第5話 ここまでが導入です

 すっとぼけたら憧れのクリス先輩に横っ面をぶん殴られた。


「なんですか、喧嘩ですか?」


 魔導士の細い腕で殴られてもくすぐったいくらいだが、イラつきはする。それは憧れの先輩であっても変わりない。


「言っておきますけど、校内での魔法や武器の行使は禁止ですからね」


「ちょっと虫がいたからとってあげただけじゃない。どうしたの?」


 そう言って、クリス先輩は俺を殴った右手に握りこんでいた羽虫を床に捨てる。


「……それはどうも、ありがとうございます」


 普段なら顔面殴り返して内臓破裂するまで腹を蹴るのだが、俺は他人を差別化出来る人間なのでここはグッとこらえて構えた拳を下ろす。怪我させたら怒られるし。


「で?」


「は?」


「説明してくれるわよね、グレイ・ドラゴニール?」


「いや先輩の考えてる通りだと思いますけど」


 ドラゴニールは、魔法剣士の家系だ。昔々、一世を風靡? した伝説の家系だ。

 フィッシャーマン家の家紋にドラゴニール家の家紋が隠されていたということは、お察しの通りフィッシャーマンとは世を忍ぶ仮の姿。フィッシャーマン流槍術もホントのところはドラゴニール龍槍術とかいう仰々しい名前で伝えられている。


 そんなネタバレを一々したくないのでいい加減に頷いていたら、クリス先輩はよしよしといった感じで頷き返してきた。

 おっと? 選択を誤ったようだぞ?


「ほら、やっぱりね。アナタの探してた人は彼みたいよ」


 それは俺に向けられた言葉ではないことは容易に理解できる。クリス先輩は彼女の後ろにある本棚の影に向かって声を掛けていたからだ。

 では、本棚の影にいるのはいったい誰だろうか?


 俺の予想は、思いつきで魔法剣士を目指し始めたアレン。というかそれくらいしか知ってる顔がない。ステンはステンだし。


 さてさて、一体誰が俺を探していたのだろうか? うんざりと楽しみを混ぜたような自分の感情に戸惑いながら、本棚の後ろから出てきた人影に目を凝らす。


 まず、ごつごつと角ばった手が見えた。この時点で男だ。俺の淡い下心が打ち砕かれたが、俺はクリス先輩の髪に恋しているのでまだセーフ。命拾いした。


 そして肩。その上に乗った栗毛の髪を持つ中性的な顔の彼は、頭部が包帯で巻かれていた。何故包帯を頭に巻いているのだろうか。趣味かな?


「あ、改めまして。リュートって言います」


 趣味じゃねーわこれ、俺が斧で殴ったからだわ。


「先輩、どういうことですかこれ」


 頭を殴ってきた犯人に対し、こんな屈託のない爽やかな笑みを向けるなんて普通じゃない。


「どうもこうも、君の考えてる通りだよ」


 なるほど、やはりお礼参りというわけか。そう納得しファイティングポーズをとると、リュートは慌てた様子で両手を挙げる。コイツの癖だろうか。


「待って待って! 僕はあなたに魔法を教わりにジャパンから来たんです!」


「ジャパンってどこだよ」


 俺はジャパンとチャイナの区別がつかない一般的な西洋人だ。馬鹿にしてんのか?


「えっとほら、サムライが沢山いる……あー、ここで言う騎士?」


「そのサムライの国から魔法を教わりに来たのか」


「はい。コバヤシ師範がドラゴニール師範と知り合いだから、ニンジャのなんたるかを……あ、ニンジャっていうのは、ここで言う魔法剣士?」


「あーもういい、待て……頭痛くなってきた」


 コバヤシ、コバヤシだと? しかもコイツ、ニンジャとかなんとか……いかん、トラウマが……っ!


 俺は頭を思い切り本棚に叩きつけ、忌まわしき記憶を抹消することに成功した。


「なんだ、その、お前……家名は?」


「ササカワラです。ササカワラ・リュート……あ、ここではリュート・ササカワラ?」


「よし。……いやよしじゃない」


 コバなんとかじゃないことに安心して気が動転してしまった。


「なにお前、その……あの人と関係者なの?」


「あの人……あ、はい。僕に魔法の基礎を教えてくれたのはコバヤシ師範で、でもジャパンってサムライの国ですよね? だからせめて魔法も活かせるニンジャになれってことでニンジャの修行もしてたんですけど、どうもうまくいかなくって。だから世界的ニンジャ……じゃなくて魔法剣士の家系のドラゴニール師範に稽古つけてもらえってコバヤシ師範に言われて……あの、顔色悪いですけど大丈夫ですか?」


「ああ、ちょっと風邪気味で……話は続けて大丈夫だ」


 嘘を吐いた。ホントは頭痛で死にそうです。


「うん……それであなたのお父様に教えを請いに行ったら、この学校にいる息子を探して教えてもらえって言われまして」


「あー、なるほど、なるほどな? それで困っていたところを先輩に助けてもらったわけだ」


「はい」


「そういうこと」


 考えてみれば、クリス先輩がリュートに興味を持たないということは絶対にない。騎士の国からやってきた常識外れに世界から愛された魔導士候補、ましてや魔法剣士志望の一年生なんて面白くないわけがない。

 しかもそんな奴が伝説の魔法剣士の血を引く生徒を探しているなんて、首を突っ込まなかったらそれはもうクリス先輩ではない別のなにかだ。


「…………」


 やはりこのクリスティーヌ・ロザレンズは悪魔に違いない。こんなに美しいブロンドを持ちながら、俺に不幸を運んでくる悪魔だ。この人に関わるとろくなことにならない。


 頭ではそう考えているのだが、クソ、やはり恋は盲目と言うわけか。


「……で、俺はなにすりゃ良いんだよ?」


 嫌々ながらといった感じで二人の魔道士見習いを見ると、各々思い思いの笑顔を俺に向けてきた。


「ありがとうございます、グレイ師範代!」


「これからよろしくね、グレイ君」


 なんだコイツ、ちゃっかり混ざろうとしてるぜ?




 今日の午後からリュートに魔法剣士の基礎を教えることとなったのだが……。


「おいグレイ、こいつ等なによ」


「お前の方が知ってるだろ、魔導士科のアレン君」


 俺は隣に座るアレンからパンを奪い返し、かわりに肘打ちを喰らわす。


 俺の真正面に座るリュートは俺とアレンとのやり取りを聞いていたようで、誇らしげに胸を張った。


「僕はグレイ師範代の一番弟子、ササ……リュート・ササカワラです!」


「一番弟子ぃ? なんの弟子だよ」


「ニン……魔法剣士です!」


「魔法剣士ぃ? なんだお前、やっぱ魔法剣士目指してたんじゃないかよ!」


「おお! やはりそうなのですね!」


 そんなわけないだろ……。肩を組んでくるアレンにそう言い返したかったが、嬉しそうな顔をするリュートを見てその言葉が溜め息に変わってしまった。


「で、周りのは?」


 周りの奴等とは、リュートにくっついてきた三人の一年生のことだ。



 まず短い赤毛の女。


「騎士がどんな魔法を教えてくれるのか見物に来たのよ」


 アホほどプライド高そう。



 次に細目で金髪の男。


「俺はアンジーが暴れないように見張るためだな」


 アンジーとは赤毛のことだろう。コイツは細目だから腹黒そう。



 最後に長い茶髪で長身の女。


「…………ぐぅ」


 よく眠っている。



「なにコイツ等、リュートの友達?」


「はい」


 なるほど。リュートとアンジーと細目の三角関係はなんとなく予想できるが、このスレンダーマンみたいな女はなんでいるのか全然わからない。

 リュートか細目にでもついてきたのだろうか。こういういつも眠ってる系のキャラは迂闊に起こすとトンデモないことになるのでそっとしておこう。


「で、クリス先輩は?」


 俺はアレンとは反対側の隣に座るクリス先輩に嫌々ながらも目を向ける。

 一見可愛らしい笑みを浮かべているが、俺にはもう悪魔の笑顔にしか見えない。


「面白そうじゃない? グレイの魔法教室」


「全然面白くないですよ」


「そうですよ! かっこいいじゃないですか!」


「黙って食え!」


 寝てる子が起きちゃうだろ!

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