第7話 その気になれば魔法は誰でも行使できるということを知らない奴が多すぎる

 土曜日。予定通り、今日はリュートと愉快な仲間達に魔法を教える。


「アンタ、魔法なんて使えるの?」


 アンジーはブルーシート上で寝転がりながら偉そうに質問してくる。五日間音を上げなかった結果なので、馬鹿には出来ない。

 が、そんなこと気に求めないオリオンとかいう細目が寝転び姫を嗤う。


「お前そんな格好で偉そうにするなよ」


「ハァ!? 筋トレサボってた奴が喋りかけんじゃないわよ! 死ねっ!」


 怖ぁ……後でいつも以上にご機嫌取りしなきゃ……。


「で? どうなのよ?」


「使えるには使えるけど、裏技だから真似するなよ」


 そう前置きして、魔導士用訓練場の壁から火の付いた松明をひとつ手に取り、空に掲げる。


「グレイ・フィッシャーマンによる火炎の第一章・ファイアボール」


 松明の火が一瞬大きく膨らみ、俺の頭ひとつ分程度の火球が空に向かって飛んでいった。「おお」とリュート達が感嘆の声を上げる。


「流石です師範代! 騎士でありながら魔法を行使出来るとは!」


「俺じゃなくても出来るわ、アホ」


 目を輝かせるリュートを足蹴して松明を戻す。


「とりあえず、今日明日は火炎の書の魔法を訓練するから、名前順に魔法行使してくれ」


「じゃあアタシからね」


 アンジーは張り切った表情でそう言うが、よほど体が痛いのか起き上がるのもままならない様子である。


「大丈夫かよお前、最後にするか?」


「特別扱いしないでくれる?」


 強気な発言だが、上体を上げるだけでも一苦労している。寝かせたままでも良いのだが、本人が立ちたいらしいので肩を貸し無理矢理立たせて魔法を行使させた。


「ファイアボール!」


 握り拳大の火球が十センチ先まで飛んで燃え尽きた。


「はい次」


「ちょっと! なにか言いなさいよ!」


「俺より上手いじゃん」


「全っ然嬉しくない……」


 再びブルーシートの上に横たわるアンジーを無視して、次はクリス先輩に目を向ける。


「私もファイアボール?」


「いえ、出来るならもっと先の章をお願いします」


「もっと先ね」


 クリス先輩は意味深に繰り返すと、ランタンを模した杖を地面に向けた。


「ファイアウィップ」


「わお」


 驚いた。


 杖の先から十メートルはある炎のムチが伸び出てくる。太さはどこを取っても均一で、非の打ち所がない。

 まさか第五章の魔法をこの学校で見れるとは思ってもいなかったが、それ以上に第五章の魔法を簡易詠唱で行使してみせたクリス先輩に驚いた。なんでこの人学校通ってんだろ。


「凄いですね」


「ま、一番得意な属性だからね」


 褒められて嬉しそうにしているのは演技なのか素なのか、俺には判別できなかった。わかるのは、クリス先輩の髪は今日も美しいということだけ。


「じゃ次」


「俺だな」


 杖を地面に突き立て、支えにしながらオリオンが立ち上がる。その仕草に文句を言いたくなったが、彼は魔法剣士になりたいわけではないらしいので黙っておく。


 しかし、A、CときていきなりOか。リュートはRだとして、あの長身女はリュートの後か前か……。

 誰も彼女の名前を呼ばないし影が薄すぎて逆に影みたいな人だからどう扱っていいのか本当にわからない。


「ファイアウォール」


 オリオンは危なげなくファイアウォールを行使する。

 面は一片がニメートルの正方形で、厚さは三十センチといったところか。炎は安定して乱れることはなか、遠目から見れば赤い板のように見えるだろう。


「オリオン、第四章いけるか?」


「四章……は無理かな」


「第三章がこの精度なら無理じゃない。やってみろ」


 騎士に指図されたのが気に入らなかったのかオリオンは一瞬細目を開きかけたが、すぐに何事もなかったかのように杖を握り直す。


「オリオン・ズィーグマーによる火炎の第四章・ファイアドーム」


 今度は直径一メートルほどの炎のドームが現れた。中々安定しているようだが、先程のファイアウォールよりは乱れが見える。コロナのようにうねる炎が度々現れていた。


「すごいな。後は直径をニメートルにすれば完璧だ」


「それはどうも」


 オリオンは額の汗を拭いながら勝ち気に笑う。だいぶ魔力を消耗したようだ。オリオンは魔力の保有量が少ないのかもしれない。


「次は僕ですね!」


 待ちきれなかったのか、俺が振り返るや否やにリュートは杖を握って立ち上がる。

 オリオンのように杖を支えにはせず、地面と平行にしたまま立ち上がっていた。良い姿勢だ。

 ただ、相変わらず馬鹿みたいな杖ではある。


「えい」


「は?」


 なんだその掛け声は。

 そう文句をつけようと思ったが、それよりも杖の先から出てきたファイアウィップに目がいった。


 なんというか、カーテンを引き裂いて作ったロープと例えればいいのだろうか。見た目も悪く、太さも長さも均一でない。形を保つことが出来ず、伸長と切断を繰り返している。


 ハッキリ言って、生理的に気持ち悪い。


「なにそれ?」


「ファイアウィップですね」


「すげー苦しそうなんだけど」


「苦しくないですよ?」


 お前の話じゃねーよ。そう言いたかったが、ややこしくなりそうなので手を振ってリュートを下がらせた。

 これでようやく――


「…………」


 ぽすん、と。


 随分可愛らしい音が聞こえた。


「あ?」


「…………」


 見れば、長身女が杖を天に向けながら一心になにか呟いている。その度に、ぽすん、ぽすん、と杖の先から黒煙が吹き出ている。


「お前……それファイアボールか」


「…………」


 長身女が小さく頷いて、ぽすん。


「声が小さい。お前は筋トレ強制参加な」


 俺がそう告げると、長身女は杖の先を俺に向け、



 ――ぽすん。

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