第5話 誰?
2回生のカリキュラムにも慣れ梅雨の時期に差し掛かったこともあり今日も雨が降っていた。
俺は雨模様を講義をそこそこに聞きながらボーっと見ていた。
「雨って見てるとなんか落ち着かない?心が洗われるみたいな。」
誰に言うわけでもなくボソッと呟いた。
(はぁ……末期だな。)
別に雨に思い入れなどはない。でもアイツを初めてまともに視たのはこんな雨の日だった。
脳というのは難儀なもので印象に残っていることを関連付けで覚えるということが往々にしてある。
元カノと行ったところに行くと元カノのことを不意に思い出してしまうとかそういう感じのことだ。
(まだ忘れられないんだな……)
呟いた言葉は元々俺が言ったものではなく聞いた言葉だ。その時の彼女の儚くもはにかんだ笑顔を見て恋をした。
いや………落ちた………か。
誰が言ったかは知らんが恋はするものではなく落ちるものらしい。
(なら俺は底のない恋に今だに落ち続けてるのか……)
行き場を失った恋が俺の中に今だに居座っている。もしこれが最悪という形でも終わらせることができていれば忘れることができたのだろうか?
………考えることがアホらしくなり講義に集中することにした。
しばらくすると机の上に置いておいたスマホがlineの通知を知らせるグラデーションが光っていた。
『今日晩メシ食いにいこうぜ』
送り主はアツシのようで晩メシのお誘いだった。
「ムリ!金がない」
自分の意志と現状を端的に打ち込んだ。給料日が来週なのでそれまでは自炊で過ごそうと食材を買い込んでしまったため金欠状態だ。
貧乏学生は外食なんてリッチなことはなかなか出来ないのだよ!
『臨時収入あったから奢るぞ』
「行く」
ただメシが食えるなら是非もなし!喰いまくってやる!
『2000円までな』
…………離れていても俺の心の声は聞こえるらしい。
「わかった」
『今日は何限まで?』
「これで終わり」
『終わったらカフェテリアまで来て』
「了解」
一通りのやり取りを終えると再び講義に集中した。
講義が終わり目的地に着くとアツシを探………さなくてもあの女子が集まっている中心にいることくらいは簡単に想像できた。
一応周囲を見てみたが見つかるはずもなかった。
(あの中に行かないといけないのか……帰ろかな……)
あの中に飛び込んで行った時点で面倒なことになるのは目に見えている。ただメシは惜しいが面倒事はごめんだ。
断りのlineを入れ帰路に着くとアツシからの返事が返ってきた。
『今来たら500円追加するぞ』
足が止まった。
回れ右した。
再び女子の集団と対峙する。
しかし前回と違い一歩、また一歩と距離を縮めていく。楽しそうにお喋りしている集団にたどり着くと一言、通してくれと言うと両サイドに分かれ真ん中に道ができた。
顔には出さずに心で叫んだ。
(…………俺はモーゼか!!)
あれほど騒いでいた女子が黙り込んだ代わりに雨音がよく聞こえる中、できた道の先にあるゴールに向けて歩みだした。
木の丸テーブルを囲うように4脚の椅子が据えられていたが内3脚には先客がいた。
「お疲れ。」
「お疲れ。」
アツシの
「リカもいたのか。それと……」
このイケメン誰だっけ?何度か実験グループで一緒になったことはあるが名前が思い出せない。
(確か……なんとかトウだったような……)
「俺の名前忘れたのか?」
一瞬の間というものは怖いもので俺が思い出せていないことに気付かれてしまった。
「もちろん覚えているぞ、サトウ。」
「違う!俺はイトウだ!」
どうやら間違えたらしい。まぁ間違えたところで絡む機会などほぼないのでどうでもいい。
そんなやり取りをアツシは笑いを噛み殺して見つめリカは我関せずとばかりにつまらなそうにしていた。
「最近のカイジ君は大学にも来るのか。」
「名前なんて一文字も合ってねぇよ!ついでにギャンブラーでもねぇわ!」
俺のボケを的確に拾ってくれたイトウに思わず拍手してしまった。
「イトウはきっといいツッコミになる。どうだ俺とMー1でないか?」
「もし出ることあってもテメーとだけは出ねーよ。」
残念、振られてしまった。
それよりも周りの女子の視線が痛い。そんな目で見ないでほしい。俺呼ばれたからきただけだよ?
まぁ、気持ちは解らんでもない。なんせイケメン二人に美女に……珍獣?というなんともミスマッチな組み合わせなのだから。
さっきまであれほど騒いでいた集団は俺がテーブルに着いたことで無言になり視線は俺を注視している。
だが俺にはどうしようもないので今は無視させてもらう。
「ところでなぜリカと…サトウがいる?二人も一緒に行くのか?」
アツシだけだと思っていたのでこの二人がいるのが予想外だったためだ。
「サトウはお前に用があるみたいだぞ。リカは付いてきただけ。あと晩メシは二人で行くぞ。」
「あいよ。」
的確に答えてくれたアツシに適当な返事を返し用があるというサトウを見るとプルプルと震えていた。
リカに関しては触れない。俺がケガをする未来しか見えないからだ。
「用ってなんだイトウ。」
「そこは間違えるかトイレかの二択だろ!」
「定番のやり取りにも飽きてきたしな。そろそろ違ったきり口を模索してもいいと思ってやったんだが。やり直した方がいいか?」
「俺、お前のこと嫌いだ。」
「奇遇だな。俺もだ。」
俺とイトウの鋭い視線が交差すると一気に場の緊張感が増し静寂が支配した。
周囲の女子が固唾を飲んで見守るなか緊張と静寂をリカが切り裂いた。
「茶番はそれくらいにしたら。」
「冗談なら後にしてくれ。」
イトウから視線を外しリカを睨み付けた。
「殺すわよ。」
「ごめんなさい!ただのジョークですよ!」
俺が視線に込めた殺気の100倍で返され即白旗を揚げた。
「リカもその殺気さっさと引っ込めろ。周りが引いてるぞ。」
見てみろ、イトウなんて生まれたての小鹿みたいに震えてるじゃないか。
……俺?いつも通りでむしろ安心したくらいですよ!
それよりも………
「気持ち悪い顔になってるぞ。」
俺とイトウを見てニヤニヤしているアツシを
「な。こいつ面白いだろ?」
俺を無視してイトウに喋りかけた。
「お~い。アツシ君、俺のことはムシですか?」
「ワルい。でも二人とも全然本気じゃなかったろ?」
「そうね。」
リカが追従するように首肯した。
これがこの二人のスゴいところだ。空気を読むだけなら俺にだってできる。でももっと根本的な部分を読むことはできない。対して二人はそれができてしまう。
俺とイトウが険悪な雰囲気を出してはいたがおれ自身に関してはそうでもなかった。アツシとリカがああ言っているところを見るとイトウも同じだったのだろう。
まぁ、イケメン死すべき!くらいは思ってもバチは当たらないだろう。
「大丈夫か?」
今だに放心状態のイトウが心配になり声をかけた。
「あ、ああ……もう大丈夫だ。意識が飛びそうになっただけだ。」
「気を付けろよ。リカは覇王色の覇気を使えるからな。」
「そういうことか……」
「納得するな!現実に帰ってこい!」
本来ツッコミであるはずのイトウがまさかスルーするとは思わずツッコんでしまった。こいつとコンビを組むのは難しそうだ。
「それで用ってなんだ?」
「ああ、この前は助かった。ありがとう。」
………ありがとう?蟻が10匹?何の話だ?
言っている意味がわからず不思議な顔になる。
「な。リョウはそんなこと気にしてないって言ったろ。」
「マジでかよ……」
俺を置き去りにしてアツシとイトウが話し始めた。
「で、なんの話なの?」
このままでは埒があかないと思いイトウに詳細を聞くことにした。
「先週の実習実験あっただろ?」
「それが?」
「まだわかんねぇのかよ……」
そんないちいち頭抱えないで!俺が悪いことしてるみたいになってるから!
「俺のミスで再実験くらいそうになってただろ?」
その事を聞いて俺はようやく合点がいった。
先週俺たちのやった実験は少々面倒なもので実験から得た数値を計算し更に実験を繰り返すというものだった。
俺たちのグループリーダーが自然とイトウに決まり彼を中心に実習を行ったが彼が途中で計算ミスをしてしまったが誰も気付かず規定値を大きくズレてしまった。
結果、補習期間に再実験という流れになってしまいその場の雰囲気は最悪なものとなった。
でも彼に全ての非があるわけではない。彼に任せきりにしてしまったグループ全体にこそ非はあった。
そして彼が謝礼した理由がここにある。
俺はしがない貧乏学生のため補習期間からかなりのバイトをいれるつもりでいた。だから再実験で1日潰されることを避けるために教授に今から再実験させてくれるよう頼んでみると制限時間付きながらも認めてもらうことができた。
「今からもう一度実験できるようになったがこの後予定あるやついるか?」
グループ実習のため一人でも欠けると認められないため確認をとる必要があったがどうやら本日は誰も予定がないらしい。
寂しすぎるよ!みんなもっと学生生活楽しんで!
ただここで問題が発生した。誰がこの場をまとめるのか、だ。
(まぁ、こんな状況じゃやりたがる奴なんて居んわな)
だがこれは予定通りの流れだ。
「それじゃそこの二人は実験器具の再調整してくれ。君は記録係。俺とイトウが二人で計算してミスの無いようにする。最後に君は三人のサポートをしてくれ。」
全員動きが止まっている。
「何か問題でもあったか?」
全員首を横に振る。
「よし!なら前回より早く終わらせるぞ。おかしいと思ったらすぐに言え。」
全員が首を縦に振る。
誰も喋ってくれない……なんか悲しくなってきた。
それからは
そして俺は直ぐに帰っていった。
………バイトに遅れちゃう!!
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