第14話 俺はへそ曲がりなので他人の思い通りになりたくない

 戦時中の内通者からの報告が正しければ、ナチスは人の手で強力な魔導士を作ろうとしていたらしい。

 具体的に言うと魔導士の素質がない一般市民を人体改造して魔導士にしようとしていたとのこと。

 成功すれば彼等の洗脳技術も相まって無敵の軍隊が作れたかもしれないが、結局それが現実となることはなかった。


 ナチスによる魔法の暴走事故は、後にも先にも世界最大の規模と言われている。

 ドイツのほぼすべてを飲み込む規模の時空間魔法の暴走で、文字通り全てが荒廃し枯れ果ててしまったのだ。時間を進める魔法だったらしいが、時空間魔法はまだまだ研究段階にあるので詳しいことはわかっていない。

 不老不死にでもなろうとしていたのだろうか。


「や、どうも」


 はい、現実逃避終わり。

 現状を簡単にまとめると、俺は今手錠を掛けられ鉄格子のはめられたコンクリート床の牢屋に入れられている。


「…………」


 閉じていた目を開けて声の主を見ると、知らない顔があった。長い前髪で右目を隠した色白の男性で、年は俺より高そうだ。

 好意的な笑顔を向けてきてはいるが、ナチス・ドイツ関係者なのは間違いないので信用ならない。


「誰すかアンタ。て言うか、この木の板で挟むタイプの手錠って古くないすか」


「質問は一回ずつね」


「お腹空いたんでご飯ください」


「質問じゃなくて要求だね、それ」


 男は呆れたように息を吐く。


「君、自分の状況わかってる?」


「いや全然まったく、これっぽっちもわかんないです」


 その言葉に男は眉を寄せる。確かに、テキトー言い過ぎた。俺は小さく咳払いし、目の前の男を指差す。


「貴方達はすごい悪い人で、貴方達に逆らったら死ぬより酷い目に合わされるんですよね」


「言い方に悪意があるけど、言いたいことは大体合ってるかな」


「ところで、拉致監禁は重罪ですよ」


「君、変なところで強気になるよね」


 仕方ないだろ、拉致監禁なんて生まれて初めての経験なんだから緊張してるんだよ。気軽にそんなことを言える相手なら良かったのだが、この男にそんなことを言っても仕方がない。


 無遠慮に値踏みをする視線は、クリス先輩のものとはまるで違った印象を受ける。

 クリス先輩はどこまで行っても自分本位でしか物事を考えないが、この男は普通に初対面なのでなに考えてるか全然わからん。左目がやたらギラギラしてる印象しかない。

 俺の頭の中でも覗こうとしているのだろうか。


 うーん、それにしてもお腹空いた。今何時だろうか。リュートが心配して変な気を起こしてなければいいけど。

 いやほんと、間違ってもジャパンのコバヤシにだけは連絡しないでくれ……頼む……!


「ん、なにか焦ってるね。トイレかい?」


「いや腹減ったってさっき言いましたよね」


「冗談かと思ってたよ」


「笑える」


 鼻で笑うと、男は面白くなさそうに顔をしかめどこかへ行ってしまった。


「……え、おーい! ご飯持ってきてくれるんだよな!? そうだよな!?」


 自分で言っておいてなんだが、腹ペコキャラかよ。鉄格子にしがみつく自分が情けなくなってきた。

 くそ、まだ混乱してるみたいだ、思考がまとまらない。こういう時は関係ないことを考えよう。


 結局、感謝祭のサークル発表の件はどうなったのだろうか。

 活動内容の報告をするためのものなのだから、人形劇なんかしてもなんの意味もないとオリオンは気付いてくれただろうか。

 ……いや、気付いていてもクリス先輩がいるからなあ。あの人、オリオン弄り早めに飽きてくれれば良いけど。


 …………。


「あれ」


 そう言えばこの手錠、木製じゃん。

 俺は即座に手錠を鉄格子に叩きつけて割り砕き、見事両手の自由を得た。

 馬鹿め、こうなればこっちのものだ。


 俺はコンクリートの床に座り直し、座禅を組んで瞑想を始めた。

 リュートの師匠であるコバなんとかのことは大嫌いだが、ヨーロッパにはない技術を教えてくれたのは感謝してもしきれないほど助かっている。


 この座禅は意識を自身の内側へ深く潜らせることで、一時的に魔力の量増やすらしい。

 なんでだよとかそんなふわっとした感じで良いのかよとか疑問は尽きないが、本当に魔力が増えるしなんなら魔法の行使も普段より上手くいくのだから、謎である。


「イグニッションソイル」


 俺が魔法を行使すると、拳大ほどの土塊がどこからか目の前に落ちてきた。

 どうやら、こんなどこだかわからない牢屋の中でも神様は俺を見ていてくれたらしい。リュートの師範代なんてやっていたおかげだろう。


 俺は座禅を解き、片膝立ちで土塊に手を触れる。


「グレイ・フィッシャーマンによる土塊の第三章・ソイルウォール」


 コンクリートの床から前方に向かって生えた土塊の壁は、残念ながら鉄格子を曲げることすら叶わずに砕け散ってしまった。我ながら情けない。


「くそ、こうなったら作戦その二だ」


 鉄に限らず、物質はある固有の温度になると液体になるのだ。

 俺はいったんウォーターウォールで土を牢屋の外へ流し出し、イグニッションファイアで鉄格子を丸焼きにする。


「…………」


 あとはまあ、溶け落ちるまでその場で膝を抱えて待機。


「いやいやいや、蒸し焼きになるつもりかい?」


 燃える鉄格子をボーッと眺めていたら、さっきの男が現れて慌てた様子のままバケツ一杯の水で消火作業を始めた。


「ご飯の時間ですか?」


「いや……いや、そう、そうだね! すぐにご飯用意するから、そこでおとなしくしててもらえるかな!? あと火消して!」


「わかりました」


 と言ってみたが、火の消し方がわからないのでソイルウォールで鉄格子を塞ぐようにして火を消した。当然、牢屋の中は真っ暗になる。


「うわ、おとなしくしてって言ったじゃないか!」


「お腹空きました」


 とりあえず、ここにいる間は腹ペコキャラで通すことに決めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る