9月。仕事が落ち着いてきたところで、短いが休暇を取った。まだ紅葉は楽しめないので今回は園内にある自然観察園を散歩することにした。多様な自然がギュッと詰まったような場所で、気分転換にはもってこいだ。

 早速中に入っていった。すると、見覚えのある子がしゃがんで何かを見ていた。

「あっ君は確か……レン君だよね」

レンはこちらに顔を向けた。

「私のこと覚えてる?」

「栞さんでしょ」レンは答えた。

「そう。ところであれから私の出てるドラマとか映画とか観た?」

「見てない」今度はそっぽを向きながら言った。

栞は相変わらず冷めた子だなと思った。でも最近の子どもはそういうものかと納得した。さっきから栞の話など聞いていない様子なので、仕方なくレンの目線の先を見ると濃いピンク色をした花が辺り一面に咲き誇っていた。これは栞にもわかった。ヒガンバナだ。

「栞さん、この花知ってる?」

「ヒガンバナでしょ。これくらい知ってるよ」

「じゃあ別名はわかる?」レンは栞の顔を覗き込むようにして言った。

いきなりのクイズで栞は戸惑ったが、強がっても仕方がない。正直に知らないと答えた。

「方言とかもいれると、千以上あるらしいよ。中でも僕が好きなのは幽霊花」

「なんか怖い名前ね。なんで好きなの?」

幽霊花というと聞こえは悪いが、レンが好きな理由を聞いて納得した。幽霊という不確かで底の知れない奥ゆかしい雰囲気がこのヒガンバナには合っているというのだ。確かにこの赤色を見ていると、我を失って引き込まれるような魅力を感じる。奥ゆかしさとはこういうものかと、恐らく10歳は離れた少年に教わってしまった。

「博学だねレン君は」と栞は思わず呟いた。が、またもや目を離した隙にどこかへ行ってしまったようだ。

 その後、自然を眺めながら公園内を探したがいなかった。栞は少し残念だった。年下でも良いから聞いてほしい悩みがあったのだ。悩みというのはネットの栞に対する不評である。自分なりに頑張ってきたつもりなのだが、演技が下手だの言われている。その時ふと先程のヒガンバナを思い出した。千も異名を持つということは見る人にとってそれぞれ捉える魅力が違うのだろう。栞は自分がそんな女優だったら良かったのにと思った。

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