第6話 before・after
「直ぐに帰るから礼も言えなかったからな。」
(律儀なやつだな。)
まぁ、イケメンの割には好感はもてるな。
そう思いながら俺は右手の掌を上に向けイトウに突きだした。
「なんだ?」
「感謝するなら金をくれ!」
「お前清々しいくらいクズだな!」
「貧乏なめんな!」
ホントにお金がないって切実なんです!
「お前らホントは仲良しだろ?」
「「よくない!!」」
ハモってしまった。恥ずかしい……
「もう用ってこれで終わりだろ?もういこうぜ。」
ここにいると逆に疲れる。それにそろそろ周囲の視線が殺意に変わりそうだ。
アツシに提案するがなぜか明後日の方向の返答が返ってきた。
「リョウってなんで彼女いないの?」
………アツシはとうとう気でも触れたかな?いきなり何ブッコんできてんの!?
「なぁイトウ、俺って今ケンカ売られた?」
「俺もそう思った。」
なるほど…俺だけ耳がおかしいくなったと思っていたがどうやらちがったらしい。
「ちょっと表でろ。人前に出れない顔にしてやる。」
天才整形外科医の腕の見せ所だ!
「真面目な話だよ。」
残念……真面目な話らしい。
ならば真面目に答えようではないか!
「まずイケメンではない。次にセンスがない。金もない。ついでに性格もワルい。交遊関係も狭い。なんの取り柄もない。まだまだあるがいいとこ探す方が難しいぞ。」
そして周囲の女性陣に目を向ける。
「俺と付き合ってもいいもしくは好感がもてると思ってる奇特な人いたら手を上げてくれ。」
………ほら、だれもいない。
「これが現実だよ。」
別になんてことない
自分の現状をきちんと理解していればなんとも思わない。逆に自分の認識と周囲からの認識に齟齬が生じれば期待したり期待されたりしてしまう。
だからこんな結果になったところで当然だとすんなり受け入れることができる。なぜなら俺の認識と周囲からの認識が一致しているのだから。
それでもまだアツシは納得してないらしい。
「全部嘘だろ?」
「事実だろ?」
ほら、俺とアツシの認識の違いで押し問答が始まった。
俺だって人には期待するがそれは俺が勝手にしたことで期待された側からしたら嬉しいことでもあるだろうが迷惑になることだってあるだろう。
先のイトウがそうであったように彼に任せたのではなく押し付けたと言った方がむしろしっくりくる。
アツシとの押し問答がしばらく続けているとリカが動いた。
「リョウ、メガネ外して髪をあげてちょうだい。」
「……なぜ?」
「他のことなら
「いやだ。」
「どうして?」
「晒し者になるのはゴメンだからだよ。」
「そうはならないって言っても?」
こいつが何をさせたいのか意味がわからない。
確かに普段はメガネをしているが体を動かすときはコンタクトに換えているし髪もヘアバンドで上げているので素顔を見たことはある。
「やってくれたら今度焼き肉ご馳走するわよ?」
リカがとんでもないパワーワードブッコんできた。俺のなかの天秤がグラグラと揺れる。
肉……晒し者……肉……晒し者……
本格的に頭を抱えて悩みだした俺を見ていたイトウが聞いてきた。
「お前ってなんでそんなに金ないんだ?親から仕送りだって貰ってるだろ?」
(うるさいな…こっちは今それどころじゃないんだよ。)
「離婚して片親なんだよ。」
「スマン。」
「円満離婚らしいし俺は親父の顔も覚えてないから気にするな。」
イトウがやっちまったみたいな顔をする。
(そんな顔するくらいなら聞かなきゃいいのに。)
気持ちも解らんでもないがパーソナルな部分に立ち入るならそれなりの覚悟は持っていてもらいたい。
(仕方ない。少しフォローしてやろう。)
再び右手の掌を上に向けイトウに突きだした。
「同情するなら金をくれ!」
「今度俺もメシでもおごってやるよ。」
「嬉しいけど俺のボケを殺すな!」
……今度からお腹すいたらイトウに
「わたしのペットに勝手に餌付けしないで。」
「俺はテメーのペットじゃねーよ!」
「どうせ彼に集ろうとか考えてるんでしょ?」
(リカさんいっちゃダメ!)
俺を虐めるのがそんなに楽しいのかと恨めしくリカを睨む。それに俺の心が読めるなら今だってわかっているはずだ。
(楽しそうですね。)
「楽しいわよ♪それでどうするの?」
ほら、俺が喋りもしてないのに会話が成立してしまう。
すこぶる楽しそうな笑顔で問いかけてきた。嫌なものは嫌だが今はそれ以上に何か裏があるんじゃないかと余計な勘繰りまでしてしまっている。
「何を企んでる?」
「あなたの認識を少し正そうと思っただけよ。それともその不細工な顔晒すのはやっぱり恥ずかしい?」
煽るような言葉を口にするリカはあまり見たことがなかった。これには驚いたがそれ以上に若干の怒気が含まれていることの方に驚かされた。
「お前がそこまで言う理由がわからない。」
「あなたの認識を少し正そうとしているだけよ。」
黙ってはいたがどうやらリカも納得はいっていないらしい。
「もうわかったよ。ちゃんと肉食わせろよ。」
俺は降参の意思を示すためにハンズアップの姿勢をとった。
「髪はどうしたらいい?纏められる物持ってないか?」
メガネは外すだけでいいが問題は髪の方だ。今日は纏める必要がなかったのでそういった物を持ってきていない。
「俺のワックス使って整えてやるよ。」
流石のイケメンアツシさん。こういったアイテムを常に持ち歩いているようだ。
「それじゃ、とっとと終わらせるか。」
メガネを外しアツシにやってくれと姿勢をただしてアツシに向き直す。
「俺も手伝うわ。」
イケメン2号イトウが参戦を表明した。
「なんでもいいがさっさとしてくれ。」
結果が分かっているモノほどシラケるものはない。俺ごときがどんなに着飾ったところで精々並がいいところだ。
だから外見に時間を費やすより内面に時間を費やした方が現実的だと考えていた。
メガネを外し顔の輪郭がはっきりとわかるようになると周りの視線が困惑していることが感じられた。
気になったので視線の先を見ようとするがボヤけてしまってよく見えないので目を細めた。
するとあちこちから小さな悲鳴があがった。
「そんな殺し屋みたいな顔するなよ……」
「どういうことだ?」
「だからなんで睨んでんのかってこと!」
「そんなつもりはないぞ。ボヤけて見にくいから目は細めたが……」
(え~、それで殺し屋って酷くない?)
「なぁ、お前の顔って……いや、全体的に……何だこれ?何て言ったらいいんだ?」
イトウが知らない間にパニックを起こしていた。
「はいはい、ブサメンで申し訳ありませんね。お前らと比べたら大抵の男はこんなもんですから。」
「いやいや、好みは別れそうだけど普通にカッコいいぞ?」
「……俺の行ってる眼科今度紹介してやるよ。」
「俺の目は悪くなってねぇよ!」
久々のツッコミにちょっと安心してしまった。
「こいつ脱ぐともっとスゴいぞ。」
「おい!語弊のあるような言い方はやめろ!」
見てみろ。一部の女子がキャーキャー言い出したではないか!俺は異性愛者だ!
「リョウって今体脂肪率どれくらいだ?」
最近のアツシさんは俺の言葉を無視するのがブームなのかな?
「あ~…12~13てとこじゃないか?高校の時は10切ってたがな。」
「えっ!?マジで!?」
「この腹筋見てみろよ。」
アツシが無造作に俺のシャツをたくしあげる。
「マジかよ……お前何者なんだよ……」
「全身見たら男でも惚れるぞ?マジで芸術みたいな逆三角形でムダな肉がホンットない!」
熱く語りだしたアツシに羨望の眼差しを向けるイトウ、それを受けて頬が引きつる俺というカオスな状況が出来上がった。ついでに女子の視線が血走っている気がする。
逃げないと何か大切なものを失ってしまう。でも逃げ場などどこにもない。俺を中心にガッチリと包囲網が形成された。
「あなたたち目的を忘れてるわよ。」
リカさんマジ女神!
リカの言葉を受けて全員の目に理性の色が戻った。
「今度うちのサークル来いよ。そしたらリョウの肉体美みれるぞ。」
「何があっても絶対行く!」
アツシの言葉にイトウが不退転の決意を示した。
(俺の貞操は大丈夫だろうか……)
一悶着はあったがやっと始まった特殊……ではなく俺のメイクアップ。
プロデュースはイケメンコンビ!!
ここで始めると思ったがシャワー室に強制連行されてしまった。出来上がりはお楽しみということらしい。
「……脱がんぞ。」
「チッ!!」
(アツシさ~ん!この人今舌打ちしましたよ!)
もうイトウが同性愛者に見えていろいろ怖い!
「まぁ、お楽しみは今度にとっとけ♪」
「なに楽しむつもりなの!?」
「あんまり待たせるのも悪いし早速始めますか。」
「お願いだから俺の安全だけは保証して!!」
こんな二人でもモデルという仕事柄だろうかやり始めると顔つきが真剣なものとなりテキパキと頭がリフォームされていく。
「できた……」
「俺じゃない……」
何て言えばいいのだろうか……ボサボサで好き勝手な方に向いていた髪が二人の手によって方向性と秩序を持たせたつつ遊びと称したハネもある。
(何じゃこれ!?)
「マジでこれで行くの?」
「不満なのは分かるぞ。リョウは短髪の方が似合うからな。」
「まぁ、坊主の方がいろいろと楽だしなぁ。」
「そこまでしなくていいわ!はぁ……今度ファッション誌見せてやるよ。」
「分からんが分かった。」
それから再びカフェテリアに向かっている最中は魔王を倒しに行く某ゲームのようにアツシ、イトウ、俺の順に歩いていた。すると出会う女子の目がハート、ハート、困惑という面白い現象を何度も見ることができた。
勇者、戦士、モンスターじゃ魔王は倒せんよ!せめて僧侶くらい入れて回復役作らないとね!
でもこれが終わればただメシにありつけると思うと先程よりも足取りは軽いというものだ。何なら鼻歌でも歌おうか?
………なんて考えている時期が俺にもありました。
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