第4話
野営のたき火の音がパチパチと弾けていた。倒木に腰を下ろして、クアトとコーバスは静かに夜更を待っている。
「太陽の神殿にたどり着くには巡礼をしなければならない」
夜の闇の中で唯一の明かりとなる炎の中に、村を出る前に聞かされた村長と占いの婆様の声が今一度聞こえる。
「風、水、炎、そして大地。自然界の力を崇めた4つの神殿で祈りを捧げることだ。そうすれば神々が太陽の神殿への道を教えてくれよう」
クアトはコーバスの方を見ると、目を瞑って片膝を抱えていた。肩が静かに上下している。彼は眠っているのだろうか。
「全ての神殿を巡る旅だ。時間はどれほどかかるかわからない。そんなことをする者はもう何十年もいなくなってしまったのだから」
夜を村の外で過ごすのはクアトにとって初めての経験であった。恐れがないと言えば嘘になる。炎から声が先ほど聞いた声が聞こえてくるなんて、自分はそれほど怯えているのだろうか。
「巡礼の旅だ。月の帝国に攻め込まれてからは、禁忌となった行為だ。それでも太陽の神殿に行く為には必要なことだ」
見知った老婆の顔までも、たき火の中に浮かんで見えるような気がする。
「太陽の神殿へ向かうことは、月の帝国の思惑に背くこと。巡礼の旅をしていることは、誰にも知られてはいけない」
クアトは不意に武者震いをした。決して怖くなったわけではないと自分に言い聞かせた。
「おい、コーバス。寝ちまったのか」
丸まったように眠って見える親友にクアトは声をかける。
「……起きてるさ」
コーバスの低い声が返ってきた。
「そうか……いや、特に用ってわけじゃないんだ。悪い」
「別にいい。お前、正直少し怖いんだろう?」
目を閉じたままで口元だけで笑ってコーバスはそう言った。
「っべ、べつに……そんなんじゃない」
「そうか? 俺は怖いね。森の中で夜を越すなんて初めてだから」
「そのわりに落ち着いてるな」
「俺が怯えたら、お前も怖くなるだろ。ほんの少しだけ歳上の余裕ってやつだ」
「半年も離れてないじゃないか」
「だからほんの少しって言っただろう」
そう言うと目を開けてコーバスは伸びをした。
「巡礼、か。あと何回こんな風に夜を越すんだろうな」
「……見当もつかないな」
「1番近い風の神殿には数日もしないで着くだろうと言われたが、その後のことは手がかりもないからな。やたらと人にも聞けないし、まあ神殿の中を歩き回れるっていうのは楽しみだよ。俺の魔法も少しは磨きがかけれるかな」
「俺は弓しか使えないからサッパリわからないんだが、魔法ってのは何なんだ?このたき火の炎も一瞬で点けてたけど」
「俺もわかんないよ。気付いたら使えてて、使える以上は制御できなきゃならないと婆様に使い方を教わっただけだ。だから自分の力のことも知れるかもしれないから、この旅には期待しているよ」
東の村で魔法が使える者は十数人しかいなかった。コーバスはその中で最も若い青年である。一通り教えられた知識は、生活の中で使う為のものばかり。
野心も好奇心も年相応に持ち合わせていたコーバスには、村での暮らしは少々物足りなかったのだ。
「逆に俺はお前の使う弓やら短剣やらがわからん。足りない所はお互い助け合って、強くなって無事に太陽の神殿に着きたいもんだな」
「ああ、そうだな」
親友と話をしていくうちに、クアトの心に燻っていた怯えは消えてなくなったようであった。
コーバスの秘めた思いを知ることもでき、彼を連れ出した自身も、それに見合うだけの強さを獲得しなければならないと、胸の奥で静かにクアトは決意した。
夜は静かに更けていく。太陽が登れば、村長が唯一場所を知っていた、風の神殿へ向けて再び出発するのだ。
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