第13話 悪いことすると結構な頻度で自分に返ってくるから、迂闊に悪口も言えない

 自分にはお人好なところがあるというのはなんとなくわかっている。今のところ俺の「お人好しなところ」というのは致命的な欠点ではないし、むしろ美点として誇っても良いと認識している。


「あ、巷で噂のグレイじゃん。へーい、元気してるかい?」


「初対面の人間に対して慣れ慣れし過ぎるだろ」


「え!? 俺だよ、アレンだよ! なに知らない人のフリしようとしてんだよ!? 友達だろ!?」


 中庭の樹に逆さ吊りされるような奴と友達になった覚えはないので、俺は逆さ吊りの男を無視して図書館に向かう。

 「時と場合による」という言葉は本当に素晴らしい。


「おい、待てよ相棒! そりゃないぜ! 助けてくれたらなにか奢るからさ!」


「ったく、世話のかかる野郎だな……」


 アレンを吊るすロープを切るための刃物が近くになかったので、ロープに飛びつき二人分の体重で暴れて枝をへし折った。

 当然アレンは顔面から着地したが、対して問題ないだろう。


「お前、なんで吊られてたんだよ」


「騎士科の三年生グループと喧嘩した」


「馬鹿じゃん」


「反省してる」


 絶対してないだろ。て言うか、普通杖もなしに魔導士が騎士と喧嘩しようと思わねーだろ。


「馬鹿じゃん」


「え、二回言うほど?」


 馬鹿なアレンに構っていられるほど暇ではないので、俺はさっさと立ち上がる。


「あ、おい。なんで喧嘩になったのか理由聞かないのかよ」


「聞かねーよ。どうせお前から喧嘩吹っかけたんだろ」


「まあ聞けよ……」


 両足を縛られたままのくせにアレンは器用に立ち上がり、俺の肩を抱いてくる。

 そう言えばコイツ、魔導士科落ちこぼれ組の癖に前期試験合格してんのか……。不正行為か?


「俺、料理研究会っていうタダ飯食えるサークルでパシりやってんだけど」


「おう……」


 初っ端から欲望丸出しだし、肩書が悲しすぎる。


「感謝祭でのサークル発表の会場手配を任されていてさ。で、いい感じの教室を見つけて感謝祭実行委員会に希望を出したら、なんとその教室、二日後に騎士科の卓上ゲーム部が使いたいって言い出してさ!」


「ふーん」


「騎士科連中は俺の顔見て『料理研究会の代理人をグレイにするなら決闘を受けてやる』なんて後から出てきたくせに偉そうにしてさ! ムカついたからアイツ等のあることないこと噂にして流してたら、それがバレてこのザマよ」


「アホか。そういうのはバレても良い時にやるか、バレないようにやるもんなんだよ」


 しかし、料理研究会に卓上ゲーム部か。魔法の勉強や騎士としての訓練に傾倒しすぎて、思い返してみればこれまで俗っぽいモノにあまり触れたたことがなかった。

 携帯電話を持ってないことでリュートやアンジーなんかにさんざん馬鹿にされたくらいだ、自分で言うのもなんだが、疎いなんてものじゃない。


「で、当然代理人やってくれるよな」


「負けても良いならな」


「魔法剣士が騎士相手に負けるわけないだろ」


「俺は魔法剣士じゃない」


 そんなことを言っていると、いつか俺にリュートと決闘するよう頼み込んできた三年生の先輩が通りかかった。先輩はアレンと俺を見て「しまった」みたいな顔をする。


「あ」


「あ、俺を吊るしたゲイのサディスト」


「あ!? 誰がゲイだって!?」


「おー、こわ」


 両足を縛られたままのくせに馬鹿にした態度を取りながら俺の後ろに隠れるのだから、先輩にはアレンがさぞムカついて見えるだろう。


「なに、あの先輩と俺が決闘すんの?」


「らしいぜ。知らないけど」


「……そうなんですか?」


「え、まあ、一応そのつもりだけど」


 アレンがいい加減なことを言うので本人に確認すると、曖昧な答えを返された。なんだこいつ等。


「今から?」


「どうします先輩?」


「そうだなあ……」


 そうだなあって……。


「いや待て、待て待て待て……」


 ちょっと待て。


 吊るして縛りあげられた相手にしては、アレンが慣れ慣れし過ぎる。普通、このお調子者は自分に害を与えた者や仲良くしたくない者に対しては敵意しか向けない。

 それがどうだ、俺を挟んで仲良く決闘の相談をしているではないか。おかしいだろ。


「お前等、さてはなにか企んでるな?」


「お、流石にバレるか」


 そんなことを言いながら、アレンが俺を羽交い締めにしてきた。振りほどこうとしても、予想以上に力が強く大して抵抗出来ない。


「はっはっはー、観念しやがれってんだ」


「おまっ、そんなキャラだったか!?」


「彼は少し情緒不安定なんだよ」


 先輩はそんなことを言いながら、伸縮自在の仕込み杖を取り出した。

 その軽量性と隠密性から一般市民と魔導士の区別がつかないとされ、第二次世界大戦以後全世界で製造・売買・所持が禁止となった、今では滅多にお目にかかれないはずの杖だ。


「先輩、それにアレンってまさか……」


 いくら朝方とはいえ、図書館に通じる中庭に人がいないのはおかしいと気付くべきだった。

 おそらくこれは闇属性魔法のダークスペース、人払いの魔法だ。こんな後ろめたい人間しか使わない魔法を使うなんて、それ以外考えられない。


「そう、そのまさかだよ」


 人生で一度は言ってみたいセリフを吐きながら、先輩は逆卍の刺繍が入った手帳を掲げてみせた。


 ナチス・ドイツ。


 第二次世界大戦末期、非人道的な魔法実験の暴走事故により母国を枯れた大地に変えた犯罪組織だ。


「俺達には君の能力が必要らしくてね、グレイ・ドラゴニールくん」


 拷問とかされるのだろうか。やだなあ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る