第二章・感謝祭は無難にサークル巡りでもして終えたかった

第12話 新しい季節の始まり

 感謝祭。

 グレナディアの文化祭のことで、四月の第一月曜日から三日間開催される。この間、普段から一般開放されているグレナディアに普段の数千倍もの来客があるのだ。


 そもそも、一般開放されていても一般人が魔導士騎士養成学校に用もなく入るはずもないのだが、それは考えないでおこう。



 さて、昼飯時。


「サボり魔オリオンくん! 君に大役を任せよう」


「え、絶対面倒事押し付ける気じゃん」


「細目キャラは抜け目ないって決まってるから大丈夫だ、安心したまえ」


「なんだよそれ……」


 オリオンは嫌そうな顔をして、俺から肉を奪い損なったアレンに顔を向ける。


「て言うか、サボり魔って言うならアレンなんか一回も参加したないだろ」


「え、俺?」


「お前だよ」


 その言葉にアレンは心底不思議そうにする。ムカつく顔だな。


「なんだその顔」


「いやだって、俺グレイの魔法教室のメンバーじゃないぜ?」


「え?」


 驚いて一瞬目を見開いたオリオンは俺とクリス先輩を交互に見る。

 クリス先輩は楽しそうに微笑み、俺は無言で頷いた。


「え、でも当然な顔して一緒に食事とかしてたじゃない」


「そりゃ、当然な顔してたからな」


 アンジーの言葉にアレンはもっともらしそうな顔をしておかしな答えを返す。


「サークル結成祝いのパーティに当たり前のような顔して参加してましたよ?」


「コイツはパーティが大好きなんだ」


「ああ、全然関係ないパーティに参加して知らない人と騒ぐのが大好きだ」


 リュートの質問に対して返した俺のいい加減な答えにアレンは便乗して、いい加減なことを言う。


「…………」


「お前メガホン買ってやっただろ、電池で動くやつ。あれどうした」


「…………」


 駄目だ、相変わらずなに言ってるかわからない。

 仕方ないのでリュートに貰った糸電話の片側をソフィに投げ渡し、もう片方を自分の耳に被せる。


『メガホン壊れた』


「はあ? 壊した? デカい声でも出したのかよ?」


『牛乳こぼした』


「死ね」


 紙コップをソフィに投げつけ会話を切る。


「とにかく、サボり魔のオリオンくん。感謝祭のサークル発表の責任者をよろしくな」


「えー、そんなんグレイがやればいいだろー。サークル長なんだから」


「サークル長の指示に文句があるなら決闘だぞ」


「わかったよ、やるよ……」


 俺がオリオンを黙らせたことで、今日の昼食時魔法教室会議はこれにて閉幕。




「なんも思いつかなくね」


 図書館の三階で椅子に逆さに座ったオリオンが呟いた。

 彼の言う通り、俺達六人は感謝祭のサークル発表での内容をどうするか、二時間唸ってもありきたりな案しか思いつけなかった。


「大問題ね」


 人形劇とか舞台劇、果てには紙芝居なんてものしか提案しないクリスティーヌ・ロザレンズとかいう人が一番の問題だと思う。そんなにお芝居がしたいのだろうか。


「もういっそお芝居で良いんじゃないですか?」


「嫌よ! コイツアタシのことチンパンジー役にするって言って聞かないじゃない!」


「オラウータンでも良いぞ、パンジー」


「アンジーよ!」


 きっとびっくりするくらい似合わないだろうなあ。


「…………」


 折角買ってやったメガホンを二日で壊した馬鹿の声なんて聞こえない。



 結局、半日使ってもろくな話し合いにならなかった。最後にはシンデレラを演るか白雪姫を演るかでアンジーとクリス先輩が真剣に議論し始めるほどなんの進展もなかった。


 さて、どうしたものか。

 悩むのは苦手なので考えごとはしたくないが、脅されているのだからしかたない。脅しのネタがわからないのでどれくらい真面目になればいいのかわからないが、今日のクリス先輩の態度を見る限り『あのこと』とはやはり虚言のようだった。


 つまり、このままオリオンにすべて任せてしまって構わないということだ。


「ふわぁ……」


 前期試験が終わり、騎士科の一割と魔導士科の半数近くの生徒が退学した。

 そのほとんど全てが平民の家から面白半分夢見がち半分で入学した生徒なのだから、救いようがない。


 グレナディアは才あるものを育てる養成機関であって、少し魔法が使えただけで他はごくごく普通の一般市民を一人前の騎士や魔導士にすることなどしないのだ。

 そのことは入試の時や入学前の説明会に散々聞かされたことであり、それを承知で入学するという契約書なんかにサインまでさせられたのだ。

 だから、救いようがないし、慰めの言葉もない。


 俺はルームメイトがいなくなり少しだけ寒々しくなった部屋の電気を消し、眠りについた。


「師範代!」


「うおお!?」


 眠りにつこうとした途端、勢いよく部屋の扉が開かれた。確認するまでもなく、来客者はリュートのようだ。

 騎士科と魔導士科の学生寮は別々になっているので、また不法侵入したということか。


「なんだよ、もう寝る時間だぞ」


「就寝時間まで後二時間もありますよ」


「二時間もここに居座る気かよ」


「駄目ですか?」


 言いながら、リュートは勝手に部屋の電気が点ける。


「駄目だろ。俺まで怒られるんだぞ」


 体を起こすのが億劫なので二段ベッドの上の方で寝返りを打ってリュートの方を向くと、目の前に黒髪で半分ほど隠された女性の顔があった。


「うおあわーっ!?!?!?」


 オバケ!

 びっくりしてオバケの顔面を殴ると、オバケは「にゃっ!」と小さな悲鳴をあげながらぶっ倒れた。


 ……なんだ、ソフィか。


「いやなんでお前までいるんだよ! 背高いからバレるだろ!」


「…………」


「メガホン壊したお詫びにチョコ持ってきたそうですよ」


「自分の言葉で言え、そういうことは。おいソフィ! 起きろ!」


 ベッドの上から文句を言うと、起き上がったソフィが糸電話の片方を手渡してきた。俺がそれを耳に当てると、ソフィは口元に紙コップを当てる。


『メガホン壊して、ごめんなさい』


「許さん」


 ソフィが泣きそうになった。


「……だけど、謝れたことは評価しよう」


『あ、えっと、それで、お詫びにチョコを買ってきたから、後で食べて……』


「ありがとうな。で、何買ったんだよ」


 リュートがどうとかソフィがどうとか言うより、今はチョコの方が大事だった。

 俺が見下ろす中、ソフィは上着のポケットから板チョコを二枚取り出した。ミルクにホワイト。


『あの、どれが良いかわからなかったから、甘いの買ってきた』


「師範代甘いの好きですもんね!」


「アホ。チョコが好きなだけだ」


『ビターとかブラックの方が良かった?』


「苦いのより甘いのが好きだ」


「ほらー!」


「うるせえ!」


 リュートに向けて紙コップを投げたが、紐の長さが足りず弧を描いてソフィの足元に落ちただけだった。


「…………」


 昼間からずっと暗い顔をしていたソフィが楽しそうに笑っていたので、今回の不法侵入の件は見逃してやることにしよう。

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