第9話 武器は消耗品なのだから、安物が良い

 アンジーとソフィの落第組に自主練をさせておき、俺は他の三人の様子を見る。


「あ、師範代!」


 飼い主を見つけた犬みたいに駆け寄ってきたリュートを蹴飛ばし、オリオンとクリス先輩に目を向ける。


「おい、大丈夫か?」


「腹減った……」


 オリオンは魔法の使い過ぎでぶっ倒れたまま放置されているようなので、俺のポケットに入っていた食べかけの板チョコ(ホワイトチョコ)をアルミ包装ごと口の中に突っ込んでおいた。


「大丈夫ですか?」


「ゲロ吐きそう……」


 クリス先輩も魔法の使い過ぎでぶっ倒れていたので、リュートを使いパシりにして買わせた板チョコ(ブラックチョコ)を未開封のまま頭の横に置いておいた。


「私ブラック嫌い……」


 無視してリュートに向き直る。


「だ……」


「大丈夫じゃないです! お腹空きすぎてゲロ吐きそうです!」


「そうか。大変だな。とりあえず第五章見せてみろ」


「はい!」


 おっと。そんなことより飯を寄越せとうるさくなると思ったが、意外と素直だな。

 いや、それ以上にこの一、二時間の成果を見せたいのだろう。

 しかし、たかが二時間かそこらで大して上手くなるわけ――


「えい」


「は?」


 完璧とは言い難いが、十分に仕上がっていた。

 太さはおおよそ均一で、長さも安定していて、ささくれだったところもない。


「は、ははーん? さてはお前……天才だな?」


「いえいえ、そんな……師範代ほどでは」


「ぶっ殺すぞ」


「ええ!?」


 慇懃無礼という言葉を知らないのだろうか。いや、コイツの場合知ってるけど使いどころ知らなさそう。


 とりあえず財布から小銭を一枚取り出し、リュートに渡す。


「良くやったな。これでなにか買ってこい」


「ありがとうございます!」


 二セントで買えるものなんてないけど、まあ良いだろう。




 しばらくして、不機嫌そうな面をしたリュートが板チョコ(ホワイトチョコ)を齧りながら帰ってきた。


「…………」


 リュートは俺の前で立ち止まると、チョコを食べながら睨み続けてくる。


「怒るな怒るな。明日外連れてってやるから」


「外? ですか?」


「お前の杖新しくすんだよ」


「おお!」


 リュートは目を輝かせ、嬉しそうに笑う。


 一体どういう経緯でリュートの杖が二本になったのかはわからないが、彼の魔導士ての素質を磨くにはやはり属性ごとに杖は必要だ。

 今でも十分魔法の才能はあるが、乗りかかった舟だ、やれることだけのことはやってみよう。





 そういうわけで、日曜日。落第組の面倒をオリオンとクリス先輩に任せ、俺はリュートを学校外に連れ出した。


「おおー! ここからじゃドイツは見えないんですね!」


「見えるわけないだろ。そもそも、イタリアからドイツなんて結構距離あるぞ」


 電車の窓から地中海方面の景色を眺めながらリュートははしゃぎまくっている。

 見る方向が逆ということは、面白くないので言わないでおく。


「あ、師範代、スイスのお土産で良いものありますか?」


「ゴールドマンのゴールドバーチョコ」


「なんですかそれ?」


「三ユーロで買える、金の延べ棒の形したやつ。スイス行く度に買って、延べ棒積み上げてくのが楽しいんだ」


「へー?」


 リュートはよくわからないと言いたげに首を傾げる。金の延べ棒を積み上げる愉しむというのは、節制を重んじるジャパニーズにはわからない趣味だったか。

 まあ、ルームメイトにも困り顔をされてるんだけどな。


「その……金の延べ棒チョコ好きなんですか?」


「スイスに言ったら探して買うくらいには好きだな」


「なるほど」


 リュートは俺の答えに満足したようで、にっこりと笑みを向けてきた。

 なんだコイツ……。クリス先輩のような悪魔的な笑みではないが、このタイミングでこの笑みは嫌な予感しかしない。


「ところで――」


「いや待て待て、話を変えるな」


「え?」


「え? じゃねーよ」


 すっとぼけてんのか本気でわかってないのか、表情からではいまいちわかりづらい。


「お前今一人で納得したみたいだけど、なにをどう納得したのか俺に教えてくんない?」


「なにをどうって……師範代はゴールドマンのゴールドバーチョコが好きなんだー、って納得しました」


「はーなるほどなー。で、それだけか?」


 もちろんそうじゃないことくらい、俺にはわかる。

 そもそもリュートはコバなんとかの弟子なのだ。俺が嫌いというか苦手というか、とにかくそういった感じの人物と知り合いでないわけがない。


 しかもソイツは、途方もない無自覚さで俺の嫌なことをしてくれちゃったりするので、厄介であることこのうえない。


「誰かに教えたりするのは駄目だからな」


「えー、別にいいじゃないですかチョコくらい」


「教えたらお前と金輪際関わらなくなるからな」


「わかりました!」


「うおっ」


 返事だけは一人前だな……。 




 それから特に事件やいざこざもなく、昼前にスイスの魔道具屋に辿り着いた。

 その名も『妖精の泉』。

 看板だけ見れば喫茶店か夜の店かと思われるかもしれないが、開けっ放しの入り口から見える物々しい武具がそうでないことを教えてくれる。


「妖精ってホントにいたんですね!」


「この看板見てそんな感想言う奴お前が初めてだよ」


 そう言ってみたが、ここに連れてくる知り合いは数えるほどもいないので、そんなことを言えるほどデータ量は多くない。

 実はリュートのような頭お花畑な感想を言うやつの方が多いかもしれないのだ。

 そんなことをないと思うけど。


「ほら、入るぞ」


 俺はリュートを店内に蹴り入れ、その後に続く。


「うわー! すごいですね!」


 入店早々騒ぎ出すリュートを無視して、バイトの男性が俺に声を掛けてくる。


「いらっしゃい。なにをお探しで?」


「安物の杖を探してんですけど」


「杖。ご要望はありますか?」


「各属性を一本ずつ」


「わかりました。こちらですね」


 バイトに指し示され、俺は入り口から入ってすぐ右手側にある、いわゆる大量生産品の『木の杖』コーナーに目を向ける。


「…………」


 半年経ったくらいで店内の陳列や品揃えが変わるわけないか。


「じゃあこれとこれと……」


 一番小さいサイズの杖を四属性ぶん一本ずつバイトに渡し、


「後、聖属性と闇属性と時空属性の杖あります?」


「うちでは取り扱ってないですね」


 ですよね。知ってた。


「じゃあ会計お願いします」


「全部で二千ユーロ(※約二十四万円)ですね」


 たっけえ! なんで俺がリュートのためにこんな大金使わなきゃなんねーんだよ!? 馬鹿なんじゃねーの!?


「ぐ……くぅ………領収書ください……」


「レシートはどうします?」


「もらっときます」


 戻りかけた正気をどうにか封殺し、デビットカードで支払いを済ませる。


 ここは我慢だ、グレイ・フィッシャーマン……ここで恩を売っておくのだ。後でコバヤシに領収書叩きつけて、返してもらえばいいだけのこと……!

 いや、その前に親父に文句言うのが先だ。もとはと言えばアイツが俺に面倒事を押し付けたのが始まりなんだから。


「おら、次行くぞ次」


「え、もう出ちゃうんですか!」


 騎士用の武具を見て目を輝かせていたリュートを買ったばかりの杖で殴ると、渋々といった様子でついてきた。

 なんだかコイツの扱い方がわかってきたような気がする。

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