第10話 飴と鞭と方便と、あとべた褒め

 金物屋で杖用ホルスターが付いたベルトを二本買い(当然領収書は貰った)、駅前でリュートと昼食を摂って(当然領収書は貰った)から自分用にゴールドバーチョコを一本買って帰りの電車に乗り込んだ。


「お前、さっきゴールドバーチョコどこかに送ってたけど、変なとこ送ってないよな?」


「実家に贈っただけですよ。コバヤシ師範には贈ってませんよ」


「よし」


 なら安心だ。


 チョコを買って気分を良くしていた俺は、それ以上追求しなかった。




 グレナディアに戻り、ゴールドバーチョコを学生寮の自室に置いてからクリス先輩達のいる魔導士用訓練場に向かった。


「はぁー……疲れた……」


「…………」


 遠目から見てなんとなく察していたが、アンジーとソフィが地面でくたばっていた。


「お前等……」


「げっ! 帰ってきた!」


「げってなんだ、げって」


 俺は地面に落ちたアンジーとソフィの杖を手に取り、土を払う。


「自分の武器くらい丁寧に扱ったらどうだ。火属性の杖に土なんてつけたら、魔法の威力が弱くなるだろ」


「誤差だろ」


「はいオリオンくん減点二十点」


「ええ!?」


 俺はソフィの杖に息を吹きかけて砂を飛ばし、部屋から持ってきた使い古しの歯ブラシで杖の先に彫られたランタンに付いた土を取り除く。


「ほら、第一章やってみろ」


「…………」


 杖を渡してやると、ソフィは数秒迷った末に空に杖を向けた。

 ボフッ! と以前よりも大きな黒煙が上がる。


「…………」


 顔色を伺ってくるソフィに俺は微笑み返し、アンジーの杖を手入れして持ち主に返す。


「次はお前だ」


「いやあの、アタシはまだいいかな……」


「頭燃やすぞ」


「えいやあー!」


 気合い十分な掛け声とともに、直径一メートルの火球が十メートル以上飛んでいった。


「お、おおー!? 見た!? 見た!?」


「やれば出来るじゃないか」


 俺は財布から一ユーロ硬貨を取り出し、アンジーに投げ渡す。


「それでなんか買ってこい」


「アンタいいとこあるじゃない! っとと……」


 アンジーは嬉しそうに立ち上がり、一瞬転びかけたところをオリオンに支えられた。魔力切れの影響だろうか。


 オリオンに自分を背負わせながら上機嫌で去っていくアンジーの背中を見送り、ソフィに向き直る。


「……っ」


「なんだよ、まだやれることあるだろ」


 火属性の杖を抱きしめ涙目で抵抗してくるソフィを蹴り、杖を奪う。

 殺されるかと思うくらい睨まれた。


「まだなにかあるの?」


「わかってて言ってますよね」


 興味津々といった様子で手元を覗き込んでくるクリス先輩を押し退け、俺は壁に掛けられた松明で杖の先を焦がす。


「…………!? …………!」


「うわあ! なにしてるんですか!?」


「ごぁ!」


 後ろから後頭部と背中を同時に殴られ蹴られた。





 中世ヨーロッパに現れた最初の魔法剣士は、長槍と土属性の長杖を変幻自在に持ち替えて戦っていたという。


 中世の戦争は近代からの戦争と異なり、殺傷力のある武器がなかった。

 剣は打撃武器で、槍は乗馬による突進出ないと威力がないと無用の長物、斧は殺傷力こそ高いものの取り回しが悪く好まれなかった。

 魔法なんて論外だ。

 今で言う第一章の魔法までしか開発されておらず、敵に当てるためには前に出ないといけない。しかし前に出ればただの的なので、騎士の後ろにいるしかない。だが後ろから魔法を行使すれば味方を巻き込むことになる。


 今ほど魔導士がおらず、魔法が優遇されなかった時代。当時の戦場はまさに魔法剣士の独壇場だった。

 この世界最初の魔法剣士のおかげで魔法の研究が進み、今現在における魔法の多様性があるのだ。


「――とかそんなことどうでも良いんだよ」


「師範代って魔法のことになるとよく喋りますよね」


「黙れ」


 俺は杖の先が十分黒く焦げたことを確認し、ソフィに返す。返された本人はとても悲しそうな目をしていた。


 俺はひとつ咳払いし、俺の前に座らせたクリス先輩達三人を見渡す。


「今の話で重要なところは? 名前順に答えなさい」


「最初の魔法剣士が剣士なのに槍を使ってたところ」


「はいクリス先輩零点」


「槍と同じ感覚で取り回せるよう、杖も長かったことですね!」


「はいリュートくん零点」


「…………」


「声が小さいソフィさん零点。なんだお前等、本当に魔導士か?」


 馬鹿にして笑ってやると、クリス先輩がムッとした顔で手を挙げた。


「わかってて間違えたのよ。最初の魔法剣士が土属性魔法を行使してたのは、昔は広い野原とか荒野で戦争してて、土とか草とかいった土属性魔法を行使するための媒介になる要素が沢山あったからでしょ?」


「流石クリス先輩、百点満点」


 言いたいことを全部言ってくれた。やはり名門ロザレンズ家は違うな、惚れ直しそうだ。


「つまり、火属性の要素だ。火の付いた松明もそうだけど、その焦げも立派に火属性の要素だ。それで第一章が行使出来なかったら、もう後はないぞ」


 俺の言葉にソフィは息を呑み、座った姿勢のまま杖を空に向ける。


「…………!」


 ソフィは口を大きく開け、たどたどしく動かす。そうまでしても蚊の鳴くような声しか出ていないのだから、十分に魔法が行使できるわけもなく。


 ボンッ! と爆発音はしたものの、火球が打ち出されることはなかった。


 もしかして、壊滅的なまでに火属性魔法の才能がないのか? いや、松明でなら行使できてたからそういうわけでもないのか。

 なんで煙が出るのかはわからないが、すぐ消えるし無害そうなので大丈夫だろう。


「…………!」


「おい。……おい!」


 今にも泣き出しそうなソフィの足を蹴り、すねを蹴り、それでも俺の顔を見ようとしなかったので髪を掴んで顔を上げさせる。


「第零章を経由してから第一章だ」


「…………?」


 俺の言葉にソフィは首を傾げた。


「ホント、アンタって騎士とか魔導士とかより研究者になった方が良いんじゃないの?」


「はい?」


 やれやれといった感じで溜め息を吐くクリス先輩の言葉に俺は首を傾げてしまった。


「第零章なんて、それこそ最初の魔法じゃない」


「…………?」


 ちょっとなに言ってるかわからない……。


「とにかく、俺の真似してみろ」


 俺はソフィから杖を奪い、右手で持ち手を持って左手をランタンに向けて広げる。


「グレイ・フィッシャーマンによる火炎の第零章・イグニッションファイア」


 直後、ランタンの中に火が灯る。


「グレイ・フィッシャーマンによる火炎の第一章・ファイアボール」


 ランタンの火が膨れ上がり、俺の頭くらいの大きさの火球が夕暮れ時の空に向かって打ち出された。

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