1億円貰える代わりにカレーしか食べられない呪い ~カレー魔人のクエスチョン~

蟹めたる

カレー魔神のクエスチョン

 僕の名前は青井正(あおいただし)。しがない東京在住の独り暮らしのサラリーマン……だった。

 今日は僕の生活をがらりと変えた。一つの大きな出来事を教えよう……。




◆◆◆




 ある日の仕事の帰り道、僕はふとリサイクルショップへ寄った。

 最近家の押し入れから扇風機を引っ張り出したのだが壊れていたので、安値で良い扇風機を新たに買えるのではないかと思っての事だ。

 

 だが入ったリサイクルショップは、リサイクルショップと言うより骨董品店という感じの店で、電化製品は殆ど置いておらず、食器や花瓶等ばかりが置いてあった。

 期待はずれだと思い、店から出ようとしたのだが、入り口近くに置いてある一つの商品に目が止まった。


 それは古びたランプのような形をした……『カレーを注ぐアレ』だった。正式名称は知らないが、インドカレー屋とかで見る『カレーを注ぐアレ』だ。まぁ、カレー屋で見るのとはほんの少し違って蓋がついているのだが。


 僕は昔からカレーが大好物で、週に4日はカレーを食べている人間だったので。別に使う予定とかは全く無いが何となく欲しくなった。裏にはられた価格シールには300円と激安な値段が書かれており、丹念に磨けば使えそうだったので買うことにした。正直要らない物だったが衝動買いという奴だ。



 マンションの自分の部屋についた僕は、仕事の鞄を放り出し、ビニール袋からカレーを注ぐアレを取り出した。


「……よく見ると、きれいな装飾がついてるじゃないか」


 カレーを注ぐアレは銀製な様だがすっかり酸化してしまい真っ黒だった。緑色の錆びも沢山こびりついていた。とてもじゃないがそのままでは使えない。

 だが、よくよく見てみると美しい孔雀と雄々しい牛の精巧で芸術的なレリーフが入っており、裏には作者の名らしきサインも掘られていた。


「もしかして、高いものだったりして……んなわけないか。やっぱり汚ないし……」


 独り言を呟きながら僕は台所へ行くと、要らないフキンを取りだし、換気扇の錆び取りクリームを引っ張り出した。

 リビングに戻り、机の上に新聞紙をひいてカレーを注ぐアレのせると、フキンに錆び取りクリームをつけて磨き出した。




 ふき。ふき。ふき。




 三回こすった瞬間。カレーを注ぐアレから黄色の煙が吹き出した。


「うわ!!! なんだっ!?」


 僕は驚いて飛び退いて転んだ。カレーを注ぐアレからはブシューーーーッと煙が吹き出し続け、おさまる気配がない。

 黄色の煙は空中に留まり渦巻き始めた。そして部屋一杯に濃厚なスパイシーな香りが漂い始めた。カレーの臭いだ。


 僕は状況が飲み込めず、尻餅をつきながら後ずさる。ポケットからハンカチを取り出して鼻と口を押さえる。


「ごほっ、ごほっ。これは、ラム肉の、ラム肉のグリーンカレーの臭いだ!!」


 僕はやっとの思いで立ち上がり、台所へと駆け込むと、ボール一杯に水を入れた。気が動転していて火事と同じようにカレーを入れるアレに水をぶっかけようと思ったのだ。

 だが、リビングに戻った僕は驚愕のあまり、ボールを落としてしまった。バシャアンと水が地面に飛散する。



 そこには腕を組んだ、3メートルほどの巨大な魔人が浮かんでいた。



 人間とは思えないまっ黄色の肌で、ターバンを巻いている。孔雀と牛がかかれた豪華なチョッキを着ている。そして、腹から下の体は無く、煙となってカレーを注ぐアレと繋がっていた。


「え、え、え……もしかしてランプの魔人……ですか……?」


 僕はむせるような濃いカレーの臭いの中、頭を混乱させながら、そう呟いた。なぜなら、そうとしか思えない見た目をしていたからだ。


 驚く魔人はニヤリと笑いながら、僕を見下ろして首を振った。


「少し違う。我はクレイビーボートの魔人……スパイスィーである!!」

「く、クレイビー……?クレイビー何の魔人ですって?」

「クレイビーボートの魔人である」

「クレイビーボート……」


 僕と魔人の間に暫しの沈黙が流れる。クレイビーボートとは何かサッパリ分からない。


「す、少し待って下さい……」


 僕は、手元のスマホを操作して、クレイビーボートとは何かを調べる。画像欄に『カレーを注ぐアレ』の画像がずらりと並んでいるのを見て僕はクレイビーボートとは何かを悟った。そう、カレーを注ぐアレの正式名称はクレイビーボートという名前だったのだ。


「……もうよい、我はカレーの魔人、スパイスィーである」


 僕が調べている間に、クレイビーボートの魔人はしびれを切らし、カレーの魔人と肩書きを改めてしまった。少し気まずい。彼の気遣いを無駄にする訳にもいかないので、僕も彼をカレーの魔人スパイスィーとして呼ぶことにした。


「そ、それでスパイスィーさんは、えっと、どうして現れたのですか……? もしかしてあの、おとぎ話の伝説みたいに、願いを叶えてくれたり、するんですか……?」


 スパイスィーは顎の髭を撫でながらニヤリと嗤った。悪い顔をしている。どうやらアラジンのランプとは違う様だ。


「我は魔人であるが、悪魔でもある存在。我が支配するは『富』と『カレー』。我と取引を行えば、貴様には代償を払ってもらう事となる」

「代償……?」

「願いの力は呪いの力。望むものと同じだけ魂には代償が必要なのだよ……」


 魔人は再び腕を組む。


「我の問いかけは二つだ! 一つは、莫大な金……1億円を手にする代わりに貴様は一生カレーしか食べることが出来なくなる事! 二つ目は宇宙1美味しい最高のカレーを食べられる代わりに1億円を失う……さぁ、どうする?」



 僕は立ちすくみながら、頭を回転させる。僕は今夢を見ているのだろうか。いやそんなはずはない。あまりにもリアルすぎる。だが取引も謎過ぎる。だいたい富とカレーを支配する魔人って何なんだ。富を支配するのは悪魔っぽいけど、カレーを支配って何か意味あるのか!?

 落ち着け、僕! 今はそんなことを考えている場合ではない。スパイスィーの問いかけに全神経を集中させるんだ。




 1億円貰える代わりにカレーしか食べられない呪いを受けるのか? それがカレー魔人のクエスチョンなのだ。……二つ目の願いは論外なので無視だ。




「貴様が答え次第、我は消える。この願いの取り消しはできないし、逆に後からやりたいと思っても我は現れない。今だけのチャンスだ。答えるが良い」


 魔人がせかしてくる。だが、そんな簡単に答えを出せる問題ではない。人生がかかった問いかけだ。まさか、こんなことが起こるなんて思ってもみなかった。

 大きく深呼吸をして、心を落ち着かせる。いくらカレーが好きだからと言って、やるなどと軽々しくは答えられない。


「カレーの魔人さん、いくつか、質問して良いですか?」

「いいだろう。我の名はスパイスィーだ。呼び捨てで構わんぞ」


 僕はいくつか頭に浮かんだ疑問をスパイスィーに投げかけることにした。


「あの、もしカレー以外を食べたらどうなるんですか……?」

「猛烈な吐き気に襲われる事になる。飲み物も水だけだ。カレーに最も合うのは水だからな」

「えと、カレーってどこまでがカレーですか?」

「カレーはカレーだ。私がカレーだと思う物はカレーだ」

「なんか、アバウトですね……」

「ふん。我はカレーの魔人なるぞ。誰にも文句は言わせぬ」


 僕は考え込む。この魔人の話は適当すぎる。もし『インドカレー以外はカレーと認めませーん!』とか『カレーにはナン以外認めませーん!』などと言われたら大変だ、慎重に聞いて正解だった。


「インドカレーはカレーですか?」

「うむ。インドカレーはカレーである!」

「日本のカレーライスは、カレーですか?」

「うむ。カレーライスはカレーである!」

「レトルトカレーとか、カレーメシとかは……?」

「無論カレーである!!」


 良かった。この魔人のカレーへの認識はとても広い様だ。突っ込んで聞いてみよう。


「ドライカレーは?」

「カレーである!」

「カレーうどんは?」

「カレーである!」


 うわ。この魔人、かなり許容範囲が広いぞ。これなら、カレー大好きな僕なら一生カレーしか食べれないと言われても、余裕な気がしてきたぞ。


「カレーラーメンは?」

「カレーである!」

「カレーパンは?」

「カレーである!」

「うまい棒チキンカレー味は?」

「カレーである!」


 いける、いけるぞ!これなら簡単だぞ!!ちょっと攻めてみよう!


「カレー風味のポトフは?」

「カレーである!」

「ポテトチップカレーコンソメ味は?」

「カレーである!」


 おー。これはもう楽勝だ。もはやカレーとついていれば何でもありだ。もう少しだけ深く聞いてみよう。


「ハヤシライスは?」

「カレーではない!」

「ビーフシチューは?」

「カレーではない!」

「肉じゃがは?」

「カレーではない!」


 流石にダメか……カレーじゃないよな……うん。


「一つ聞こう、愚かな者よ。なぜ肉じゃががカレーかを聞いたのだ? ハヤシライスとビーフシチューは分からんでも無いが肉じゃがは違いすぎるだろう」

「具材が同じなので、ワンチャンありかなと思いまして……」

「カレーの味が重要なのだ!」


 そうか、流石にカレーは味が重要なのか……


「じゃあ、カレー味のうんk」

「それ以上言うとぶっ殺すぞ小僧!! 我はカレーの魔人だぞ! カレー味のうん……など口にするなぶっ殺すぞ!! ぶっ殺すぞ!!!」


 カレーの魔人を前にして言ってはいけない事だったらしい。魔人は語彙力が欠如するくらい怒っている。


「……よいか!? カレーはスパイスこそが命なのだ。スパイスの効いてない料理は、カレーとは認められぬわ!料理ではないなら当然カレーではない!」


 スパイスィーは口ひげを摘まみながら大きく息を吐き出した。ものすごいカレー臭だ。


「しかし、肉じゃが、ハヤシライス、ビーフシチューか……ううむ……」


 どうやらカレー味のアレの話は聞かなかった事にして、話を戻すらしい。


「スパイスが重要とは言ったものの、貴様の言うことも一理あるかもしれぬ。カレーにおいて具材も重要なのは確かだ」

「え、という事は?」


期待を込めた僕の期待とは裏腹に、スパイスィーは眉間に険しいシワを刻みながら皮肉風に嗤い、僕に顔を近づけた。


「残念だが、貴様の期待とは逆だ。具材が一切カレーでない物はカレーと認めないことにした。許すのはカレーライスとナンのカレーだけとしよう」

「え!?」


そんな! あんまりだ! それでは僕の構想と違ってくる。


「という事は、カレーうどんも、カレーパンも、カレーラーメンも、うまい棒チキンカレー味も食べられないって事ですか!?」

「むしろ、うまい棒チキンカレー味をOKとする我の方がどうかしてたわ」


話が違う! こんなん難しさが3倍位は違ってくるぞ!! ん、3倍難しさが違う……? 3倍……。


「スパイスィー! それだと難易度が段違いに違う。最初の3倍くらい難しい!」

「だからどうした?」

「だから金額も3倍です! つまり3億! 貰える金額を3億円に増やしてください!! それで同等な筈です!」

「…………」


カレーの魔人スパイスィーは「マジかこいつ……」という目で僕を睨んできた。だが僕も引くわけにはいかない! 3億がほしいからだ!

1億では、一生遊んで暮らすという訳にはいかないが、3億ならいけるからだ。カレーを食べながら優雅に暮らすのだ!


「まぁ、いいだろう。我にとっては1億も3億も変わらぬ。認めよう」

「乗ったッ!! その取引に乗った!!」


僕は勢いよく叫ぶ。魔人がビクリと驚く。


「よいのか? カレーライスとナンしか食えぬのだぞ、一生。本当によいのだな?」

「当然ッ! 僕は今でも週四でカレーを食べているカレージャンキー! 3億貰えるのなら何も文句は無いッ!!」


 「ムハハハハ!」と魔人は大きく笑うと僕に向けて人差し指をビシッと向けて来た。

 同時に辺り一面のカレー煙がぐるぐると渦巻き始め、バチバチと小さな稲妻が走り始める。

 魔人の目が黄色の輝きを放ち始めながら、僕に向けた指先に光の弾が形成される!



「カレーで華麗に、グッドラック!!」


(カレーにカレーでグッドラック?)



 変な呪文だと考える間もなく、その瞬間僕の体に電撃が流れた。


「あばばばばばばばばばば!あばぁーっ!!」


 僕は煙を出しながら倒れ、気を失った。






 再び目を覚ました時には、そこには何もおらず、カレーの魔人は跡形もなく消え去っていた。だが夢ではない……強いカレーの臭いだけは残っていてカーテンやソファーに染み付いているのがそれを語っていた。


 そして、一番の違いはカレーを入れるアレ『クレイビーボート』だ。

 クレイビーボートの中に、巨大なダイヤやルビーやエメラルドが入っていた。そして再びクレイビーボートを磨いても魔人は出現しなかった。



 後日、宝石を売ると、合計丁度3億円で売ることができた。あの願いは本当に叶ったのだ。


 つまり、呪いも本物だった。僕はカレーしか食べられない体になっていた。



 こうして僕は、大金持ちとなったのだ。




◆◆◆




 それが、今から50年前の出来事だ。


 あれから色々なことがあった。会社を辞めて豪遊しようとしたが、そうはいかなかった

 遊ぶにしても酒も飲めないし、カレーしか食べれないしで楽しむことは出来なかった。

 旅行もカレーしか食べれない事からインドしか行けなかった。国内で旅行するにもカレーメシばかりを食べていた。


 その上、自身の食べるカレーを研究している内に、カレーの心理にたどり着き、カレーチェーン店の社長になった。

 そして金はどんどん増えていった。結局殆ど使う事はなかった。


 妻にも迷惑をかけた。なにせカレーしか食べれないのだから。

 一緒にカレーしか食べれない人間を探すのは大変だったが、インド人で様々なカレーを作れる妻に出会えたのは本当に幸運だった。


 そんな妻にも先立たれ、自身も病気になってもう長くない。地位も名誉も手にいれた僕が思い残すことはだた一つだけ。

 あの時、魔人が言った二つ目の願い『1億円する宇宙1美味しいカレー』を食べていない事だ。


 カレーを極めた僕にとって、それだけがどうしても気になってしかたがなかった。

 死に貧してもカレーの事ばかり考えている僕は、僕自身に苦笑した。



 僕はキュキュキュと、クレイビーボートを擦るが何も反応しない。



 僕は病室で虚空を眺める。傍らにある点滴のチューブから直接、カレーが血管に流し込まれている。


 いつからだっただろうか、僕がカレーを食べるのではなく、カレーに食べられるようになったのは……


 そう。病気と言うのはカレー化の事だ。もはや僕自身がカレーになるのも時間の問題だったのだ。既に僕の血液はカレーとなってしまった。

 血液だけではない、涙も唾液も汗もなにもかもカレーになってしまったのだ。


 カレーしか食べられない呪いとは、つまり魂をカレーに明け渡す呪いだったのだ。


 カレーの魔人、いやカレーの悪魔は僕の魂をカレーへと引きずり込み、カレーとして煮込み、カレーにしたのだ。

 つまり、魂とはカレーだったのだ。




「そうか……そうか! 今、分かった……! 全ては、カレーだったんだ!!」




 僕はそこで思い違いに気づいた。気づいてしまったのだ。


 魂も肉体もカレーだった。つまり全ての生き物、いや全ての物質はカレーだったのだと!


 そしてこの宇宙はカレーだったのだ! カレーとは様々なスパイスと共に煮込まれたもの!

 この銀河は大きな鍋! 星は具材! 地球はスパイスだったのだ!!



 即ち、宇宙一のカレーとは、この宇宙そのものだったのだ!!



 つまり、もし、あの時、宇宙一のカレーを頼んでいれば、宇宙をこの手にすることが出来たのだ……『神』に僕はなれたのだ



「アハハハハ!!!アハハハハハハハハッハハハハハハハッ!! カレー! カレーーー!!!!」



 その残酷な真実に気づいてしまった僕は狂わずにはいられなかった。



「アハハハハッ!!ゴホッ……!!アハハハハッ、ガハッガハッ!!グホッ!!…………ゲホッ」



 世界の心理に気づいた僕は肉体と脳が限界を迎え、辺り一面にカレーを撒き散らし、息を引き取った。

 最後にベッドの隅に小さく『カレー』とダイイングメッセージを残したが、誰も真相に気づいてはくれなかった。




 その後、僕、青井正は、娘夫婦に引き取られ火葬に伏された。

 火葬場で火にかけられた僕は、ホカホカな鍋一杯のカレーになった。


 そして、そのまま墓に流し込まれ固められた。


 だが、それもまたいいだろう。この世はカレーなのだ。この宇宙と言う名のカレーの中に戻るだけなのだ、そう、母なるカレーの中に、帰るだけなのだ…………




◆◆◆




「何言ってんだコイツ……」


 一連を天空から見ていたカレーの魔人スパイスィーはそう小さく呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

1億円貰える代わりにカレーしか食べられない呪い ~カレー魔人のクエスチョン~ 蟹めたる @urumokarumo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ