が食べらるようになるんだからね。


 あ、そーだ。オークのお肉、そろそろなくなりそうだったんだ。


「あんちゃん。オークのお肉がなくなりそうなんだ。また捕ってきてよ」


 雑なようでいて、結構身だしなみに時間を掛けるあんちゃんにお願いした。


「オーク? あーオークな。そー言やぁ最近オーク見てねーな。調子こいて狩り尽くしたのが悪かったのかな~?」


 世間ではオークは中級な魔物だけど、あんちゃんにしたら『飛べねーブタはただのブタだ』とのこと。意味はよくわかんないけど、雑魚って意味なんだろう。実際、オークの兵士を拳一つで倒しちゃったしね。


「やっぱ、オークの家畜化考えねーとダメかな~」


「難しいの?」


「まーな。あいつら雑食だが、いっぱい食うからな、エサの問題があんだよ」


 そーか。エサか。確かに牧草地(ほぼ隣頼みだけど)は山羊だけで精一杯だもんね。お肉を食べるためにお肉狩ってきても意味ないか。


「まあ、猪の家畜化を考えてっから我慢してくれや。つてもやっぱ、エサが問題になんだがな」


 まあ、難しいことはあんちゃんにお任せ。青鹿や灰色狼も調理次第でおいしくなるしね。


「んじゃ、今日も元気に仕事すっか」


「うん」


 あんちゃんに応え、あたしは台所に向かった。

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