第8話 邪気眼なんかに目覚めちゃった奴に魔法の才能なんてあるはずもなく。

 リュートとオリオンの指導はクリス先輩に任せて、俺はアンジーとソフィ(長身女のこと)の相手をすることにした。

 筋肉痛のアンジーがあぐらを掻いて座っている横で、リュートは両手に杖を持って暴れまくっている。普通に危ない。


「師範代! なんで僕の指導をしてくれないんですか!」


「お前は出来る子だからだよ」


「全然出来ません!」


「こいつ等より出来てんだろ! 邪魔すんなら殺すぞ!」


 リュートの下腹部を蹴って追い返し、壁から二本の松明を取ってアンジーとソフィなそれぞれ渡す。


「なに、裏技なんじゃなかったの?」


「これでイメージ掴むんだよ」


 魔法とは、世界の仕組みを書き換える業だ。神様からの愛がないとソフィのようにカスみたいな魔法しか行使できない。それを誤魔化すための裏技だ。


「ほら、これで第一章はいけるだろ」


「えー?」


 疑いの眼差しを向けてくるアンジーの横で、ソフィが天に向けて火球を飛ばす。先程俺が飛ばしたものと同じくらいの大きさだった。


「…………!」


「やめろバカ! 火近づけんな!」


 嬉しそうな顔をして抱き上げようとしてくるソフィから松明を奪い取り、いつでも燃やせるように炎を彼女に向けて簡易詠唱の用意を済ませる。

 自前の杖では対抗できないことはわかっているようで、ソフィはつまらなさそうに棒立ちを始めた。

 その横で、アンジーが松明を空に向ける。


「えいや!」


 無詠唱でファイアボールを行使してみたようだが、上手くいったみたいだ。直径五十センチの火球が二十メートルほど飛んで燃え尽きる。


「おおー!」


 ファイアボールが無詠唱で行使できたことがよほど嬉しかったのか、アンジーは魔力切れを起こして起き上がれなくなるまでファイアボールを連発していた。

 危うく手を火傷するところだったが、全く気に留めないくらいには嬉しかったのだろう。


「アンタすごいわね! どんな魔法を使ったの?」


「魔法じゃなくて裏技だっつってんだろ」


「アタシからしたらおんなじよ。今まで出来なかった第一章の無詠唱が出来るようになったんだから」


 なってないから、と言いたかったが、喜びに水を差して気分を悪くされたら明日に響くので迂闊なことは言わないようにする。


「魔導士がどうして魔法を使えるかわかるか?」


「魔導士だからでしょ?」


「はい零点」


「はあ!?」


 こいつ、俺が魔法使ったところ見てなかったのか?


「ソフィは?」


「…………」


「なに言ってるかわかんないから零点」


「…………!」


 抗議のつもりなのか、ソフィは杖で地面を殴りまくっている。馬鹿かコイツ?


「魔導士が魔法を使えるのは、他の人間よりも神様の目に留まるからだ」


「なに言ってるか全然わかんない」


「講義で習うだろ」


 俺がそう言うと、アンジーとソフィは「習ったっけ?」「習ってないよ」みたいなやり取りをした。当たり前すぎて習わないのか?


「え、でも親からは習うだろ?」


 この質問に対しソフィは頭を縦に振ってみせたが、アンジーは横に振った。


「アタシの親、魔導士じゃないから」


「だからお前魔法使えないんだよ」


 ぶん殴られた。




 例えばクラスに一人はいるであろう、スポーツも勉強も出来る美少年なり美少女なりを想像してみて欲しい。

 そういう奴は良くも悪くも多くの人間に意識される。


 彼等に向けられる感情が好きだとか嫌いだとかは関係ない。

 とにかく、他者によって誰よりも意識されればされるほど、彼等は集合意識という名の『世界』に認知されていく。


 世界に認知された者は大抵神様に愛される。

 神様に愛された者は、世界の仕組みを書き換える魔法という業をより高度な技術で行使できるようになる。


 早い話、目立てば良いのだ。


 講義中に居眠りしていたり休み時間に寝た振りなんかしたりして、誰とも関わりを持てないようなやつは例外なく魔導士の才能がない。

 それもそのはず、自ら世界との関わりを断っているのだから、神様に関心を持たれることもないのだ。

 仮に関心を持たれたとしても、小虫が目の前を通り過ぎた程度の関心で、愛されることはない。


 つまりなにが言いたいのかというと、


「とにかく良い意味で目立て」


「どうやってよ?」


「神様は努力する人間が大好きなんだぜ?」


 かっこつけて言ってみたが、アンジーは呆れた顔をするだけだった。ソフィは既に寝ている。

 だからお前達は魔法が使えないんだよ。


「ソフィはどうだか知らないけど、お前なんか……あれだ、見るからに一般市民だろ」


「一般市民じゃないわよ!」


「うるせえー! デカい声出すんじゃねえ!」


「えぇ……情緒不安定……」


 お前等が苛つかせるからだろ……クソ。


 とりあえず、やる気のない教え子達の頭を殴って気を落ち着かせる。


「なぐっ……殴った! 殴った!」


「お前だって俺のこと殴っただろ」


「アンタがアタシのこと馬鹿にしたからでしょ!」


「してねえよ……」


 いい加減なことを言ってみたがアンジーは誤魔化されなかったようで、ソフィと一緒になって俺を睨んで怖っ!? なんだあの眼!? あの長身女何人か人殺してるだろ!?


「とにかく、馬鹿にされたくなかったら明日までにどうにかして松明無しで第一章使えるようにしとけ」


「はあ? 出来るわけないじゃん」


「…………」


 ソフィはなんて言ってるかわからないが、小さく頷いているのでアンジーの言葉に同意しているのだろう。


 なら、言うべきことは一つだけだ。


「出来ないんなら学校辞めろ。魔導士向いてねえよ」


 二つだった。

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