第2話
村に戻ったクアト達が目にしたのは予想どおりの光景であった。
「おお、クアトにコーバス。無事に帰ったか」
村の見張りの男に声をかけられて、クアトは尋ねた。
「見たか?」
「ああ、今広場に村長たちが集まってる。お前たちも早く行ってこい」
村の広場には老若男女の村人が集まり、先ほどの日蝕への畏怖から静かな騒めきが場を支配していた。
「戻りました」
「ああ、クアトとコーバスか。お前たちは村の外にいたなら、もしや見落としたか?」
「いえ、しかと見ました。今日は日蝕などある日ではないはず。コーバスと共に訝しんでいたところです」
「そうか……どう思った」
「見慣れたはずのものが変貌したのです。恥ずかしながら恐れをなしたのが正直なところ」
「いや、無理もない。太陽を祀るこの村が、長年の叡智を集積させて作り上げた暦が外れたのだ。此処にいる老人でさえ恐れを抱いておるよ」
村長は手に巻いた紙の暦を持っていた。何度も確認したのだろう。手の水気を吸ったのか、暦の紙はしなっていた。
「……月の力だろうか」
群衆の中からポツリと声が聞こえる。
「月の?」
クアトがその声の主を探して見知った顔触れを見渡すと、占いを得意とする老女が進み出た。
「月の力が強くなって、太陽を隠してしまったのではないか。そんな気がしたんだよ」
老女はクアトに向かってそう話した。
「……やめろ。そんな話」
別の場所から声がする。
「月のせいにしたなんて、そんな噂が立ったら、また村が焼かれるぞ」
中年の男が進み出て老女の言葉を諫めようとする。
男の言葉に村のみんなは静まり返った。
東の村はかつての争いで大きな国に組み込まれることとなった。その時の惨劇のことを男が話しているのだと、誰しもが理解した為である。
大いなる国とは月の帝国である。月の神の力を信じ、それを祀った勢力に、この村はかつて敗れているのだ。
しかしそれ以降も、天は何も変わらなかった。変わったのは地上に住む人々だけであることに、東の村の人々は拠り所を求め、太陽の神を信じることで心の支えにして生きてきたのである。
なのに、今日それが覆されかねない出来事が起きてしまった。それが暦になかった日蝕である。
人の営みが踏みにじられても、不動の天の営みを見上げることで立ち直った東の村で、天の営みが崩れることは、人々の心の拠り所を崩すことと同じであった。それ故に、こんなにも村人たちは恐れているのである。
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