第15話 お腹が空いたのでなにもする気が起きません。
お腹いっぱいご飯を食べて上機嫌になった俺は大して話も聞かず、右目を隠した男の言うことを承諾した。という演技を怪しまれることなく、目隠しをされてから牢屋の外へ出してもらえた。
飯を与えていれば言うことを聞く、と思ってもらえるよう頑張るか。
「ところで、どこに行くんでしたっけ?」
「さっき説明しましたよね」
「ご飯食べてるときに説明されたのでよく聞いてませんでした」
もちろん嘘である。これは俺の嘘のキャラを信じ込ませながら奴に同じことを繰り返し説明させるという、一石二鳥の嫌がらせだ。
「君は、この魔法と科学が発達した世界では、未だに各地で紛争が絶えないことを当然知っているね?」
「へー、興味なかったから知らなかった」
「…………」
おそらく左目だけで睨まれた。そんな感じの沈黙だ。
「私達『赤の会』は紛争による孤児を集め、彼等が当たり前に受けられるはずだった教育を受けさせてやるのが目的だ」
「へー、偉いですね。尊敬します」
「君、いちいち癇に触る言い方するよね」
「え……」
そんな……マジでリスペクトしてるのに……。
しかし、戦争孤児か。わかりやすく『使い捨ての道具』といった感じだ。
入学や卒業の前後ではなくこの時期に俺の能力が必要と言うってことは、やはりあの魔法教室が良くなかったのだろう。
アンジーはともかく、基本四属性がまるで使えなかったソフィがたった二週間で第二章まで行使できるようになったのだ。グレナディアで知らない奴がいないくらい有名になってしまったのだから、アレンや名前の知らない先輩経由で目を付けられたのだろう。
それもこれも、全てあのリュートとか言うやつのせいで……いや、魔法教室にはクリス先輩も半分くらい関わってるのか。
とにかく、コバなんとかと関わってからろくなことねーな。実は全ての黒幕でありますよーに。
「……そういうことだ、わかったよね?」
「はい」
やば、全然聞いてなかった。まあ、飯食ってたときも孤児に魔法を教えろとしか言ってなかったし大丈夫だろ。
いや大丈夫じゃねえよ犯罪に加担させられてんだよクソ! 死ね!
俺が案内された部屋には三人の子供がいた。黒人の男児が一人と、アジア系の男児と女児が一人ずつ。年は恐らく十歳前後だろう。
彼等は俺に視線を向けてくるが、他になにかしてこない。近寄ったりとか、離れたりとかせずにただその場に腰を下ろして俺を見ているだけだった。
右目を隠した男は俺をこの部屋に案内するとさっさと鍵を閉めてどこかへ行ってしまったが、部屋の天井には全方位式の監視カメラがあるので呼べば誰かが来るだろう。
「あー、イタリア語か英語喋れる?」
英語で聞いてみたが、黒い手が挙がっただけだった。
俺は三人の前に腰を下ろし、自分を指差し、
「グレイ」
次いで俺から見て一番左に座る黒人を指差す。
「お前は?」
「……サミー」
「いい名前だ。かっこいいな」
俺の言葉にサミーは小さく頷く。どういう意味の頷きだろうか。
「お前は?」
「…………」
言葉がわからないのが怖いのか、東洋人の男児は俺を見るだけで口を開かない。俺はペラペライタリア語喋れるコバなんとかやリュート達の方がよっぽど怖いけどな。
「あー、俺、グレイ。お前は?」
「……シュン」
「シュン、いい響きだな」
鼻から抜ける感じが良い。良い魔法を使えそうだ。
「お前は?」
「……チェン」
「チェンか。可愛らしい名前だな」
シュンと似た名前だな。顔も似てるし、兄弟だろうか。でも二人の距離はサミーとシュンよりほんの少し近い程度だし、やっぱり他人だろうか。区別付かん。
「それで、あー、言葉わっかんねえんだよな……」
とりあえず、魔法を教えるフリだけしよう。そう思い部屋の中を見回すと、隅に水属性の杖が落ちていた。
そう言えば、初めのうちは教官の身の安全のために水属性しか教えられないんだったか。
部屋を水浸しにでもしろってか。
杖を一本手に取り、サミーに渡す。
「魔法は使えるか?」
サミーは首を横に振り杖を俺に返そうとするが、それを押し戻す。
「とりあえず、この盃を意識しながらイグニッションウォーターって言ってみろ」
「い、イグニッションウォーター」
杖の先に象られた盃に、一滴の水も現れない。まあ、まだ子供だから仕方ないか。
俺はサミーから受け取った杖をシュンに渡し、同じことをするよう身振り手振りで支持する。
「いぐにっしょんううぉーたー」
クッソ下手くそな発音だった。そして魔法も下手くそで、サミーと同じように水の一滴も喚び出せない。まあ、子供だから。
チェンにも同じことをさせ、そしてやはり同じ結果になった。
「…………」
まあ、わかっていたことだ。
戦争孤児ってことは、貰い手のない平民の子ってことで、だから当然、魔法を行使するための訓練なんかされてるはずもない。
ましてや、意思疎通すら出来ないのだから満足に物を教えることも出来ない。
「俺、なんでこんなところにいるんだろ……」
頭痛く……いや、お腹空いてきた。もう誰でも良いから早く助けに来てくんないかな。
土塊の第零章で召喚した土を砕き、床に広げて絵を書く。
「はい、チェン」
「ゴウ!」
どこに行けって?
「シュンは?」
「イヌ!」
イヌってどこだ、北極圏か?
「じゃあサミー」
「Dog」
あ、犬のことかあ、なるほどなあ。
って、わかるかぁ!
「ゴウ?」
「ゴウ」
アクセントの違いを指摘されたが、違いがなんとなくしかわからない。
なんとなく、といったレベルでチェンの発音を真似てみる。
「ゴウ?」
「ゴウ!」
今度の発音は合っていたようで、チェンは笑顔になった。うーん、何語だろうか、ゴウ……。
「イヌ」
「イヌ。wan wan」
「wang wang!」
突然どうしたのかと思ったが鳴き真似のようだった。可愛いな。て言うかやっぱりこの二人仲良いだろ、兄妹か?
「犬はbau bauだろ」
「Baw wow」
「!?」
サミーお前……裏切りか!? 若干俺のと違うじゃんか!
「よーし、じゃあチェン、なんか描いてみろ」
「シィ」
なに言ってるかわからないが、犬の絵を消しながら名指ししたことの意味は汲み取ってくれたようでチェンは楽しそうに絵を描き始める。
こういう姿を見ていると、やはりただの子供なのだと思わされる。
良くないなあ。頭の中でなにか計画し出している自分がいる。
そんな俺を咎めるように、唐突に部屋の扉が開いた。振り向くと、もう既に見飽きた感じのある右目を隠した男が立っていた。
「順調そうだね」
「貴方の嫌味でお腹が膨れたら最高だったんですけどね」
言いながら杖を手に取り、無詠唱で盃の中に炎を灯す。それを見て俺は表情にこそ出さなかったが驚き、左目の男はギョッとして扉を閉めた。
なんだアイツ……嫌味言いに来ただけか?
杖を逆さにして床に立ててから扉に近づき、少し迷ったがノブに手を掛ける。
ガチ、とドアノブは中途半端なところで回転を拒んできた。あの野郎、しっかり鍵を閉めていきやがって。
鉄格子のようにドアを燃やしてやりたかったが、子供達がいるのでそんな無茶は出来ない。やはり、助けを待つしかないのだろうか。
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