ミルクレープセットを頼んだら

エホウマキ

ミルクレープセットを頼んだら

 華の金曜日を寝潰したので土曜日の日が昇らない内に私は目覚めた。

なんと言っても今週はひたすらに天気が悪い。いい日もあったがそういう日に限って私の体調は芳しくなかった。

脳が目覚めるようスマホをいじる。ブルーライトを目に浴びた私は日光も浴びようとベッドから身を起こしカーテンを開けた。開けても差しこんでくる日光は大して変わらない。時刻は日の出すると言われてる6時50分、今日も天気は悪そうだ。天気は悪いが私の体調はすこぶる良い、なので私は街に繰り出すことにした。


 ぬるい風と雨を浴びながらあてもなく街を歩き倒した。不要で不急な行為に思えるかもしれないがジメジメとした天気に広くもない部屋でグダグダと過ごすことは非常に不健康だ。それが不健康でなくても今週はずっとそうしていたので私は街を歩き倒すのだ。

 エスニックな服屋、ゲームグッズショップ、書店を巡ったところで小腹が空いた。そう感じたときに丁度カフェの前に私はいた。視線を少し斜め下に落とすと『期間限定 ミルクレープ コーヒーとセットで』と書かれたボードがあった。食欲と購買意欲を刺激された私は吸いこまれるようにカフェに入店した。


「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか」

「期間限定のミルクレープをセットで……」

お願いしますと言いかけたところで私はカウンターに置かれたメニューに貼られたシールの存在に気づいた。『この商品は完売いたしました』ボードに刺激されたのは私だけではないようだ。これは参ったな。

「すいません、期間限定のヤツは完売してしまったんですよ」

「それならば向上のミルクレープをセットでお願いします」メニューの端にある冠詞のないミルクレープを私は即座に見つけ注文した。この際ただのミルクレープでも構わない。

「かしこまりました。お飲み物はアイスコーヒーで?」

「はい、それで」


セットの乗ったトレイを持ちながら空いた席を探す。見える範囲の店内はイカれてしまったアンドロイドとアンデッド、モノトーンの若者で溢れている。

「風に乗ったカモメは後ろの盾に横柄な態度を取らされますが死んだあなたは何枚ドローされるのですか?」

「死んだからって食うものは変わらねいよ、カフェラテだってわき腹から漏れるけど飲むしサンドイッチだって歯がないから食べづらいけど食べるよ。ただ片目がないからフォークが刺さらなくって刺さらなくってててててて……」

「ぜったいいったほうがイイって!我慢することマジでないって!」

「えぇー?でもいけなかったらマジでやばくなーい?」実に週末昼下がりのカフェらしい。

 奥の方に進んだらアクリル板で長机を横に分けた空席があった。身を投げるように席についた。やや下品だが久々に長距離を歩いたのでかなり疲れていたんだ、許されてくれ。

 硬い一人がけの椅子に身を沈めぼんやりと天井の照明を3分ほど眺めていると

「頼まれたのにいただかないのですか?」と向かいのほうから声がした。

視線を天井から正面に向けるとアクリル板を挟んだ机の向こう側に色白パッツンのゴスロリ少女がいた。その手元にはミルクレープとはまた別の期間限定メニュー、キウイタルト。

「私はミルクレープセットを食べるためだけにこのカフェに入ったのではありません。休憩するために入ったのです。このミルクレープセットはいわばこのカフェに居続けるための許可証、今すぐに食べるわけにはいかないのです」

「あら、まるで私の叔父みたいなことをおっしゃりますのね。伯父様!ここに同類がいましてよ!」

ゴスロリが声を張る先にはしなびたミルクレープと氷が溶けて薄くなったアイスコーヒー、あとスーツを着てる白骨があった。

「わたくしがこのカフェに初めて訪れてオレンジジュースを飲んでいたときはまだ皮はありましたし返事もありました。ですが今はあれだけしかありませんの。あなたも骨になるまで照明をお見つめなされるの?」

「煽るね〜。煽ってなくても煽ってるように聞こえるね〜」

骨になるまで休む気はない。かといってミルクレープに手をつけるほど素直じゃないので、とりあえずガムシロをアイスコーヒーに入れてかき混ぜた。

「煽るつもりはありませんでしたわ。かと言って頭を下げるつもりもありませんけど」こっちを向いたままちびちびとキウイタルトを口に運ぶ。見た目と口調の割にケチくさい、いや口が小さいだけか。

「ところで、あなたはミルクレープの分け方を存じ上げられていて?」

「いえ、分けるタイミングで食べるケーキは大抵シンプルなクリスマスケーキでしたので……誕生日にはチーズケーキですし」そもそもミルクレープって既に分けられているんじゃないか?

「それならば是非、わたくしに教えさせてください!」アクリル板に手を掛け身を乗り出して顔を寄せてきた。机に足を乗せてまで教えることかはしたない……いや違う!このゴスロリ、下半身が蛇のラミアだ!

「ミルクレープはほかのどのケーキよりも公平に分けられるケーキなんですの。飾りのないこういうミルクレープは、とくに、ね」

「へえ、どう分けるんですか」

私が問うとまあ見てなって感じでゴスロリラミアはウインクをした。銀のように見えて実際はなんてことのないステンレスのフォークを掴み、縦からではなく横に目にも止まらぬ早さでフォークを振るいミルクレープを分けた。音速で振られたフォークはソニックウェーブを発生させ白骨をバラバラに崩す。

「2、3、4……よし、ぴったり同じ分だけクレープの層を分けられましたわ!あなたも数えてみてください、実に公平に分けられているでしょう?」

 確かに分けられたミルクレープはどちらも20枚のクレープで構成されている。

「ね、ぴったり同じでしょう?ここにあなたを証人にしてミルクレープが最も公平なスイーツ、ザ・ベスト・フェア・スイーツだと証明されましたわー!それではご機嫌よう!おーっほっほっほっほ!」

 ゴスロリラミアは高笑いしながら長くて白い胴を這わせて店の外に出ていった。いつの間にかカフェには私以外誰もおらず、高笑いの残響がただ、残る。

「……残念ながらミルクレープはザ・ベスト・フェア・スイーツとは言えませんね」皿に乗った少し背の低くなったミルクレープを見て私は誰に聞かせるでもなく呟いた。

「これがクレープの重ね、でしたら公平な分けかたでしょう。しかしこれはミルクレープなのです」

切り分けられ私に残されたミルクレープは上半分。下半分に比べてクリームが僅かに少ないのだ。



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