第17話 師範代誘拐大事件(笑)
科学技術の発展は、魔法の才能がない騎士によって行われてきた。
魔法を使わない遠距離攻撃だけ見ても、投石から弓矢、銃、大砲、光子レーザー。
次第に魔法で対処できなくなるほどの技術を得た騎士は、やがて若者の人気を獲得し、王立騎士魔導士養成学校グレナディアのおよそ三分の二が騎士科の生徒となるまでに至った。
魔導士科は誇りのない生徒が入るところと騎士科の生徒に馬鹿にされているのが現状だ。
「えー、前と言ってること違いますよ」
「はあ? なにが違うってんだよ」
ステン達騎士科の連中に保護された俺は、同じく保護されたサミー達にグレナディアの説明をしていると横からリュートが口を挟んできた。
「なにがって、逆ですよ、逆。魔導士科の方が多くて、騎士科が見下されてるんですよ。ねえ?」
「いやそんなわけないじゃん」
「え!?」
同意を求めたはずのステンに即否定され、リュートは驚愕する。なんだこいつ、半年も通ってる学校について無知過ぎるだろ。
……いや待て、流石にそれはおかしい。いくらリュートが異邦人だからといって、通っている学校の事情を丸っきり逆に捉えているなどあり得ないだろ。
それに思い出せ、赤の会が俺を攫う時に使った魔法は、時空……だったか無だったかの属性だ。
「リュート」
「はい? うわ、いつになく真剣な表情ですね」
「茶化すな。お前、いつから違和感があった?」
「はい?」
同じ言葉を繰り返すリュートに苛立ったが、殴るのは我慢してやる。おそらくでもきっとでもなく、確実にコイツは無自覚だ。
「お前はなんでか知らないけど、ナチスの使った時空魔法の影響を変な風に……いや、お前にわかりやすく言うと、影響を受けてないんだ。だからその、なんだっけ、魔導士科が多かったみたいなことを俺達が理解できないんだよ」
「うわ、師範代今すごくかっこいいこと言ってますよ」
「だから茶化すなって言ってんだろ! 歴史の改竄だぞ!? 一度失敗してんのになんでアイツ等二度目は成功してんだよ!? 一生失敗しとけよクソが!」
リュートが心配そうな視線を向けてくるのはもう慣れたが、ステンの可哀想な人を見る目は慣れたくないので頭を抱えてうずくまる。
「お前……やっぱり頭が……」
「うるさい、黙れ! 総白髪!」
「しらっ……! 銀髪だぞ!」
「そんなことより師範代、歴史の改竄ってなんですか?」
「あ!? そんなこともわかんねーのかよ!?」
顔を上げてリュートを睨むと、視界の端に三人の子供達が見えた。彼等の穏やかな寝顔が、俺の頭をどうにか冷静にする。
「悪い、怒鳴って……」
「いいですよ、それより早く説明してください」
せっかちなやつだな……。
「……歴史の改竄に関する魔法は、最近だとナチスの魔法暴走事故が挙げられるな」
「ホントの最近は師範代誘拐大事件ですけどね」
「なんだその事件名は。誰だ名付けたの?」
「僕です!」
恥ずかしくないのだろうか。
話を戻そう。
時空魔法に関する最近の事例が第二次世界大戦末期のナチス・ドイツによる魔法暴走事故だが、最古の事例についてはローマ帝国の図書館に記録が保管されていたと考えられている。
というのも、歴史上最も魔法が発展していた時代はローマ時代だった。ローマ帝国にいくつもあった図書館には、今で言う禁術や禁呪について記された禁書が数多く保管されていた。しかしこれらは魔法の衰退に伴う時代の遷移や混乱の最中、歴史の闇に葬り去られてしまったのだ。
つまり、最古の事例について具体的なことはわかっていないし、ナチスの一件があるまで時空魔法自体失われたものと考えられていたのだ。
「いや歴史の講義とか興味ないんで、世界を元に戻す解決策教えて下さいよ」
お前、俺が気持ち良く知識をひけらかしてるってのに……!
「んんっ……世界っていうか、時間軸を元に戻すための解決策はない」
「……んえ?」
なんだその鳴き声。
「ここは歴史が改竄されたことで生まれた、正史とは異なる歴史を紡いできた時間軸だ。お前が前にいた時間軸とは似た世界かもしれないけど、その歴史は全然違う。全然違うが、正しい歴史で、正しい世界なんだ。例えば、そうだな……」
リュートは「魔導士科と騎士科が逆」と言っていた。おそらくこれは数に限った話ではなく、立場や考え方、世界からの認識についてもそうだったと考えられる。
魔導士は騎士より優れている、騎士は落ちこぼれのなるもの。
例えばそんな、普通とはまるで逆の考え方が当たり前となる歴史があったとしたら。
「……世界最初の電池は?」
「え? ボルタ電池とかじゃないですか?」
「ボルタは最初の二次電池だろ」
ステンは馬鹿にしたように鼻で笑うが、
「二次電池ってなんです?」
リュートの問いに呆れて黙ってしまった。
二次電池がなにかくらい魔導士でもわかるだろ……。
「充電池のことだよ」
「へえー、充電池って二次電池って言うんですね!」
ステンじゃないが、言葉を失った。なんでこんな馬鹿が神様に愛されてんだよ。
クソ、頭痛くなってきた……。
「って、そんなことより、この世界……時間軸? で最初の電池ってなんなんですか?」
「……ホイヤットランプファ電池だ。長いからランプファ電池なんてよく言われる」
「聞いたことないですね」
「だろうな。多分、お前にとってこの時間軸は、科学技術が失われなかった歴史によって世界が成り立ってる」
「失われなかった……?」
「古代……それこそ、人類が言葉を発明した時代は魔法を行使できる人間が偉かったし、集団のリーダーだった」
狩りや料理は魔法を行使できる人間の役割で、とても神聖なものとされていた。
しかし、魔法を使わずに生きる、いわゆるはぐれ者達がいつしか道具を発明し、歴史の転換点が訪れる。
たった一人のリーダーが有限の魔力で狩りや調理を行っていたのだから、当然その集団の人数は少なくては成り立たない。
これに対し、魔力がなくても魔法が行使できなくても、つまりただの獣を狩ることができる弓矢や槍は、一集団の人数を何十人にも膨らませることが出来た。
この時間軸の歴史では、早々に魔導士の時代は終わり、彼等は何十世紀も歴史の影に追いやられ、最近になってようやく歴史的文化財として日の目を見るようになったくらいだ。
「歴史の影にって、ローマ帝国は魔法大国だったんじゃないんですか?」
「あれはなんか湧いて出てきた魔導士集団の作った国だ。どこから湧いてきたんだよってずっと不思議だったけど、お前の話聞いて納得したよ」
無言で首を傾げるリュートにはもう反応しないことにした。
「ナチスは世界最初の魔導士になったんだ」
「へえー。……え、ローマ関係ないじゃないですか」
「アホ、最後まで話を聞け」
ナチスは世界最初の魔導士になり、人間の集団をコントロールしようとした。これはまず間違いない。
「石器時代以前にまで遡って人間達のリーダーになった奴等と、一度その時代を経由して未来、つまり現代に戻った奴等がいたんだ。多分な。だけど、ナチスの思惑が外れて魔法が全く繁栄してない時代になってたんだろうな、今度はそこそこ文明が発達して人間も多かったローマ時代に遡り、魔法大国を作り上げた」
「前の時間軸にもローマ帝国ってありましたよ! 魔法大国かどうかは知りませんけど」
「魔法大国だったんだろ。多分ナチスは魔道士優位な世界を再現し直そうとしたんだろうが、失敗したようだな」
「なんで失敗したってわかるんですか? まるで見てきたように喋ってますけど」
「考えりゃわかるだろ。ナチス・ドイツは魔法暴走事故を起こしてんだぞ? しかも時空魔法だ。古代ローマで失われた禁術、時を自由に往き来できる魔法を再現しようなんて、奴等の思惑が思い通りに行かず失敗したからに決まってる」
なるべく丁寧に言ってやると、リュートはびっくりした表情で俺の顔をまじまじと見つめてきた。
「な、なんだよ……」
「クリス先輩も言ってましたけど、先輩って魔法剣士とか騎士とか目指すより考古学者目指した方が遊んで暮らしてても生活に困らないくらい稼げますよ」
「クリス先輩はそんな生々しい言い方してなかっただろ!」
いちいち失礼な奴だな! ブッ殺すぞ!
「え、でもじゃあ、師範代を攫ったのって結局なんだったんです?」
「知るかよ……いや、『赤の会』って言ってたけど、まんまナチスの逆卍見せつけてきたな、うん」
「ナチスの残党じゃないですか! やっぱりなにか悪いこと企んでますって! ねえ?」
「え? あ、そうだな」
俺の話に飽きて外を眺めていたステンはいきなりリュートに同意を求められ、いい加減に頷いた。
「ほらあ!」
「ほらじゃねえよ。それに、俺がないって言ったのは時間軸が変わったっていう問題に対する解決策だ。今、ナチスだか赤の会だかが関わってる事件の解決策はちゃんとある」
「なら回りくどいこと言わないで早く教えてくれれば良かったじゃないですか」
「コイツは……」
思わずぶん殴りそうになったが、我慢する。リュートには話してもらわないことが沢山あるのだ。
後で思いっきり殴ってやるからな。
「解決策は、まだない」
「はいぃ?」
ムカツク返し方をされたので、やっぱり今殴っておく。
「いったあ! 殴ったあ! 半分くらい僕のおかげで助かったのに!」
「るせー! いつから違和感があったかって質問に答えてからエラソーにしやがれボケ!」
「すぐキレるじゃん……」
「あ?」
「なんでもないです!」
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