第16話 魔法を行使するということは、世界を騙すということ
三日経っても助けが来なかったので、行動を起こすことにした。
想い人のためなら何年でも待てる人もこの世にはいるらしいが、俺はいい加減ここの不味い飯に我慢できなくなったので逃げ出すことにする。
「よーしガキ共、今日は魔法を教えるぞー」
二日ぶりに杖を持ち出すと、シュンがわずかに顔を曇らせた。
一昨日、三人に自国の国旗を描かせてみたところ、サミーとチェンには首を傾げられたがシュンは(おそらく)ジャパンの国旗を描いた。「ジャパン?」と聞いたところ首を横に振って「ニホン」と答えていたので、間違いない。
ジャパンの戦争孤児など、聞いたことがない。
リュートにコバなんとかがニンジャの技を教えてやっているのは、先祖から受け継いだ魂を未来に伝えるためだと言っていたし、アニメやマンガの発展した平和で素晴らしい国とも聞かされている。
だというのに、シュンは戦争孤児としてここにいる。家族旅行で立ち寄った国で戦争に巻き込まれたか、あるいは……。
まあ、サミーはアメリカ出身らしいから『赤の会』は人攫い集団ということで間違いなさそうなんだけどな。俺だって攫われたし。
「シュン、お前からな」
俺はシュンの後ろに回り込み、彼の背中越しに杖を持つ。
「ほら、お前も握って」
「エット……」
まだ? まだ早いとかそんなだろうか。
「魔法を習うのに早いも遅いもないからな。必要なのは、イメージだ」
シュンの小さな手ごと杖を握り、うっかり壊れてもいいドアに杖の先を向ける。
「いいか、イメージだ。水が溢れ出るイメージだ」
俺はシュンの言葉がわからないし、シュンも俺の言葉がわからない。
しかし、三日間この部屋で寝食をともにし、互いの言葉や好きなものを絵を通して教え合ってきた。
言葉は通じなくとも、心は通じているはずだ。
「イグニッションウォーターと唱えてみろ」
「い、いぐにっしょんうぉーたー」
シュンの言葉と同時に俺は無詠唱で流水の第零章を行使すると、杖の先の盃から水が溢れ出し、小さな水たまりを床に作った。
「エッ!?」
「すごいじゃないか! 流石俺の弟子だな!」
俺は杖から手を離し、困惑した表情のシュンの頭をわしゃわしゃと撫でてやる。俺が魔法を行使したことに気付いているが、勢いで押し切ってしまおう。
「もう一度やってみろ、もう一度」
「エット……いぐにっしょんうぉーたー!」
シュンが魔法を行使すると、杖の先から先程よりも少ないが、確かに水が溢れ出てきた。
「オ、オオ!?」
「ほら、やれば出来るじゃないか!」
俺はもう一度シュンの頭を撫でてから杖を返してもらい、チェン、サミーと同じようにして魔法を行使できるようにさせた。
これはアンジー達に使ったものと同じ裏技で、より親しみやすくなったバージョン。
どれだけ親しみやすくなったかというと、一般的な魔導士から超一流の魔導士まで誰もが使うくらいお馴染みな裏技だ。
初めて魔法を行使させるための裏技。
結局、魔法を行使するためには世界を騙し誤魔化すことを徹底しなければならない。
普通は「魔導士の子なら当然魔法を行使出来る」という『集団意識』を利用して世界の認識を改めさせるのだが、幸い「この子達に魔法を行使させたい」、「魔法を行使できるようになって欲しい」という『集団意識』がここにはある。
後は彼等自身が魔法を行使したい、行使出来るかもという意識さえ持ってくれれば良いだけなのだが、どうやら上手くいったようだ。
これを長い目で見て「やってしまった」と言えるか「よくやった」と言えるかは、神のみぞ知るということで。
「じゃあゲロ吐くまで繰り返し練習な」
笑顔で告げると、シュンとチェンは俺につられて笑顔で返事をしてくれたが、サミーだけは困惑した表情で俺と隣の二人を交互に見ていた。
言葉が通じないって素晴らしいな。
シュンとサミーは三回、チェンは五回の魔法行使が限界だった。
同じ年代の魔導士見習いならもっと魔力があったかもしれないが、まあ魔法を習い始めて数時間の一般人なら上出来ということにしておこう。
「それにしても、昼飯遅いな」
天井の監視カメラをチラチラ見ながら部屋に一つだけあるドアに向けてウォーターボールを撃つという、いつもの催促をしていてもなかなか人が来ない。
さては監視カメラの映像を見てないな?
本気でドアを破ろうか悩み始めたころ、ようやくと言っていいのかどうなのか、廊下が騒がしくなり始めた。
なんだろう、助けが来たのだろうか。それとも、なにか面倒事か?
「グレイ・フィッシャーマンによる流水の第三章・ウォーターウォール」
駆動音がしたので、念の為三人に作らせた水溜まりを媒介として魔法を行使する。
これなら鉄製のドアの向こう側からマシンガンを連射されても、運が良ければ生き残れるだろう。念には念を入れて、床に倒れた三人を部屋の隅に纏め、ソイルウォールで守ってやる。
そんな俺の心配事は杞憂とでも言うように、ノブが力任せに引き抜かれ、ドアが蹴り開けられた。
『うわ、グレイじゃん』
白いバワードスーツのスピーカー漏れた声の主は、俺を見て顔をしかめたに違いない。
「あ、師範代いましたか?」
「うわ」
俺は駆動鎧の影から顔を覗かせたリュートを見て顔をしかめた。なんでコイツがいるんだよ。
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