第7話
手我波子は目的地の近くにバイクを停め、まずは周りの確認から始めた。手頃な建物の屋上から藤堂サイバーセキュリティシステムの入り口を観察したが、やはり頭に入っているデータと同じだった。
「全く同じか・・・」
警備員の位置、監視カメラの位置、その他すべてがデータと同じだった。そう1ヶ月以上前に保存されているデータと。
監視カメラは手我波子にとっては何の驚異でもない。むしろ逆に利用さえ出来る。しかし人間の目まではごまかせない。おそらく内部の警備体制も同じと仮定すると、誰にも会わずに目的のデータ保管庫までは2つのルートがあった。
ここでおもむろにスマホを取り出し何かを操作し出した。
「少しは違ってくれている方が希望もあったけど。罠とはいえ、ここまでバカにされるとはね。ここで臆したとあったら電脳の魔術師の異名の名折れよね。仕方がない、やるしかないか」
手我波子は自分自身に言い聞かせるように覚悟を決め、内部に侵入を試みることにした。
裏口から昨夜のうちに作成していた偽のセキュリティカードを使用し堂々とまではいかないが落ち着いた足取りで内部に入った。
この藤堂サイバーセキュリティシステムにはセキュリティルームがあり、入出記録や監視カメラのデータが逐一流れているが、この偽のセキュリティカードを使用した瞬間から、手我波子の存在が消えるように既に細工は終わらせていた。
セキュリティルームには入室記録も行かず、監視カメラの映像にも何も映らないように既に処理がされていた。
目的地まで特に急ぐ素振りも見せず
「我ながらバカ正直ね。意味がないのが分かっているのにこういうことしちゃうのって、ハッカーの性かしら?まぁ無駄な犠牲者を出さない侵入者の最低限の礼儀ってとこかしらね」
自分自身は犠牲にはならない強い自信をにじませながら、手我波子はそう言い切った。表情は変えなかったが、その代わりほんの少しだけ口角を上げた。
「入手した見取り図から割り出した場所はここね、さて何が出るのやら」
最後の扉にカードを差し込み中に入る。
部屋の中は当然照明がついていなかったが、無数のモニターが起動状態にあり様々なものが映し出されていた。手我波子はすばやく目だけでモニターの画像を確認すると、その中の1つに自分がまさに部屋の入り口に立つ映像が映し出されているのを目視し、思わず困惑ともとれる表情をした。
「そんな、ここはセキュリティルームじゃないはず。ただの・・・」
ただの保管庫と続けようとした瞬間その言葉を部屋の奥から声が遮った
「いいえ、ここがセキュリティルームよ、手我波子さん、いえ電脳の魔術師さんと言った方がよかったかしら」
あまりの最悪な展開にさすがに手我波子はあせりを感じたが
「へぇ、私のその名を知っているなんて、あなた、誰かしら」
手我波子は自分の動揺を悟られないようにわざと余裕を見せる話し方に切り替えた。
「これは失礼いたしました。申し遅れましたが私の名前は神崎綾音と申します。藤堂正太郎様の秘書をしている者です。」
藤堂正太郎、当然手我波子はその人物を知っている。おそらく目の前にいる秘書の神崎綾音よりも。そしてその名前を聞いただけで十分だった。
「ずいぶん大がかりなおもちゃを用意してくれるのね」
神崎綾音はいくぶん目を大きく見開き、続けた。
「さすがは電脳の魔術師、もう理解されたのですね。そう、この藤堂サイバーセキュリティシステムそれ自体があなた方を歓迎する1つのディセプションそのものになっております」
「こんな大規模な企業を丸ごと罠に使うなんて遊び、今時アラブの王様でも考えつかないんじゃない?素直に負けを認めちゃおうかしら」
「何しろ正太郎様のこの1年の集大成を披露する場ですからせめてそれくらい盛大にしないと、それに古来より祭りの儀式には生け贄がつきものですから」
「さすがにそうよね。前言撤回まだ負けは認めないでおくわ」
「ありがとうございます。そうでなくては歓迎のレセプションを始められませんから。それではしばしお待ちを」
そう言うと神崎綾音は手元の機器を操作し始めた。
「正太郎様は現在始まりの地で、ある実験を行っております。それは過去の再現と呼ばれ、とても崇高なる目的のためのものです」
天井からスクリーンが降ろされそこに映像が映し出された。
ここで手我波子は一言だけ神崎綾音に語りかけた
「あなた、自分の意識は持ってるの?」
神崎綾音はその言葉には応えず映像を流し始めた。
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