第3話 覗きと冤罪

 キョトンとしているマキさんと呆然とする俺。


 そりゃそうだ。何せマキさんは今下着しか身に付けていない。


 そして永遠と称しても差し支えのない時が再び動き出すとマキさんは顔だけでなく全身を真っ赤にさせていった。


 なんでマキさんがいるの!?どうやって入ったの!?つーか!なんで下着だけなの!?


 答えのでない疑問だけが湯水のように溢れ出してくる。

 そこで一抹の……ではなく多いな不安が俺の頭をよぎる。



 俺って今覗きの現行犯じゃね?



 置かれている状況を理解していくにつれて比例するように血の気が引いていくのが自分でも手に取るようにわかった。


 そんな中で先に行動を起こしたのはマキさんの方だった。

 無言のまま俺に近づき入り口で今だに呆然としている俺の腕をつかんで強引に部室に引っ張りこみガチャリと鍵をかけた。


 ひっぱたかれると思っていた俺はマキさんの理解できない行動により更に思考が追い付かなくなる。


「………見た?」

「いやいやいや!現在進行形で見えてますよ!」


 ラッキースケベなんて味わったことのない者が幻想を抱くもので実際に味わってみると気まずいことこの上ない。


 慌てて思いきり目をつむったにも関わらず脳裏に刻まれた下着姿のマキさんが瞼に鮮明に写し出された。


 女性の下着姿はなぜこんなに破壊力があるのかという脳内会議が急遽開催された。


 もしこれが同じ色、形状の水着なら男性側もこれ程狼狽えたりはしないだろう。布面積もさしたる差は見受けられない。

 ではなぜこれ程うろたえる必要がある?



 ……………わからん。



 これにて脳内会議は閉会!


 わからんものを理解しようとするからこれ程うろたえてしまうんだ。

 だいたいこんなとこにいるマキさんがおかしい。そう考えると自分に非があるように思うこと自体がバカバカしくおもえてきた。


 悪いことなどなにもしていない。そうこれは冤罪だ。


 己の保身のためだけに導きだした屁理屈だらけの答えでもこんな状況になればすがるものが欲しいと心が訴えかけてきた。


「どうしてマキさんがいるんですか?」


 多少の落ち着きを取り戻した俺が現状を打破すべくマキさんに問いかけた。


「今日はサークルの日だから。」


 なるほど……ッてか、それしかないでしょうね。


 うちのサークルは交流を目的としていることもあり近隣の女子大との合同サークルとなっている。マキさんは女子大に通っている1学年上の中々の美人さんだ。


 言い方は悪いがリカの下位互換という感じが否めないがリカのように近寄りがたい雰囲気はなく誰に対してもフレンドリーでとても話しやすい。


 あと……ハーフアップにメガネのコラボをしてくれているところがいい!組み合わせは自己採点で最強です!


 はッ!!


 いかんいかん!現実逃避してしまった。


「そうですけどいつもなら更衣室使ってるじゃないですか?」

「ん~…誰も来ないと思ってたから。それに鍵も掛けてたし。」

「なんか俺が悪いことしたみたいになってません!?俺の方が被害者ですよ!」

「なんで?いいもん見れたでしょ?」


 こちとら今だに視界が暗転しっぱなしなんだよ!!


「あッ…そうか…いつもリカのダイナマイトボディ見てるからか。そりゃわたしみたいな品祖な体じゃ萎えるよね…」


 この人何言ってんの!?アイツがおかしいだけであんたもハイスペックだよ!!


「いやいや!マキさんもキレイですよ。」

「………ホントに?」

「はい。」

「じゃあ、見てもいいよ。」

「あんた何言ってんの!?」

「減るもんじゃないし、別にいいじゃん。」

「俺の理性がゴリゴリ削られてるよ!」

「えッ!もしかしてわたし襲われるの?ベッドの方がいいんだけど……」

「あんたもう黙れよ!」


 うまく手玉に取られているようで会話の主導権がとれる気が全くしない。


「それよりも服着てくださいよ…」

「もう着替えたから大丈夫だよ。」


 はぁ…とため息をついてゆっくりと目を開ければ……



 下着姿のマキさんがいた。



「着てねぇじゃねぇか!」

「どう?」


 グラビアアイドルのようなポーズをとりながらにこりと笑いかけてきた。


「『どう?』じゃないですって……いい加減にしてください。」

「は~い。」


 間延びした返事をした後やっと服を着てくれた。


 同じ事を繰り返さないように今度は俺が監視しながら着替えさせた。


「そんなに見つめられたら恥ずかしいんだけど?」

「大丈夫です。心を鬼にして般若心経を唱えていますから。」


 流石は俺!そして俺の理性よ…グッジョブ!


「それはそれで悔しいんだけど。」


 何が悔しいのかよく分からないが手を止めるな!


 着替え終わったのを確認してソファーに腰を落とした。



 疲れたぁ……



 変わらない退屈な日常が今日はいとおしく思えた。


 その時、ガチャガチャとドアを誰かが開こうとする音が聞こえた。鍵を掛けていたことを思いだし解錠するとリカとアオがいた。


 二人を確認して元の位置に再び座り直すも入ってくる気配がない。


「どうした?」

「入ってもいいのかしら?」


 リカが困惑の表情で聞き返してきたが質問の意図がわからない。アオに至っては今にも噛みつかんばかりの顔で睨んできている。


「先輩、鍵なんてしてマキさんと何してたんですか?」

「…………」


 そういうことね……


「なにもしてないぞ。」


 本当に何もしてないから正直に答えたがなぜか空気がおかしい。


「なにもしてないぞ。」

「どうして2回も言うんですか?」

「大事なことだからです。」


 しばしの間、アオと視線が交差する。


 俺の危機関知が訴えかけてきている。



 今、目を逸らしてはいけない…と。



 しかしここには俺とアオの二人だけではなくマキさんもリカもいる。

 もちろん失念したいたわけではなくアオで手が一杯のためだ。


「こいつわたしの下着姿の見てたんだよ~。」


 ケラケラと笑いながら爆弾を投下してきた。


「それに着替えてるところなんてガン見だよ。」


 誰でもいいからこの人にセーフティデバイス取り付けて!


 アオの目がもう殺し屋さんみたいになって背後に何か見えてますよ!!おれスタンド使いと戦ったことないんですけど!?


 リカに至っては新しいオモチャを見つけた子供のように表情がキラキラしていた。


「先輩……なにもしていないって言いましたよね。」

「嘘じゃないぞ。ちょっとした認識の齟齬があるだけだ。」

「遺言があれば聞きますよ。」

「ちょっと待て!なんで死ぬことになってんだ!」


 リカに助けを求めるべく目で訴える。


「ごめんなさい。死んでちょうだい。」




 それがゴングとなりアオによる蹂躙が始まった。





 名誉のために言っておくが俺も女の子に手をあげる最低野郎になりなくない。

 だから甘んじてアオの蹂躙を受け入れただけで本気を出せばアオくらいなら簡単に制圧できる。



 束の間の蹂躙を終えたアオに着替えるから出ていけと今度は通路に蹴飛ばされた。


 今日は天気がいいなぁ……


 仰向けになりぼんやりと空を見ているとよく聞く声に現実に戻された。


「お~い、昼寝なら部室のソファーでしろよ。」


 首だけを動かし声の主を確認するとアツシがこちらに歩み寄ってきていた。


「今は空を見ていたい気分なんだ。部室なら開けておいたぞ。」



 ブラックリョウ君の登場です!



 俺だけがこんな目に合っているのは許せぬ!こいつも道連れじゃい!



 ドアノブに手がかかる。



 さぁ、地獄と言う名の桃源郷に行ってこい!



 ガチャガチャガチャ


「閉まってるぞ。」

「…………」


 あ~……多分、俺は世界から嫌われてるんだ。



「もう帰りたい……」


 俺が体育座りになりむせび泣いているとガチャリとドアを開く音がした。


「先輩また覗くつもりですか?」

「また?」


 アオの言葉を聞いてアツシが疑問の声を発する。


「さっきマキさんの着替えを覗いてたらしいのよ。」

「それホント誤解だからね!」

「そうね。ガン見だったわね。」

「リカさんはもう喋らないで!」


 何を言っても俺に降りかかった冤罪は消えてくれそうにない。


「それで先輩はわたしたちが着替えてるのを知っていてどうして開けようとしたんですか?」



 …………よし、逃げよう。


 立ち上がろうとしたがそこで俺はいくつもの影に包囲されていることに気付いた。


「どういうことだ?」


 正面に立つアツシが口火をきった。


 再び立ち塞がるか!だが今は撤退が急務だ!お前に関わっている時間はないのだよ!


 バックステップで包囲を抜けその勢いのまま反転し一気にトップギアで駆ける。


 成功だと思っていた。慢心などなかった。しかし1人忘れていた。


 なぜマキさんがそこにいる!?


 慌てて急停止したが致命的なスキが生じる。目の前に気を取られ後方の3人の存在を忘れてしまった。


「後ろに怖い人たちがいるよ。」


 マキさんの言葉に我に返るも時すでに遅し……今度は包囲ではなくガッチリと拘束されてしまった。

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