第6話

手我波子は、深夜に全身黒い特注のライダースーツスーツに身を包んだ姿でバイクを走らせていた。目的地は藤堂サイバーセキュリティシステムだった。

昨晩、藤堂サイバーセキュリティシステムにクラッキングした結果、ネットワーク上の3つのディセプションつまり罠のことだが、までは突破に成功した。ちなみにハニーポットらしきものは無数に存在したが、今回彼女はあえてすべて無視した。いつもの趣向ならこのかわらしい罠にわざと引っかかった形跡を残したりするのだが、逆に今回はその余裕はなく、本気を出さざるを得なかったからだ。ここまで警戒されたシステムは過去を探ってもほとんど記憶になかった。ただしある特別な1つを除いてはだが。


そこまで本気を出したにも関わらず、結局この深夜にバイクを走らせているには訳があった。突破に成功し、会社内のあらゆるデータにアクセスできるようにはなったが、どうしても核心となる情報だけが存在しなかった。いやっ、存在する場所だけは確認出来たと言った方がこの場合は正しい。ネットワーク上では手に入れることができない、つまり侵入者に物理的な罠があると最後の警告をしているのだ。

それともう一つわかったことがある。このN地区中に監視システムが張り巡らされていたが、ほとんど使用されていなかったにも関わらず、るー達が動いた一昨日だけそのシステムが使用された痕跡が残っていた。


通常であれば、探索はここでゲームオーバーだ。サーバーに不正にアクセスするのと物理的に侵入するのとでは誰が考えてもリスクに違いがありすぎる。手我波子も通常であればここで現実に戻り、依頼人には手に入れたデータを基に適当に答えを提示するのが常だった。

しかし、他にも彼女自身が確認しなくてはならない事情もあり、今回彼女が取った行動は物理的に侵入を試みる方だった。

「我ながらバカな選択をしたものだ」

彼女はバイクを走らせながら、昨夜入手し頭に記憶した藤堂サイバーセキュリティシステムの会社内のすべてのセキュリティを一つ一つ思い返しながら、昨日のるーとの会話も思い返していた。


「それで、私に何をして欲しいの?」

「本当のことを言うとわからないの。ただ昨日のことは藤堂グループ会社の1つ藤堂サイバーセキュリティシステムが関わっているみたいなの。相手の動機も目的もいまのところお手上げ状態なんだけど、ねえねなら内部資料から何かつかめるかもって」

「あらっ、それって私にその藤堂サイバーセキュリティシステムにクラックをかけろってこと?私これでも表向きは正義のハッカーなんだけど」

手我波子はわざと少し意地悪く、るーにせまってみた。

「ねえね、ごめんなさい。他に頼る人がいなくて」

るーは、半泣きになりながら、ねえねに対して上目遣いで訴えた。

「あー、もう冗談よ。またそんなかわいい表情して。あんたほんとはずるい女なんじゃないの?正義のハッカーなんてあくまで表向きなだけだから、それにそんな清純派に見える、私?もうそんなのとっくに卒業してるから。大丈夫。あなたのお願い聞いてあげるわ」


手我波子は、るーと分かれた後、自宅に戻り、目的の藤堂サイバーセキュリティシステムへのクラックを試みることにした。

「一体何が出てくることやら」

キッチンでお気に入りの赤ワインをグラスに注ぎ、ぐびっと一口飲み、残りを片手に持ちながら自室に向かった。

自室には意外にも古い型のThinkPadのノートパソコンが1台だけが置かれていた。あたりを見回しても大型の自作PCのようなものは1台も見あたらなかった。

「それじゃあ、私仕様のかわいいりなちゃん、今日もお仕事がんばっちゃいましょう!」

彼女はワインを飲んだせいか、それとも単にこれからの行動を思ってか上機嫌だった。

りなちゃんと呼んでいるのは彼女が使用しているはOSのLinuxからとったのだろう。お気に入りのディストリビューションを使用している。

手我波子は少し酔っぱらいながら「コードF、始動」とつぶやいた。

机の上に置かれたノートパソコンがその声に反応して起動を始めた。

「それじゃあ、りなちゃん、るーを助けてあげましょう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る