第3話

「……重要なことは何が原因かということではない。起きた出来事に、我々がどう対処するかだ」


 長老の言葉が助け舟になり、村人たちは口々にそれに同意した。


「でも、どうすればいいんだ?」


 一人の呟きに、沸き立ち始めていた村人たちの言葉が詰まる。広場には再び静寂が広がった。


「……」


 勇猛な若者も、知恵に溢れた老人も、誰も口を開くことをしない。否、できないのだ。何を言えば良いのかわからないのである。


 どうすればこの場を救うことができるのか、皆が同じことを考えていながら、誰も答えにたどり着けずに時間だけがゆっくりと過ぎていく。


「……今から私の言うことを誰も聞いてはならぬ」


 占いの老女がポツリと消えそうな声で呟いた。その小さな声でさえ、そこにいる村人たちに聞こえるには充分なほどの静けさであった。


「暦に何かあった時は、太陽の神殿へ向かえと言うのが口伝えの伝承であった。しかし村はその伝承たちを壊す為に一度焼かれてしまった……」


 誰かが唾を飲み込む音が聞こえた。そう、この話は誰も聞いてはいけないのである。静けさの中に、気まぐれな占い師が零した一滴の水でなければならない。


「村を焼いた者を責めるでもなく、恐れる必要もない。しかしこれだけは忘れてはいけない。東の村は太陽の知恵に満ちた場所であった。その全てを祀り、納めたのが太陽の神殿である」


 老婆は消えそうな声で、抑揚を付けずに淡々と言葉を放ち続ける。それはまるで石像が喋っているのではないかと思えるほど、無機質な言葉たちであった。


「暦を疑ってはいけない。疑うべきは世界である。もしも暦通りに太陽や星が動きを変えたというのなら、太陽の神殿に向かい、太陽の知恵をもう一度得るのだ」


 誰一人その言葉を聞いてはいなかった。ただ耳から取り入れて、心に刻みこんだだけである。


 村を焼いた帝国に知られてはいけない。失われたはずの伝承が、何の因果か偶然に静まり返った村人の群れに響き渡っただけのことだと。


「……こんな言葉を私に占いを教えた婆様が言っていたよ」


 老婆の言葉が終わると、村人たちは顔を見合わせ頷いた。


「さぁ……どうする?」


 誰も聞いていないはずの言葉に返事をすることはできない。老婆は目を瞑り、放り投げるように疑問を投げた。


「コーバス、少し付き合ってくれないか」


 若者の声がその静寂を切り裂いた。村人の視線が一斉に声の主であるクアトの方向へと向かう。放り投げられた疑問に応えた者。


「俺には魔術のことはさっぱり分からない。少し助けが必要になりそうだ」


「貸しが一つだぞ。それもかなり大きめの」


「わかってるさ。お前の為に一生狩をしてもいい」


「俺と、俺にいつか出来るはずの俺の家族の為くらいじゃないと、割りに合わないな」


「いいだろう。そういうわけだ。ちょっと野暮用ができて、今から村を出る。帰りはいつになるか分からない。村長、いいですね?」


「クアト……本気なのか?」


「なんのことですか?俺は野暮用としか言っていません。それにコーバスも連れて行きますよ。俺たち2人がいれば、この森じゃ敵なしだと褒めてくれたじゃありませんか」


「……婆様。今夜は旅立ちに良い夜となるのか」


 村長は占いの老婆に尋ねた。


「理由はともかく。2人の若者が旅立つのに、充分な日だろうか」


 老婆は黙って西の空を見上げ指差した。いつの間にか欠けていた太陽は完全な円へと戻り、山々を燃やすように照らしながら日没へと向かっていた。


 それは見慣れた夕焼けとはまた違う、妖しくも美しい紅色の篝火であった。


「充分な日だ。いや、むしろ充分過ぎる日だよ……何かが起きるかもしれない」


 それを見て村長は呟いた。


 2人の若者の旅立ちが決まった。

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