第4話 騎士で漁師、それがフィッシャーマン家。

 割れた盾の代わりを作っていたら休日がまるまる潰れてしまった。


 リュートとの決闘の日、珍しく『騎士の歴史1』の講義に出ていた俺は別に珍しくもないレポート課題を教諭から受け取っている。

 そして当然のように課題のことなんか忘れていたのだから、やはり今日も午前中は図書館に引きこもるしかないだろう。


「やっ、大活躍だったね」


「……どうもありがとうございます」


 俺に決闘代理人を頼んできた先輩に聞けば、先日の決闘はクリス先輩が仕組んだものだという。


 ことの発端は、まあ、週間雑誌の取り合いというクソくだらない事件。

 そしていつものように言い合って俺の名を出して解決しそうになったところで、たまたま通りかかったクリス先輩が偶然その場にいたリュートを魔導士科側の代理人に推薦したらしい。


 高名な家柄のお嬢様の言うことだからその場にいた全員が断るに断れず、なんやかんやのうやむやな感じで俺とリュートが決闘することになったらしい。


 なんやかんやのうやむやな感じってなんだよ。


「全然嬉しそうじゃないわね。あの天才児をぶちのめしたのよ?」


「天才児は俺ですよ、俺。アイツはただの怠け者です」


「ふーん? どうして?」


「どうしてもこうしても……」


 リュートは負けを認めることになんの躊躇も遠慮もなかった。

 神様に愛されているくせに、アイツは生まれついての負け犬で、生きている価値のないゴミ野郎だ。殺しそこねたことを悔やんでも悔やみきれない。


 しかしそんなことをクリス先輩に言っても仕方がない。


「どう見たって自分の才能を持て余してます。あの馬鹿みたいな杖だって、装飾を増やしたぶん取り回しが悪くなってるのは見てわかる通りですが、それを使いこなすための訓練をまるでしていないです」


 あれなら小振りの杖を四本持ち歩いていた方がよっぽど効率的だ。


「随分と詳しいね。彼の知り合い?」


「まさか。こんなの、見る人が見ればすぐにわかりますよ」


 極東の国は騎士の国と聞いたことがある。剣や槍で戦う人間の多い国で、魔法を行使するのは弱者であると、この辺りの国とは全く違った人生観で生きているとか。


 これは俺の予想だが、リュートのように常軌を逸した魔導士の才能を持つ者が生まれても、教育できる者がいなかったのだろう。だから、かつて魔導士の時代を築いたこの国に彼はやって来させられたに違いない。


 しかしまあ、理由はどうであれ本人が魔法を学ぶ気がないのだから宝の持ち腐れ以外のなんでもない。クソが。


「ふーん」


 俺の言葉に納得したのかしていないのかよくわからない返事をされた。そして、初めて顔を合わせた時以来の、値踏みをする時の視線。


「アンタ、どこの家だったっけ?」


「どこって、フィッシャーマン家ですよ。俺で六十七代目。漁師をやりながら騎士もやる貧乏貴族です」


「そう。ところでこの家紋、知ってるかしら?」


 そう言いながらクリス先輩がポケットから便箋を取り出し、中の紙を俺に手渡してきた。もうこの時点で嫌な予感しかしないのだが、恋しちゃってる先輩の手前、逃げ出すわけにもいかない。


 なんてつまらないプライド、後悔するくらいなら捨てておけと。本当に、そう思う。


「……さあ、知らないですね」


 竜の頭を模した紋章だが、多くの者は言われてよく見るまで竜とはわからないだろう。ヤギか牛の頭にも見える、そういった家紋だった。


 何故これをクリス先輩が……などという疑問も吹き飛ぶほど、嫌な笑みが目の前にある。もしかして俺は悪魔に恋してしまったのではないだろうか。


「そっかー知らないかー。ちなみに、この家紋は知ってるよね?」


 わざとらしく頷きながら、クリス先輩は先程の家紋に線を書き加えていく。

 あっという間に見慣れた家紋になっていくのだが、展開的にそれがどこの家紋なのか簡単に予想できたので、俺はクリス先輩の綺麗なブロンドが揺れるのを眺めていた。

 もしかしたら俺はクリス先輩ではなく、この髪に恋してたのかもしれない。


「ほら」


「いやそれ俺の家の家紋ですよね」


「そう、フィッシャーマン家の家紋。一体どういうことかしらね?」


「さあ……」


 龍の頭に線を何本か描き加えただけで銛で突かれた魚になるなんて、一体どういうのとだろうか。クリス先輩は絵を描くのが得意なのかな?


 もちろんそんなわけないですよね。


「これがどういうことなのか説明してくれるわよね、グレイ・ドラゴニール?」


「いやどういうことと言われましても……」


 さーて、どうしようか。


 いつからクリス先輩は気付いていたのだろうか。もしかするとかなりはじめの方からなんてこともあり得るが、確信を持ったのはリュートとの決闘の時だろう。


 いやそれよりも、先程クリス先輩がポケットから出してみせた便箋に押された家紋の印は、ロザレンズ家のものだった。

 つまり、俺のことはロザレンズ家にバレてしまったと考えて良いだろう。


 ロザレンズ家は現代の魔導士協会を統べる御三家の一つで、その中で最も歴史が古く実力も抜きん出ている。

 クリス先輩は基本四属性の第四章までは簡易詠唱で行使できると噂では聞いたことがある。もしかしたら第五章までかもしれない。どちらにしても、ロザレンズ家の名に恥じない神様からの愛され具合と実力だ。


 いやそんなことよりも、クリス先輩が俺を「グレイ・ドラゴニール」と呼んだ現実を直視しなければ。


 一応、聞き間違いかな? なんて感じで辺りを見回して「あの、もしかしてドラゴニールって俺のことっすか?」なんて惚けてみたが、クリス先輩に怖い笑顔で頷かれてしまった。

 ならば俺も笑顔で返そう。


「俺ってドラゴニール姓だったんですね!」


 ぶん殴られた。

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