クアトの巡礼

椿 琇(ツバキ シュウ)

第1話

 神にまだ名前がなかった頃は、人々は神の統べる物の名前を用いて神々を表していた。

 太陽の神は太陽の神であったし、月の神は月の神。大地の神は大地の神、水の神は水の神といった具合に、自然における存在をありのままに神として崇めていた。


「おい、いい加減に帰ろうぜ」


 親友のコーバスの声がクアトの弓を引く腕を留まらせた。


「そうだな。これだけ獲れば、次の狩まで食料は保つだろうし」


「お前は熱中すると、周りが見えなさ過ぎなんだよ。これでも多過ぎるくらいだ」


 持って帰るのが大変だとボヤくコーバスに詫びながら、2人は森の中から村へと向かって歩き出した。夕暮れの始まる頃である。太陽の紅さが眩しい。


 2人が帰るのは東の村。名前はついていない。数十年前の争いの後に帝国に組み込まれて以来、首都からみて東の果てにあるという理由だけで、村を表す名前は東の村と呼ばれるようになった。


 蔓で作った荒い縄に、小動物の脚を縛り付けて吊るして肩にかける。片手に弓を、もう片手に獲物を担いで帰路につくクアトの姿は、立派な青年のものであった。


 つい先日に成人の儀を経たばかりの17歳とは思えない程に大人びている。


 そんなクアトと共に獲物を背負って歩くのは彼の親友であるコーバス。少しだけ魔法が使える彼は、森の中に罠をはって狩をする。その成果は弓の天才と呼ばれるクアトに負けず劣らずのものだ。


 若い2人が村へと向かう道すがら。不意に辺りが少しだけ暗くなった。太陽に雲でもかかったのかと視線を見上げる2人。その顔に見る見る驚きが広がる。


「どうして……太陽が欠けているんだ」


「村の暦じゃ今日は日蝕なんてないはずだぞ」


 東の村は太陽の神を崇めた村。その歴史の中で練り上げられた暦は今まで一度も外れたことなどなかった。


 しかし、今目の前で起きている現象は紛れもなく日蝕である。2人はそれを恐れた。万能だと信じていた、東の村の叡智の結晶である暦が、容易く覆された景色に息を飲んだ。


「……とにかく、急いで村へ帰ろう」


「そうだな。それしかない。長老たちも今頃驚いているだろうな……」


 2人の若者は走り出した。

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